カテゴリー「図書館の風景」の記事

2009/12/08

やっぱりやろうよ「図書館員大賞」

 みなさまご存知の通り「本屋大賞」というものがありましてね.「全国書店員が選んだ いちばん売りたい本!」というのがキャッチフレーズ.それに対して2007年に【図書館大賞 - 一本足の蛸

本屋大賞があるのだから、図書館大賞というのもあっておかしくはないと思うのだが、今のところそういうのはないようだ。
誰か作りませんか?
という呼び掛けがあったんですね.そこで,とある団体に伝手のある方に「図書館大賞できませんか?」と密かに尋ねたことはあったんですよ.悪い返事じゃなかったような記憶はあるのですが,僕がグズグズしているうちに窓口になっていた方が故あって転職してしまい,その件はそれっきりにしてしまいました.


 で,先日の「スカート(仮題)」に関する覚書: 愚智提衡而立治之至也をいろいろ煮込んでいるうちに,そういえばと思い出して,やっぱりやろうよ「図書館大賞」と思ったところです.「スカート(仮題)」だけの主催ではナニですから,あの団体もしくはあの団体が主催してくれるとウレシイなあ,と思いつつ試案を出してみます.

 「図書館大賞」ではなく「図書館員大賞」にしたいのは,「図書館」という組織を離れて図書館員がどれだけ自立/自律できるかの試金石みたいなものです(^^;).求められる/試されるのは,巷の図書館員の知性と教養と情報感度.

 「本屋大賞」は文芸作品が取り上げられるので,「図書館員大賞」は敢えてそこを対象から外しましょう.さらに児童文学・絵本も外したい.得意な人がいるのは承知の上で,既存の図書館系団体があるものはそちらにお任せすりゃいいんです.そうなると,やはり哲学とか社会学とか経済学とか自然科学とかになるんですかね.
 キャッチフレーズは

「全国の図書館員が選んだ 今いちばん読んで欲しい本」(ただし文学を除く)

なんでしょうか(^^;)? その年に発行された書籍だけを対象にしたのではつまらないわけでして(だって図書館員だしー),やはり古今東西の膨大な書籍の中から,その年にふさわしい書籍を選び出す,という賞にしたいものです.15年前に発行され品切れになっていた書籍が「図書館員大賞」をもらって増刷されるとかね(^^;).もちろん投票には2000字の書評付きですよ.

 続くかも.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009/12/06

「スカート(仮題)」に関する覚書

『ず・ぼん』(15)を読んで『スカート(仮題)』創刊の機運を知る - 書物蔵
http://d.hatena.ne.jp/shomotsubugyo/20091130/p1

 呼ばれた機会に,陳腐だと笑われそう(^^;)ですが,テーマになりそうな言葉を挙げておきます.

1) 「よき」アウトソーシング・「よき」指定管理者像・「よき」図書館労働者像
2) MLA(博物館・図書館・文書館)連携の前にLLL(公共・大学・専門)連携はどうするの?
3) 「図書館が最先端の知識を紹介する」ことについて
4) Web Archivingの未来
5) 溶解する図書館目録 ~ メタデータ・アマゾン・NACSIS-CAT
6) 図書館司書教育の現在と未来 ~ 量産から多品種少量生産への転換
7) 図書館情報学の現状と展望,あるいは20代,30代は60代・70代の業績をどう見ているか
8) 日本図書館協会,日本図書館研究会,図書館問題研究会,日本図書館情報学会をそれぞれ分析する
9) 見えない図書館・見える図書館 ~ 図書館の「見える化」
10) 図書館史研究の過去・現在・未来 ~ マルクス主義の克服
11) 保存図書館研究 ~ 装丁を保存するために
12) Google Books
13) 「図書館」はいつ消滅するか,あるいはどこまで保つか
14) 日本の図書館は日本の著作権法の敵か,味方か
 思いつき,と言うほど思いつきでもないですが(^^;).6,7,8のように相互に連関している主題もあるし,8はそれぞれ団体をバラして扱っても構わないし.あまりIT関連がないのは,僕が得手ではないからで(^^;).

 10のうちひとつでも,モノになりそうなネタがあれば拾ってくださいまし.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009/10/23

報告用のメモを公開しますよ

 10月23日に某所でパスファインダーに関する報告をやりました.そのためのメモを,後日自分でもwebで活用したいので,blogに起こしておきますね.

 ・・・・・・(前略).
 さて,今日は「Web上での展開に適したパスファインダーの作成と,その効果」という題目でお話をさせていただきます.作成については別途書いた論文がありまして,今日配布しましたレジュメにも「参考文献」として載せておきましたが,詳しくはそちらを見ていただくことにして,本日はその梗概をお話します.

 まず「パスファインダー」について,最初に説明します.パスファインダーという言葉をご存知の方,どれだけいらっしゃるでしょうか? 挙手願います・・・・・・.(中略).

続きを読む "報告用のメモを公開しますよ"

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2009/10/11

「選書論」の消滅

 そういえば「選書論」の話を書きかけて放擲していたのでした(^^;).

 細かい説明は省略しますが,これまで主流だった「要求論」が貸出至上主義の牙城である日本図書館研究会読書調査研究グループにより極限まで推し進められた結果,もたらされたものが片やTRCによる「新刊急行ベル」であり,此方図書館利用者による「選書ツアー」です.面白いことに貸出至上主義を奉じる面々が,ほとんど皆と言っていいくらい,両者を蛇蝎の如く嫌っているわけで(選書ツアーについては,例えばこちら),こーゆうところに貸出至上主義のお役人的なパターナリズムを見る思いがするのですが,それはさておき(このあたり,興味がある方は『図書館は本をどう選ぶか』[安井一徳著,勁草書房]を読んでくださいませ.僕が下手なまとめを書くより面白いはず).

 遠からず,「選書論」という枠組みはその有効性を失ってしまうだろう,と僕は考えてまして.それは上に挙げたような「新刊急行ベル」や「選書ツアー」を真っ当に評価できない(文字通り「現場」において広く行き渡ってきた仕組みを,自称「現場」な人々が酷評する不思議)業界の硬直ぶりもさることながら,図書館資料と図書館経営という2つの議論の枠組みの「これから」を考えていけば,自ずと浮かび上がってくる視点ではなかろうかと思うのですが如何?

 こんなことは僕が指摘するまでもないことですが,今や「図書館資料」は本のみに非ず,視聴覚資料はもとよりweb資料まで,その扱う範囲は日図研読書調査研究グループによる選書「理論」が猖獗を極めた1980年代後半から1990年代前半まで(その頂点に伊藤昭治による浦安市立図書館の収書方針批判が来ます)と比較しても,図書館資料として扱うべき形式は多岐に渡るようになっています.僕はどこかに「マーラーの交響曲第7番のCDを,貸出至上主義のモデルによって1枚,選べるものなら選んでみろ」という意味のことを書きましたが,これは未だに誰によっても解決されてませんね(^^;).また一時期,web資料は図書館資料か否かという議論があり,「図書館資料ではない」ということで図書館法第17条の枠外に置かれそうになったことがあるかと記憶してますが(この件は解決したのでしたっけ?),本や雑誌などの紙媒体の資料以外の,ある種の資料が図書館資料ではない,とされることにより密かに快哉を叫んだ貸出至上主義者がいなかったかどうか(^^;).

 ついでに言えば,最近Amazonがその電子ブックリーダーKindleを日本でも発売するというニュースが報じられたところですが,近い将来電子ブックの普及が紙媒体の本を駆逐するような事態に陥れば,「貸出し」という図書館業務の拠り所が消滅するわけで,そうなると貸出至上主義とそれに依拠した「要求論」選書論というのはたちどころにその基盤を失うことになります.そうなったときに慌てても遅いんですよ,主義者諸賢.あなた方があなた方の大義に殉じて滅び去るのは勝手ですが,僕はあなた方の巻き添えを食うのは真っ平ゴメンです.ましてや「図書館」をあなた方の大義に殉じさせることなど,断じて許しはしませんよ(^^;).

 こう書いていて,話が矮小化してしまうのに我ながらうんざりしているのですが,むしろ図書館経営論の方なんですよね,選書論が枠組みの有効性を失う,という話の本筋は.つまり,本来は各図書館のミッション・ステートメントの類によって,各館の裁量で進められるべき選書という作業が,如何なるわけか図書館業界全体の総意に基づく「選書論」という形で思考の一元化が強力に推し進められようとした(『現代の図書選択理論』[論集図書館学の歩み:第9集,日外アソシエーツ,1989年初版]にその時代の空気が刻印されていますよ),そのこと自体がそもそも間違いだったんじゃないでしょうか? おまけにその方向性が貸出至上主義によって醸成されたものだったことが,図書館の大衆化という成果を挙げたものの,図書館において「貸出」という手段が「貸出し」として目的化されてしまうことにつながったのは,いろいろな意味で失策だったと思うのです.声の大きな人が勝つのは世の習い,とは言え.

 と言う訳で,図書館経営という枠組みにおいて,各図書館がミッション・ステートメントを成文化するのはもちろんのことですが,その過程で,例えばある一定の地区でミッションをすり合わせたりしながら,方策のひとつとして選書のあり方を考える,そのような作業の工程の一部として選書を捉えることが必要だと考えます.最初に「どの本を選ぶか/選ばないか」ありきの,これまでの「選書論」はもはや(縮小均衡を探らなければならない)現状にそぐわないものとなりつつあるのではないでしょうか.


 しかし,既に2006年の時点で「みんなの図書館」の選書論特集に「何で今更」と思っていた自分がいるのにビックリして,何年経っても業界も変わってないし私も変わってないのね(^^;),という感を強くしているところで(sigh).それはいくら何でも拙いだろう,と思うところ.

(2009年10月12日追記)
ともんけんウィークリー: 図書館司書の仕事ってなに?
まるで当方の記事へのカウンターのように出て来ましたが(^^;),ここで語られていることは僕に言わせれば「貸出至上主義の選書論のエッセンス」.図書館と愉快な仲間たち,で世界が完結している,幸福な時代の理想像ですが,現状はここでとどまっていられるほど気楽な商売ではありませぬ.今時,図書館のカウンターだけが最大かつ最良の情報収集の場であるはずがないですからね.
それに,これだけ多種多様な資源があるのに「本」しか見ていないというのも如何なものかと.


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009/10/05

はじめより憂鬱なる時代に生きたりしかば然かも感ぜずといふ人のわれよりも若き

 先日,教え子が僕を訪ねて来ましたですよ.彼女はダメ講師(僕のこと)の教え子とは思えない優秀なひと.昨今の斯様な情勢下ですから,とある指定管理者だか委託だかの会社が入っている公共図書館にて,その業者の契約社員という立場で勤務しています.僕には時々「専門家としての意見」をお尋ねになります.大概の場合,webで語り尽くされてもなお,一定の同意が得られないような話題に関する質問なので,僕の回答も両論併記の中途半端なものになりがちなのですが,まあそれはさておき.

 彼女,何はともあれ「現在」図書館に勤務していることで何か得るところがあったと見えて,学生時代よりも生き生きしているし,実によくしゃべる(^^;).で,その中に現在新築中の某公共図書館の話が出て来てね.詳細は略しますが,その話を聞いていてちと思うところがありましたよ.

 もう彼女らの世代には,図書館の経営方式が直営も委託も指定管理者も関係ないんだなあ,と.30代以上の図書館勤務者なら持っていそうな指定管理や委託への屈託が全然,感じられないんですよ.僕でも,正規採用の道がほとんど準備してあげられないことへの忸怩たる思いは今も持ち続けているわけですが(雇用,というか労働問題として捉えたときに),最初から委託や指定管理への就職の道が正規採用よりも大きな道を通じている状況下では,そんな屈託を持つ必要が無いのでしょう.誤解を恐れずに言えば,僕などが考えているよりもたくましく,したたかにこの世界で生き延びようとしているんだなあ,と.

 たぶん,図問研や日図研に近しいヒトならば彼女のような行き方を見て,このエントリーのタイトルに掲げた土岐善麿の歌「はじめより憂鬱なる時代に生きたりしかば然かも感ぜずといふ人のわれよりも若き」を思い浮かべて憮然とした顔をするのかもしれません.権力に飼い慣らされた,とか,無知だお前が教えるべきだ,とかキツイお叱りを蒙りそうですが(^^;),それでは方々がこれまで主導してきた『市民の図書館』を正典とする貸出至上主義が,公共図書館における現在の惨状をもたらす原因の一端だという認識はお持ちなんでしょうか,と反問してみたいですの.

 呪詛はさておき.これからしばらくは『シュリンキング・ニッポン』よろしく縮小均衡を強いられる状況が続くわけで,その下でひとり図書館業界が膨張主義(予算増,人員増,常勤雇用等)を掲げて突っ張れる,と判断できるほうがどうかしていると思わざるを得ないですね.むしろ,これまで積み上げてきた成果(貸出至上主義がもたらした結果を「成果」と呼ぶのが相応しいかどうか,たぶんに疑問が残りますが)を梃子に,現下の縮小均衡な状況にてどこまで下がればいいのかわからない後退戦を,上手に軟着陸させるだけのしんがりを務めるにはどうすればいいのか,を現在業界団体で主たる長を勤めている団塊の世代あるいはポスト団塊の図書館業界人には考えてもらわないと,早晩業界自体が立ち行かなくなるのじゃないかと思うのです.

 「潰してしまえ!」と叫ぶのは簡単だし,僕もそう思っていた時期がありますが(^^;),現状では潰すために必要なエネルギーさえ乏しくなっている,荒涼とした風景の中で野垂れ死にするしかない状態なんじゃないかと>>業界団体.それだったら,憂鬱を新たな推進力を換えるためにも,したたかでたくましく生き延びようとしているひとたちの意見を取り入れるだけの度量が業界団体には求められているんじゃないでしょうか.


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009/08/02

「選書論」を越えてゆく

 というわけで「みんなの図書館」8月号は「選書論」の特集ですが.

 この業界に入って最初に取り組んだ課題が「選書論」だっただけに感慨深いものがありますが,しかし僕が取り組んでからでも20年近く経っているのに,「選書論」は同じところを果てしなく巡っているだけに見えます.あるいは『シーシュポスの神話』.

(この稿未完)

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2009/06/21

第4回ARGカフェ&ARGフェスト@仙台(続き)

承前

 というより,これからが本番か(^^;).

 開場の16時ちょっと前に会場に行ったら,まだ前の部(新しい時代の図書館研究会)が終わっておらず,ちょっと待たされて不安になる(^^;).終わって会場設営が始まったと同時に受付して,席を確保.最初は後方に陣取ったのだけど,せっかくだからと前に出て場所を取り直す.プロジェクターの隣りに座ろうと思ったら,これが熱い(^^;).のでその後ろへ.ARGの主催者である岡本さんにご挨拶.開始直前,発表者が集められて最後の確認.発表者のひとりに声をかけられる.「××さんも聞きたかったけど,と言ってました(^^;).どこでお知り合いになったんですか?」学生時代の古い知人の名前が出てきて軽く驚く.ところが驚きはそれで終わらない(^^;).出席者名簿を見たら,カミさんの同期生の方を見つけるし,それこそ古い知り合いで現在も仕事でお世話になっている方の名前もあるし,すっかりうわわわに(>_<).いや,ここまで来たら,いちいちそんなことを気にしていたらはじまりませんぜ,奥さん(誰?).

 他の皆さんの発表をまとめるのは,僕の手に余るのでついったでの実況(tsudaっていただいた図書館退屈男さんとmyrmecoleonさん感謝!)を参考にしていただくことにして,僕の分を.上記ついったの実況が実は僕の分は上手く反映されていなくて,図書館退屈男さんのついったも見ていただきたいのですが,どうにかこうにかそのようなことを話しました.カミさんに「原稿をちゃんと書いていくように!」と厳命されていたので,書いたことは書いたのですが(その原稿がこれ),書いたことで話したことは「図書館は共同体の記憶を云々する記憶の共同体」と,あと何か,という程度で,矢祭のことなぞひとことも触れてませんねorz ホワイトボードを準備してもらうのでしたと反省.

 トークとディスカッションが終わった後で,お集まりの皆さんとご挨拶.隣りでしきりに端末を叩いている女性が,学生時代に懇意にしていた後輩とソックリなんだけど,彼女が来ているわけもなく誰だろう,と思っていたら,その方が110kAさん.曰く,何でも僕が出るから見に来たと(^^;).えー.他の方からも同じようなことを言われましたが,そうかそんなに謎だったのか,このblogの中の人は.懇親会でも誰かに「あのblogで辛口なことを書いている人ってどんな人なのだろうと思って実物を見たら,あまりの雰囲気の違いに驚きました」と言われたような(^^;).本人は辛口なことを書いているつもりは全然なくって,いつも話したり考えたりしていることをそのまま文章化してエントリー書いているつもりですが,文章だけになっちゃうと切り口がクローズアップされるのかしらん.そういえば以前にも友人に「僕らはG.C.W.さんが書いているってわかっているからいいですけど,文章しか知らない人は」云々と言われたことがあったっけ.

 図書館系bloggerの方では他にレファ協ほめまくりTraveling LIBRARIAN -旅する図書館屋図書館退屈男Myrmecoleon in Paradoxical Library稼ぐ大学図書館をつくる!ヨネザアドの学びの杜・遊びの海(米澤誠の公式ブログ)の皆さんにご挨拶m(_ _)m こんなに名刺をいただいたのも,名刺がはけたのも初めてかも.出掛けに20枚増刷してよかったよかった.

 blogつながりではない知人にも何人か.カミさんの同期生(僕には先輩になります)の方にもご挨拶.「あちこちで敵ばかり作って歩いてます」と恥ずかしい内幕を.それから,仙台市民図書館の方.こちらにもここで会えるとは思わずちょっとびっくり.挨拶したら「図問研の委員長が会いたいと言ってますよ」と言われた(^^;).こちらはウェルカムですので,アポさえとっていただければ会いますよ.ただし,糾弾とか査問とかは無しでお願いしまーすm(_ _)m 20年以上前から旧知の,東北大の課長さんとは二次会で音楽談義.セルの「シンフォニエッタ」のLPを持っていると言われて,上には上が,と仰天する.カップリングはヒンデミットの「ウェーバーの主題による交響的変容」だとか.

 その他二次会でも面白い話をいろいろと伺ったのですが,酒の席での話の覚えが年々悪くなっていて,我ながら情けないorz 食事も美味しかったし,お酒も美味しかったし(ビールが久し振りにサッポロだった),いい会でした.ホントにしばらく,会合に顔を出してなかったし,ましてや飲み会も機会がなかったし,疲れたけどストレスの発散(!?)にもなったし.帰路の都合で中座したのが残念.
 次の機会を楽しみにしてます(^o^)/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

第4回ARGカフェ&ARGフェスト@仙台

 と言う訳で,昨日第4回ARGカフェ&ARGフェスト@仙台に出席し,お話をしてきました.様々な事情から最近はすっかり出不精になっていて,図書館関係者が会する催しにも顔を出さなくなっていたので,久し振りの機会に少々羽目を外したんじゃないかと(^^;).

 そもそも,鈍行を乗り継いで仙台まで行こうとしたら,うっかり1本早い電車に乗ってしまい,福島駅で2時間待ちになってしまったのが躓きの始まりで(^^;).ええい面倒とばかり,新幹線に乗り換えたら10時前に到着する始末(>_<).しょーがねーなー,とまずはスタバで一服(がまじゃんぱー先生のタンブラー持って行き,ここで使ったのに,ARGで披露するのをすっかり忘れた).仙台で観光したいスポットは何年かかけてあらかた見倒しているので,タワーレコードでウィンドーショッピングしながら時間を潰し,お昼はエスパルのAfternoon Tea.ここのランチが実は好きで,量的には多少物足りないものの味にひかれて仙台ではよく食べる.ご当地グルメに興味がないわけじゃないけど,さすがに昼から牛タンは,もう無理っぽい(^^;).
 そうそう,タワレコには例の『1Q84』に登場した,ヤナーチェクの「シンフォニエッタ」(もちろん,ジョージ・セル/クリーヴランドのもの)が大々的に置いてありましたよ(^^;).

 ランチを終えて,フラフラと定禅寺通へ出て古本縁日「わめぞの古書・雑貨市」へ.book cafe火星の庭で本を1冊『なつかしの大阪朝日会館』を買う.建築より舞台装置と文化に関する本.雑貨はトートバックとかいろいろ買いたかったのだけど,これを買い始めると切りがなくなるので文化系マスク(?)とやらをひとつのみ.太宰治の言葉が縫いこんである.「ちくま」で写真を見た,火星の庭のご主人の姿を見かける.お見かけできただけで大満足(^^;).残念ながら珈琲は飲む気力がこちらになく,30分ほどで切り上げてせんだいメディアテークへ.途中,もう1箇所の縁日会場ものぞいたけど,こちらでは気を惹く本を見つけられず.

 本日の会場,せんだいメディアテークは3回目の訪問.時間は盛大に余っているので,カフェでお茶を飲んだり仙台市民図書館を散策したり.この図書館,せっかくメディアテークという粋で不思議な空間にあるのに,例えば配布物が昔から変わらぬ,如何にも「図書館」な雰囲気と内容のものなのが実に残念.せっかくの地の利を,もう少し悪ノリでいいから生かそうという試みは出て来ないのかなあ? 勿体無いと思うのだけど.メディアミックスとは言わないまでも,もう少し配布物のレイアウトとか字体とか,「メディアテークにある図書館」を意識したつくりがなされてもいいんじゃないかと思う.

 15時半ごろ,猛烈にお腹がすいて(^^;),慌てて1階のカフェでケーキを食べる.普段は15時にお茶してるからなあ.

Imgp206802

 長くなりそうなので,いったん切ります.

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2009/06/19

「図書館」を持続可能なものとするために(仮題)

 上手いタイトルが思いつかなかったので,取り敢えず仮題を付けておきます.

 この仕事をする上で何を考えているか,一番大きな視点は「図書館の持続可能性」に尽きると思います.公共であれ,大学であれ,「図書館」という概念なり組織なり容器なりが,今後も現在の形で存続することが可能なのか,あるいは別の概念なり組織なり容器なりにドラスティックに変わるのか,徐々に移行していくのかはわからないまでも,現行の「図書館」が変わってしまう可能性の方が高いのか.

 僕個人は,以前知人に「急進的保守派」だの「新し物好きの割には考え方が古い」だの「天邪鬼」だの言われたような性向ですから(^^;),「図書館」という概念の根っ子の部分,と僕が考えている「共同体(Community)の記憶を納め,何時でも引き出せるようにしておく記憶の共同体(Utility)」は,恐らく今後も変化することはないだろう,と踏んでます.ただし,その使いうるインターフェースは,新しいメカニックが登場するたび,その都度変わっていくのだろう,と考えます.僕が時々使う「古い皮衣に新しい酒を入れる」という表現は,ほぼこのことを別の言い回しで表現しているのだろう,と.

 「図書館」という古くからある容器に,新しい道具を放り込む.そこで起きる「新結合」即ちイノヴェーション(この言葉を使うと嫌がるひとがいるけど,他に適当な言葉もないので)による,新しい可能性をどれだけ引き出すことができるのか,そこに「図書館」の生き残り戦術(メカニックの話なので戦略とは言えないかと)を,どれだけ可能性豊かなものとして提示できるかにつながるものがあると考えてます.

 思うに,新しいことを「新しい」という理由で拒否することは,少なくとも「図書館」においては,あってはならないことなんじゃないかと.何が起きるかわからないのであらば,それは試してみたほうが面白いに決まってます(^^;).人死にが出るような代物は止めておいた方が無難ですが,そうでない限りは,「図書館」はビックリ箱で一向に構わないと思いますよ.その方が衆目も集めるでしょうし.そう,衆目の集め方,という点で矢祭は実に上手かったなあ,と(^^;).あの前町長の「情報発信力」は,相当なものでした.功罪はさておき,メディアの上で,あのコイズミと互角に渡り合うだけの発信力があったわけですから.そーゆうところを,残念ながら同じようにコイズミ改革に反対していたはずの,何処かの業界は評価することも,ましてや真似することもできなかった.それどころか,足を引っ張るような態度で「もったいない図書館」を遇したわけですから,そりゃ世間の評判を下げますわなあ(sigh).

 話が脱線しそうなので軌道を修正します.

 で,個別の案件ですが,これについては既に2度も書く機会に恵まれてまして,技術的なことは書き尽くしているような気がします.そもそも,僕は「アイデアを出す人」で,オープンソースをサーバに入れてどうこうするようなITスキルの持ち合わせは無いのですよ.自分でオープンソースが扱えるスキルがあれば,仕事ももう少し楽に出来そうなものですが,取り敢えずはアイデアを出して指示を出して,こちらのイメージを的確に言葉にして,作業をしていただくのが僕の役目ということで(^^;).

 要するに,図書館が提供する知識と人間のインターフェースをwebでの展開に合わせて組み替えていく,という試みのひとつとして,あのパスファインダーのようなアイデアがあるわけです.容器の中身ごとドラスティックに変えていくのではなく,これまでストックしてきた中身を現在の技術を活用して再構成し,提供していくだけのメカニックを身に付け活用していくことが図書館の生き残り戦術,ひいては戦略を組み立てる上で,図書館司書にとって必要な技術になっていくのではないでしょうか.

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009/06/13

さらに過去に遡って朝日新聞の記事を引く

 昨日のエントリー書物奉行さんからブクマでいただいたコメントを読んで,朝日新聞が昨日引いた記事より以前に掲載した記事を思い出したので引っ張り出してきました.1992年10月16日付,昨日引用した記事の,さらに5年前のものです.


義務づけ(ひずみ列島 足踏みの地方分権:4)

 「館長さーん」と呼ばれて、真新しい図書館の受付に現れたのは、小学校の元校長だった。
 中国地方の小さな町。今春、還暦を迎えて退職したのを機に、新設された町立図書館の初代館長にスカウトされた。しかし、彼は「図書館長」と刷り込まれた名刺を、持ったまま使わずにいる。
 「文化の時代」といわれながら公立図書館のある町村はまだ全体の2割強。この町にとっても、図書館建設は住民の長年の夢だった。
 総工費は5億円。自前で賄う力は町にはない。文部省の補助金と、補助を受けることで許された起債で、やっとかなった。


○補助を受ける条件

 補助を受けるには、図書館法でこまごまと義務づけられている条件を満たさなくてはいけない。13条には「館長となる者は、司書となる資格を有する者でなければならない」とある。
 元校長は高校卒業後、通信教育で教員資格をとった。もちろん司書の資格はない。改めて取ろうにも、大学を卒業していないため、まず司書補の資格をとり、それから3年以上勤務する必要があった。町にも、元校長自身にも、そんなヒマはなかった。
 開館にこぎつけたいま、図書の貸し出し冊数は、住民1人当たり年約2冊の全国平均を上回り、目の不自由な人へのテープを吹き込む朗読奉仕会や、幼児を対象にした読書会などが活発に行われている。
 「経験や地元の人とのつながりから見て、彼こそ館長にふさわしい人物」と町幹部は評価する。しかし、資格のない者を館長にすると、補助金の返済を迫られる。
 「だから名刺は使えないのです」と、元校長は苦笑した。
 国や県への報告では、ここの館長は、受付に座る23歳の女性司書になっている。
「資格をもつ館長」に悩む自治体は少なくない。


○急きょ、集中講習

 秋田県仙北郡西仙北町に今春、町立図書館がつくられた。初代館長は、今野幸宏さん、まだ37歳だ。町中央公民館の係長をしていた昨夏、いきなり翌週から、隣県の岩手県花巻市の大学まで、図書館学の夏季集中講習を受けにいくよう命じられた。
 コメが基幹産業の人口約1万2000の町。「生涯学習の拠点に」と図書館新設に乗りだしたが、司書資格をもつ職員がいない。だれかが資格を取りにいくしかなかった。
 初めの計画では公民館の副館長が図書館長になるはずだった。ところが講習が始まる直前に急病で入院。講習を見送ると、開館時に館長がいないことになる。大卒で、同じ公民館で働く今野さんに、お鉢が回ってきた。大学近くに住み込んで66日間。「図書館の機能」や「図書の分類法」の勉強に明け暮れた。
 「これも運でしょう」と、今野さんはいう。資格が必要な以上、当分、後任が現れる見込みはない。「館長を勤めあげていく」覚悟を決めた。
 文部省は「国が補助するうえは、モデル的な良い図書館にすべきだ。司書を監督する館長も資格をもつのが当然」とする。レベルアップを目的に、来年度からは館長会議の開催や職員研修も始める考えだ。


○「国の認定は不要」

 行革や地方分権の推進を図る民間組織「行革国民会議」の並河信乃事務局長はいう。「図書館の良い悪いを国に認定してもらう必要はない。地域ごとに様々な図書館があっていい。大切なのは館長会議より館長と住民の交流。まして、館長に司書資格を義務づける意味はない」
 児童館には児童厚生員、母子寮には母子指導員を配し、保健所の所長は医師に限る。職員の配置や組織の設置を、国が自治体に義務づける「必置規制」は、地方自治法に掲げてあるだけで、ざっと100にのぼる。



 公共図書館振興のための補助金行政をお役所仕事であると断じた記事です.要するに,この時点で朝日新聞は,それまでの行政がすすめていた公共図書館の運営の方法論に対して疑義をおぼえていたフシがあるわけですね.僕の見るところ,それはほとんど「郵政民営化」「行政改革」「公務員制度改革」,さらにそれらを通じた「経済活性化」への賛同と同じレベルでの,朝日新聞における「反権力志向」のなせるわざなのではないかと.そしてその反権力志向は,公共図書館業界の直営護持派が直近の記事にがっかりした理由であるらしい,朝日新聞の「文化への理解」とやらと実は同根のものだったんじゃないでしょうか.

 それ故,朝日新聞に対しその「文化への理解」を梃子にして【光る本棚・コンシェルジュ…図書館を変える民間委託】を批判するのは,おおよそ意味が無いことであると考えます.公共図書館業界は往々にして自らを反権力の側にいると唱えますし,また八木秀次のようにそれを是認する識者(^^;)もいますが,朝日新聞においてはそうではないということです.

| | コメント (0) | トラックバック (0)