「芸術音楽」と「商業音楽」という区別は聴き手にとって既に有効ではないのでは?
ご無沙汰をしております。久しぶりの,今年第1回めの更新は,
あまちゃんとゴジラ、作曲家を取り巻く環境の変化について - 夜の庭から
http://meerkat00.hatenadiary.jp/entry/20140211/1392066126
に対して,
“今や電子楽器や録音技術が一般に普及し、商業音楽と芸術音楽の違いが明確になりました。”このあたりに意識のズレがありそう。むしろ一時期は明確だった違いが現在は溶解してるんじゃないかしら。
http://b.hatena.ne.jp/wackunnpapa/20140211#bookmark-181754326
とはてなブックマークでコメントしたところ,blogの著者のmeerkat00さんから
id:wackunnpapa すみません。よろしければ具体例を教えてもらえますか?現代音楽の作曲家で、商業音楽に関与してなおかつクラ界でも評判の良い方が思い浮かばないです…。
http://b.hatena.ne.jp/meerkat00/20140211#bookmark-181763818
とお返事いただいたことへの,以下僕なりの回答です。
ぐずぐずしているうちにお返事が遅れました。お待たせしてごめんなさい。
実のところ,「現代音楽」を「ポスト・ウェーベルンの流れを組む音楽」ということで捉えると,これはなかなか難しい問いなのかなあ,と。ミニマル・ミュージック系のマイケル・ナイマンやフィリップ・グラスはシリアスでも映画音楽でも一定の評価を得ていると思いますが。このふたりは,シリアスな音楽でも映画音楽でも同じような芸風で曲を書いていますね。
「現代音楽」を1960年代以降のシリアスな音楽,ということで捉えると,他の方も述べているように武満徹の名前が浮上します。個人的には黛敏郎,松村禎三,林光なども挙げてよろしいかと。童謡も商業音楽に加えるなら,團伊玖磨も挙がりますでしょうか。
もっとも,僕が“一時期は明確だった違い”と考えたのは,個々の作曲家の誰それが「芸術音楽」「商業音楽」の双方で評価を得ている,という話ではなく。僕や他の方が挙げた作曲家が「現代音楽」じゃない,と言われたらそれまでになってしまいますが,「毀誉は他人の主張」だと思うので。
過去には,映画音楽に後期ロマン派の管弦楽法を持ち込んで現在も続く,分厚くて壮大で情緒纏綿たるハリウッドの映画音楽の一典型を作ったエーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルトが,第二次世界大戦後は「映画音楽に手を染めた」ことでヨーロッパの楽壇から忌避されたこと(ウェーベルンが教祖に祭り上げられた「前衛の時代」にコルンゴルトの芸風は時代遅れに思われたのでしょうし)や,ポスト・ウェーベルンとは無関係な芸風の伊福部昭が「特撮映画の映画音楽家」として「前衛の時代」には長らく不遇であったこと(伊福部昭のシリアス音楽が復権するのは平成に入ってからのことですから)がありました。
それがいまは,個々の作曲家の評価もさることながら,「前衛音楽」の退潮が聴く側における「芸術音楽」と「商業音楽」,もしくは「シリアスな音楽」と「娯楽音楽」を隔てる垣根を低くしたのではないでしょうか。クシシトフ・ペンデレツキの作風が前衛から新ロマン派に変貌したことや,ヘンリク・グレツキの交響曲第3番が(FM番組のテーマ音楽にされて)イギリスのポップチャートでヒットしたことなども,「前衛音楽」だけが現代の音楽ではなくなったことの現れのように思えます。
レコード録音では,数年前に世に出た,デイヴィッド・ジンマンとチューリヒ・トーンハレによるベートーヴェンの交響曲全集が奏でる音色が,マントヴァーニ・オーケストラの如きイージーリスニングのようで,個人的には気持ち悪かったのですが,これなども垣根が低くなったことの現れだったように思えます。そういえばグレツキの交響曲を録音してヒットさせたのも,ジンマンでした。
知人が
“世の中には芸術にも商業にも該当しないものがたくさんあって,狭い領域だけで考えてもダメ”
と曰ってましたが,例えば吹奏楽のコンサートにのぼせられるおびただしい数のオリジナルとアレンジ作品群は,「芸術音楽」と「商業音楽」というくくりでは捉えきれないものがあるような気がします。以前聴かされたある作曲家のアニメのサントラが,まるで全日本吹奏楽コンクールの課題曲のような響きだったことに僕は爆笑したのですが,そのようなクロスオーバーが聴き手の側に刷り込まれた挙句に,伝・佐村河内守の音楽が受け入れられる素地ができていたような気もするのですね。もちろん,彼にまとわりついていた「感動の物語」がプロパガンダには大きな力を与えていたでしょう。
僕自身が居間ではシリアス音楽を,カラオケでは1980-90年代の歌謡曲,ニューミュージック,J-POP(娯楽音楽,ですかね)を歌うようなタイプですが,「芸術音楽」と「商業音楽」の垣根は,業界の中の人が身過ぎ世過ぎも含めて考えているほどには,聴いてる側には意識されていないんじゃないかなあ,と。携わっている方々には,これは心外なことなのかもしれませんが……。
こんなことをグルグル考えていたら,なかなかまとまらずに時間がかかってしまいました。お答えになっているかどうか心もとないですが,今日のところはこれにて。
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