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ココログ


ほし2

カテゴリー「歴史」の記事

2011/10/19

米国大使館文化交換局(USIS)と日本の公共図書館

「みすず」に2ヶ月の1回の頻度で連載されている宮田昇氏の「図書館に通う」,2011年9月号(597号)の第8回は「『ドクトル・ジバゴ』とアメリカ文化センター」というタイトルで,前半の3分の1がボリス・パステルナークの『ドクトル・ジバゴ』の日本語訳をめぐる話,残りがGHQが設置したCIE(民間情報教育局)図書館およびその後身のUSIS(文化交換局)のアメリカ文化センターに関する話である。

宮田氏によれば,CIEの功績の中には「図書館制度を近代的にしたこと,アメリカの著作物を普及させたこと」があり,「しかもこの両者は,けっこう密接な関係があった」のだという。CIE図書館については,少し前に業界でも誰かが話題にしていたような記憶があるが,文中で宮田氏は『アメリカン・センター』(渡辺靖著/岩波書店)に依ってその仔細を紹介している(僕は『アメリカン・センター』は未見)。またCIEは「好ましくない著作物やソビエトの本を締め出し」「「民主化に役立つ」アメリカの著作物の出版を促進した」のだとという。

占領期が終わると,23館あったCIE図書館は整理統合され,13館のUSISアメリカ文化センターに衣替えした。アメリカの著作物の出版促進はUSIS書籍課に引き継がれ,「米書だより」( http://webcat.nii.ac.jp/cgi-bin/shsproc?id=AN00278503 )を通してその活動が行われることになる。USISは「著作権料を負担し,相当数の買い上げを」することで,アメリカの著作物の普及に務めたという。中には買い上げのみのケースや,その他いろいろな援助のやり方があったようである。宮田氏によれば,何でもドラッカーの著作もまた,当初はUSISの線で紹介されたんだとか。

USISの活動は,アイゼンハワーの時代に世界的に展開され始めたUSAの文化戦略の一環であった。宮田氏は「その活動を否定するものではない」としているが,同時にその問題点を幾つか指摘している。例えば「出版のほとんどをUSISの援助に依存している」出版社の存在があったことを宮田氏は指摘している。

USISの活動は1970年代まで続いたという(「米書だより」はNACSIS-CATの書誌データによれば1971年4月の発行日を持つ216号にて終刊)。USISが買い上げた書籍はときに千冊単位だったというが,宮田氏は「全国の地方公共体の首長に漏れなく配られていたとも聞いた」という。

ここからが今回のキモなのだが,宮田氏はこのように述べる。

「私のかすかな疑念は,それらの本が,そのころは予算が限られ,貧弱だった地方の公共図書館の書架に収まっていたのではないか,もしかして直接送られていたのではないか,ということだ。」
「ただ私の懸念が事実であれば,図書館の中立性からいって,問題なしといえたかどうか。」


この件,興味のある方は,是非「みすず」9月号を実見の上,「問題なしといえたかどうか」考えて欲しい。

2007/11/10

『枢密院議長の日記』

 久し振りに,読了本の感想など.

 『闘う皇族』(浅見雅男著/角川選書380/角川書店/2005年10月初版)でも重要な資料として取り上げられていた,司法官僚・宮内官僚として最後は枢密院議長まで務めた倉富勇三郎(1853-1948)が1919(大正8)年から1944(昭和19)年まで297冊にわたって書き継いだ「日記」(現在は国立国会図書館所蔵)を,佐野眞一が約7年かけて読み込んだ箇所(大正11年,12年とその他一部分)について,あれやこれやとツッコミを入れているのが本書である.

 7年かけても,その一部分しか読めなかった「倉富日記」の読みづらさを味わいたい方はこちらをどうぞ.この文字に,よく7年も付き合ったものだと,その労苦には心からの敬意を捧げる.倉富の親戚筋だった広津和郎や,みすず書房の小尾俊人も挫折したという曰くつきの難物を,限られた部分とは言え,ここまで面白い(!)読み物に仕立て上げることができただけでも,佐野眞一とその協力者たちの業績は偉とするに足りる.恐らく,今後も利用する研究者こそ存在すれども「倉富日記」の全文が解読・刊行されることはまずあるまいから,この本は末永く「倉富日記」の入門・解説書として第一に挙げられれることになるだろう.

 ただしこの本,『枢密院議長の日記』と題されているものの,実際に枢密院議長(1926-1934)を務めた頃の日記を扱った箇所は,それがロンドン軍縮条約(倉富には外交と軍事は不向きだったと思しい)を主に取り扱っていることもあっていささか精彩を欠く嫌いが無きにしも非ずで,むしろ皇族,華族連中の私的なスキャンダルを取り繕うことに懸命な宮内官僚としての倉富が描かれている第三章から第六章が無類に面白い.第一章で「宮中某重大事件」も扱っているけど,これは上記浅見著の方に一日の長があるようだ(だからなのか,第一章では浅見著と重複する事象が扱われているのに本章内に浅見の名前も書名も出て来ない[巻末の参考文献には挙げられているが]のが,倉富が主人公であるだけに何やら微笑ましい).





2007/10/02

「時津風」の話

 スポニチ【時津風部屋は存続、枝川親方が継承へ
 日刊スポーツ【時津風親方解雇へ、部屋は枝川親方が継承

 元々「時津風」名跡は,大阪相撲の名跡で,石井代蔵の本によると大阪相撲の最終期にはヤクザ者まがいの相撲取りが継承していた名跡だったとか.双葉山が立浪親方(元小結・緑嶌)との確執から現役横綱のまま「双葉山相撲道場」を興した後,引退するときに二枚鑑札(昔は横綱玉錦のように現役の相撲取りでも親方株を持っていると部屋持ちの「親方」(横綱玉錦=二所ノ関親方)を称する事があり,現役で部屋持ち親方でもあった力士を「二枚鑑札」と呼ぶ)ではなかったために年寄株が必要になって時津風を買ったときも,「あれは大阪のヤクザ者の名跡だからやめておけ」と諫言されたそうで.それを意に介さず双葉山は「時津風」株を買って時津風親方となり,一代で「名門」と呼ばれるまでに名跡の価値を高めたのでした.残念ながら,双葉山自身が理事長だったとき弟子に天皇賜杯を渡せたのは,大関北葉山の優勝(昭和38年7月場所)一度だけでしたが.

 まったく,今回の騒動は,今も時津風部屋に掲げられているという「双葉山相撲道場」の看板に泥を塗ったばかりではなく,北の湖理事長体制下の財団法人日本相撲協会の屋台骨がグズグズになっていることが,誰の目にも明らかになってしまったことで後世に記憶されることになるでしょう.「名門」と言えども本来は内輪の格付けに過ぎないのですが,何と言っても大横綱双葉山の名跡であり,当代が解雇されるのは当然としても,名跡までもが消滅してしまうのは避けて欲しいことではあります.

 報知新聞【「時津風」消滅へ…理事長ら初めて事情聴取90分間

2007/07/23

『関東大震災』『東京灰燼記』

 震災とその対応等について,現在手軽に入手可能と思われる,今更僕が解説をする必要もない書籍群です.もし未読の方がいらっしゃったら,ご一読をお薦めします.

2007/04/11

日常(2007年4月11日)

 出勤日.新入生オリエンテーション1日目.学科によって反応が様々で面白い,と書きたいが,ところによりムカつく(^^;).まあ,箸が転がっても笑えるお年頃ですから,止むを得ないと言われればそれまでだけど,それにしても今時ガングロとかヤマンバとかがいるというのも如何なものかと.田舎だから情報の伝播が遅いんだろうけどね(^^;).

 その手の昔風に言えば「トッぽい」連中は何時の世にもいたのでそれはそれとして,別の意味で扱いの難しい学生が増えているのは事実.あまり細かいことを書くわけにはいかないけど,正直「それは教育ではなく医学の範疇ですよね」と思わざるを得ないタイプが入学してくるわけですよ.そのような学生に対処するためにも,全学的に対処の必要な学生に関する情報の共有と,その対処法の蓄積が今後は求められるところだと思うのに,入れるだけ入れてあとは「そちらで何とかしろ」では,お互いに不幸になるだけなんじゃないのかなあ? あちらもこちらも実験動物じゃないんだからさ.いや,実験動物なら実験データが蓄積されるけど,ウチではその蓄積が個人のもとに留まってしまうところが問題だと思うわけです.

2007/04/09

神田乃武

 ホントはペンディングになっている森有礼の続きをやらなくちゃいけないし,今日の分はきちんとした調べ方はしていないので,以下のハナシは大嘘かもしれませんので取り扱いにはご注意.

 先日某所で紹介した(クローズなところなのでリンクしません)下記の文献.

竹林熊彦 明治時代図書館ノ種々相(5) 「図書館研究」12巻3号 333-340(1939年10月)

は,どうやら年代順には掲載されていない(著者が書き上げたところから掲載した?)ようで,(5)に至るまで同誌に掲載されたのは,

3. 東山文庫ニ就イテ(11巻3号)
5. 阿波國文庫ニ就イテ(11巻4号)
8. 長尾文庫ニ就イテ(12巻1号)
9. 足利學校ニ就イテ(12巻2号)
10.南葵文庫ニ就イテ(本号)

と論文冒頭に掲載されている目次にある.この論文全体が完成しているのかどうか,今のところ確認出来ていない.「図書館研究」が16巻1号(1943年)で終わっているので,そのうち何処かで「図書館研究」もしくはその総目次を確認して来なければ,と思ってはいるのだけど.
 実は上に挙げていない(南葵文庫の回が掲載されてた時点で当誌未掲載)の分に

1.神田男爵トDewey

というのがあって,実はこれが少々気になっているところ(^^;).
 「Dewey」は当然Melvil Dewey(1851-1931)なんだろうとして,「神田男爵」っていったい誰? 明治期の「神田」姓の人物で思い当たるのは洋学者,官僚で貴族院議員も務めた神田孝平(1830-1898,死に際して男爵)だけど,彼には海外留学などの経験は無いようで,どうやらここに出て来る「神田男爵」は孝平の養嗣子の神田乃武(ないぶ,1857-1923)であるらしい.このひとは東京帝大教授から東京外語学校の初代校長を務めたひとだそうだが,若い頃に留学経験もあるしワシントン軍縮会議(1921)の随行員でもあったので,Melvil Deweyとの接点も何処かにありそうな感じである.でも神田乃武の名前は,日本の図書館史系の本で見た記憶が無いのね.去年だったか翻訳が出たMelvil Deweyの伝記には,何かこのあたりのことが載っているのかな? もう少し暇になったら,少し調べてみてもいいかもしれない.

2007/02/25

アグネス・ラムのいた時代

 長友健二が亡くなっていたとは知りませんでした.僕としたことがウッカリしておりました_| ̄|○ 昔々,「写楽」などで,読者としてお世話になった(^^;)ことを思い出します.
 この本,自ら断っているように写真家の本にしては字が多くて,だから新書になったんだろうなあ,とは思いますし,語られている話も非常に興味深いものですが,やっぱりもう少しグラビアが欲しかった,それも「婦人科」と言われるくらいなんだから,と思わないでもありません(^^;).この本でエポック・メーキングとして語られるアグネス・ラムの全盛時は,僕はまだ小学生でその手のモノに目覚めるには未だ時が満ちていなかった(^^;)こともありまして.また,天地真理についてかなりの言葉が語られていながら,彼女の写真が1枚も無いのは何とも残念.

アグネス・ラムのいた時代
長友 健二著 / 長田 美穂著
中央公論新社 (2007.2)
通常24時間以内に発送します。

金印偽造事件

 かいつまんで内容を説明すると,志賀島で発見されたと言われる「漢委奴國王」金印は,福岡藩内の学閥争いの中で,片方の勢力を伸張させるための祥瑞として偽造されたものだった,という話.説得力はあるけど,その証明/裏付けは最早不可能に近い.当時の福岡藩関係者(家老とか奉行とか)の日記とか出て来て,噂話でも確認出来ると面白いのだけど.

 しかし,この手の本を読むと以前,僕も嘘吐き呼ばわりされたことを思い出します(^^;).あのひと,自分が如何に業界のエライさんと深くつながっているか折に触れ語っているみたいですが.
 まあ,僕らがやっているのは学級会民主主義じゃないんだから,ある印刷媒体に誰かの発言が掲載されたからって,その発言と発言者がそこで認められたことにはならないことくらい,誰が考えてもわかるんじゃないかと思うのですよ.この本が出版されたからと言って,これを以って志賀島の金印が全否定されたと考えるのが早計であるのと同様に.その後の議論の動向の中でこの意見がどのように評価されていくか,あるいは黙殺されるのか,それを時間の経過の中で全体として見通すことにより,ある意見が「採り上げられた」とはじめて言えることになるのではないかと考えるのですがねえ(sigh).

金印偽造事件
金印偽造事件
posted with 簡単リンクくん at 2007. 2.25
三浦 佑之著
幻冬舎 (2006.11)
通常24時間以内に発送します。

2007/01/27

幻のキネマ満映

幻のキネマ満映
山口 猛著
平凡社 (2006.9)
通常24時間以内に発送します。

 1989年に原著が出版されたときに,財布と折り合いが付かずにどうしても手が出なくて諦めてから幾星霜.先日,平凡社ライブラリー版で出ていたのを見つけて慌てて購入,読んでみる.
 うーん,期待したほど面白くない,というのが第一印象.貴重なインタビュー証言が幾つも散りばめてあるのに,何だか消化不良な感じが否めない.唐突に「衛藤利夫」などという,多少なじみのある名前が出てきたりもするのだが(出てくるだけ).本書が出版されたときは,まだまだ満映(満州映画協会)の研究も端緒についたばかりで,これがスタートだったことも影響しているのだろうか.出版されたときに借りてでも読んでおくべきだったと,悔やむことしきりである_| ̄|○
 それにしても平凡社ライブラリーに収録されるに当って著者が追記も序文も新たに書いてないのは何故かしらん,と思ったら,その後の研究の進展を別の一書(『哀愁の満州映画』三天書房)にまとめているからか.
 本書に何度か現れる甘粕正彦の腹心「赤川孝一」は,川村湊に拠れば赤川次郎の父である由.

2006/12/17

院政

院政
院政
posted with 簡単リンクくん at 2006.12.17
美川 圭著
中央公論新社 (2006.10)
通常24時間以内に発送します。

 これも楽しませていただきました(^o^)/
 平安後期から始まる「院政」に関する通史ですが,なかなか興味深い内容でした.僕がこれまで印象として持っていた教科書的な理解が,現在では有力な見解ではないこと(後鳥羽院政について,など)など,知的好奇心を大いに刺激されるもので,スラスラと読みふけることが出来る好著です.

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