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ココログ


ほし2

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2011年8月の記事

2011/08/27

3月17日のこと

承前

3月17日(木)になりました。

この日は一段と冷え込む。僕はアパートがボロとはいえ健在だからまだしも,避難所にいる方々はこの寒さをしのぐのも大変なことだろうなあ,と落ち込む(嘆息)。

東京電力福島第一原子力発電所が事故って,あちらこちらで混乱が起きていたので,ついつい「東京さんは落ち着いて(^^;)!」「首都圏さんも落ち着いて(^^;)。」などとツイートしてみます。原発の60キロ圏内にいる身から見ると,首都圏(=安全地帯)在住でむやみに「リスク! リスク!」と騒ぎ立てる連中が浅ましく見えて仕方がありません(これは現在に至るまで同様)。

朝ごはんは例のナンドック。

昨日,日本図書館協会から送られてきたメールマガジンのあまりな内容に,さすがにがっかりして問い合わせのメールを送ってみます。実際には問い合わせどころか,詰問状みたいなものですが。日本図書館協会の施設会員は公共図書館しか存在しないのか,協会のエラい連中は安楽椅子に座して東北地方の図書館が壊滅したのを眺めているだけなのか,と。もちろん,返事が来るわけもありませんし,こちらも期待していませんで。実際,現在に至るまで日図協は,僕と勤務先にとっては何の役にもたってませんし。そもそも阪神・淡路大震災のときから日図協が災害の役に立った例はなく,現在は阪神・淡路大震災の経験者が中枢に座っているだろうに,この有様なのは,おそらく想像力が欠如している小役人の集まりなのだろう,とこちらが想像する(^^;)しかありませんね。

この忙しい時に,朝から余計なリソースを使ってしまって疲れましたわ。もっとも,この日は友人に指摘されたけど,疲れているから気が緩んで,相手構わず当り散らすようなツイートをしないように心がけなきゃいけないのです。心無い人がいるのは気にしませんが,相手を傷つけちゃいけない。

気を取り直して出勤。昨日で大規模な復旧作業は一段落して,今日は職員3人でできそうなところをコツコツとやります。具体的にどこをどう片付けたのか,この日はあまり記憶にないのが何とも(嘆息)。

この頃から,機器や什器の復旧のために担当者の派遣をお願いすると「こちらは震災と原発事故のため,自宅待機になっておりまして,待機が解け次第お伺いします」となるケースが増えてきました。確かに,普段通り出勤していた企業の方が少数派だったんじゃないでしょうか。まあ,僕などはこの頃,家にいてもやることはありませんが・・・・・・。

お昼は記憶なし。

ふと思い立って,図書館のツイッターに各大学の紀要の送付を一時停止してもらうよう,お願いを載せてみます。反響があったようでありがたかったです。その節はお世話になりましたm(_ _)m 10月には解除しますので,よろしくお願いします。

帰宅してまず風呂。まだシャワーが使えるまでは水圧が復旧していなかったんじゃないかな。取り敢えず,自宅から図書館のサイトを更新。事務室で使ってるパソコンは復旧の目処が立たず,他のパソコンにはサイト更新用の仕込みをしてなかったので,時々お持ち帰りで仕事をするために仕込んでおいた自宅のパソコンから更新するしかないという。やれやれ。ツイッターでお知らせした紀要の件を,公式サイトにも掲載。

夕食は何十年ぶりかの「サッポロ一番塩らーめん」ただし素ラーメンだったので,あまり美味しくできなかった。とツイッターでつぶやいたらみんなから「野菜を入れましょう」とご指導を賜る(^^;)。やれありがたや。他にハッシュタグ使うなら,ツイッターはwebじゃなくてTweenを使ったほうが,とか,片がついたら大盤振る舞いしなきゃならないなあ,とかいろいろと助言いただく。ただ,Tweenは結局使いこなせずEchofonに出戻ってしまいましたゴメンなさいm(_ _)m

賢弟が僕宛に救援物資を送ろうとして「手段が絶たれた」とがっかりしていたのは,この頃だったか。

この日の夜は,何度も強い余震がありましたね・・・・・・。

23時過ぎに就寝。

翌日に続く

2011/08/26

3月16日のこと(3)

承前

大波が来るように大人数が来て一気に片付けてくれたもので,皆が去った後の残された図書館員はボケラー(・o・)。ひとたび椅子に座ると,もう一度立ち上がることが難しいくらい疲れはてて解散。

帰宅して図書館のツイッターに今日の復旧状況を更新し,みなさんにご報告&御礼。実際,いくらお礼を申し上げても未だに言い足りたと感じることはないです・・・・・・。

この頃,民放は一般のCMをうてずにACのCMが垂れ流されていたようですが,僕はACが臓器移植法が制定されて以来,不倶戴天の敵。なのでACのCMが垂れ流されている民放など見る気にもならず,ずっとNHKのテレビとラジオで過ごしてます。テレビはともかく,ラジオはいつ頃まで寝るときも点けっぱなしだったのかな。

30年来のマーラーファンが震災にあって以来聴く気になれなかったマーラーを,ようやく聴く気になってかけたのがヴァーツラフ・ノイマンの旧全集(スプラフォン)から「復活」。これまではバッハ,ベートーヴェン,ブラームスのサイクルだったのが,何とか少しは持ちなおしてきたのかと。でも,この時点でシューベルトやモーツァルトは聴く気になれず。意外にもハードボイルド(^^;)。

風呂入って夕食をとって,webを巡回して知人友人の無事を確認したり,図書館の情報発信を確認したり。可笑しかったのは,この頃の僕の曜日の感覚が狂っていたようで,昨日も今日も職場で「今日は木曜日だよね」と訊いていたらしい(^^;)。実際はまだ今日の時点で水曜日です。

23時前に就寝。

もう少し続きます。

2011/08/25

3月16日のこと(2)

承前

さて出勤。いつもより30分ほど早めに出勤して,僕が使用しているパソコンが壊れているので手書きで館長宛に直訴状書きます。文案は昨晩と今朝,ほぼ頭の中で考えていたので,書きだすのは意外にスラスラ。15分ほどで書き上げると,その足で上司の部屋に向かいます。我が館長,毎日早出で研究時間を作ってる方なので,アポ無しで出かけて行っても間違いなくいるだろうと踏んでいたら,やっぱり既に出勤。挨拶もそこそこに直訴状を出して,とにもかくにも一度学内で「長」のつく連中が図書館の惨状を見に来てください,と訴えます。これ以上放っておかれたら,何より人間が先に壊れてしまう,と。「見捨てられた」ということで,肉体より先に精神が壊れてしまうのは何としても避けたい,と。応えて館長,
「わかった。何とかする。でも,これから先の見えない長期戦になるんだから,そんなに焦ることないぞ。」
ここ毎日,午前と午後と上層部で会議をやってるから,そこで計ってくれる由。ありがたいことです。

図書館に戻ると,昨日パニック起こしていた職員Cも,今日は無事に出勤してきています。Cに対しては,僕は今でも罪悪感で胸が張り裂けそうです(嘆息)。

午前中,ぼちぼち閲覧室に散らばった本を片付けていたら館長が会議から戻ってきて
「午後1時から手の空いている教職員が片付けに入ってくれることになったから,段取りを決めておいて」
いやーありがたい。

昼食は,事務室に電子レンジがあるのでセブンプレミアムのナンドッグを持ち込んでみます。避難所からもおすそ分けが届きますが,これがだんだんと減っています。市から回ってくる物資が減っているとのことで,やはり道路も鉄道も未だ回復せず,の感がひしひし。

職員が知恵を寄せ集めて復旧の段取りを作ったところへ,「手の空いている」教職員が集まってきましたが・・・・・・。こちらは10人も来てくれれば御の字だろう,と段取り組んでいたところに7,80人来ました(*_*)。まさかこれほど来るとは思わず,これにはさすがにこちらが驚いちゃって,却ってこちらがパニックに陥りそうに(^^;)段取りを大幅に変更する羽目になります。

おかげで,復旧工程のうち,1週間はかかるだろうと見込んでいた手順がわずか1時間で終了します。ただ,その復旧作業中にも大きな余震に襲われたのと,書架の損傷が予想以上に激しかったため,安全を考慮し書架に本を戻す作業および積層書架内の作業は,当面の間見合わせることに。

以下,本日の作業結果。

Img_1082

Img_1080

参考図書の書架と,ウチでは「貴重庫」と呼んでいるロッカー。二段になっていたロッカーの上段で使用していたものは損傷が酷く,廃棄処分に。


Img_1083

参考書架を別の角度から。


Img_1084

参考図書は取り敢えず,閲覧室の机の上に積み上げて保管。


Img_1086

3階閲覧室の楽譜。


Img_1091

Img_109001

同じく,3階の紀要。ここは書架の損傷が激しく取り替えなければならない上に,後に4月の余震で積み上げた紀要が雪崩を打つという悲劇が待っています。


Img_1094

取り敢えず,床に平積みにしてもらって,次の手を考えることにします。


Img_1095

ここまで実質2時間強で片付けていただいてしまいました。何と感謝したらいいのか(号泣

これで,大きな復旧は一旦中断を余儀なくされます・・・・・・。

続く

2011/08/22

「行蔵は我に存す,毀誉は他人の主張」

インターミッション(^^;)。

勝海舟が福沢諭吉から届けられた「瘠我慢の説」に対して,その返事に送った手紙の中の言葉です。タイトルに書いてしまえば,あとはもう何も書く必要はないんじゃないかと思われますが,それだけでは何ですので,少しぐだぐだと。

3月11日以来,何かと言えば僕はこの言葉を引き合いに出して,また頭の中でリフレインさせながら自らを励ましています。災害に対して,自らできることを精一杯実行すること。過ぎたことは悔やまず,今出来ることを全力でやるのみ。誰か他者の責任に転嫁すること無く,自らの行動に対する毀誉褒貶はすべて自らが引き受ける。どのみち,僕の言葉も行動もすべてのひとに通じるものではありませんから,その理念や行動が理解されなかったからといって,後悔する必要を感じません。何より勤務先の復旧に向けて,俯仰天地に愧じぬことをやってきましたから。言葉が通じなかった相手がいることは本当に残念ですが,それも仕方がないことです。

ただただ,自らの信じるところを以って,自らの力の及ぶ範囲で,自らできることをやるのみです。毀誉褒貶はあとから勝手に付いてくるものです。3月11日以来今日ここまで,罹災した僕と勤務先のためには,何の役にも立ってない日本図書館協会が後日,去る3月末に依頼した統計が提出されていないの何のと言ってきたところで,それこそ「行蔵は我に存す,毀誉は他人の主張」と返答するのみです(^^;)。


これ,文章化しているから,とても肩に力が入っているように感じられるかもしれませんが,ナニ当人は至って無邪気に「やりたいようにやるだけだよー」「疲れたからひと休みするよー」「とやかく言われても知ったことじゃないよー」とやってるだけですので(^^;)。御気遣いなく。

ついでながら,僕はかれこれ30年以上,佐幕勤王関係なく勝海舟に敬意を表しています。若い頃は履歴書の「尊敬する人物」に勝を挙げていたくらいで。今次震災の非常時に,上司と交渉する必要に迫られたとき,どれだけ勝小吉,海舟親子のことを考えたことか。おかげでずいぶん,助けられたところがありました。

読書は無駄になりませぬ(^^;)。

2011/08/21

3月16日のこと(1)

承前

3月16日(水)になりました。

今日も目覚ましなしで午前6時前に起床。例によって朝食の準備は簡単なので,端末を朝から立ち上げてついったーでひとしきりぶつぶつと。我ながら,そんなに変なことは書いてないと思うので,今回はほぼそのまま,無編集で転記してみますか。


昨晩の件。僕もかなりテンパッてる感じがしますが(^^;),ハッシュタグを知ることが出来ずに「無事」をツイートを,やっとの思いでツイッターに上げている,被災した図書館関係者のツイートを拾いあげてください。自分が無視されていない,と感じられることがどれだけ勇気づけられることか。

未曽有の災害ですから,情報量が多いのはわかります。でも,それを捌いて欲しい。非公式RTよりも,無事を伝える被災した図書館関係者のツイートを拾いあげて欲しい。「誇り」がどうたらなんて議論している暇があるんだから。

何度も言いますが,被災地にいま必要なのは議論や評論ではありません。被災地からの発信をいかに被災しなかった方々が拾い上げ,みんなあなたを見ているよ,あなたは無視されていないよ,という気持ちを伝えることができるか,なんですよ。

不足している物資も届かない,情報も届きにくい中で,被災しなかった方々が被災地に伝えられるのは,何より形になった「気持ち」なんです。誰もみんなを見捨てない,頭ではわかっていても,それが形として見えなければ,被災したひとたちは不安になるんです。

僕自身,これまで自然災害の際にいろいろなことをやってきましたが,今回は自分が罹災してしまい,挙句に勤務先のパソコンが壊れてしまい,何とか足くらいは出そうと努力してますが,自分のことを発信するのが精一杯です。それすら「ハッシュタグがない」で拾われない。

自分がこれまでやってきたことが,もちろんすべて正しい訳じゃありませんが,とにかく被害が出た図書館の情報を収集するときは,大学も公共も館種など無関係にやってきました。普段の行きがかりはありますが,災害時にそんなことにこだわっている奴は地獄に落ちていい。

話が逸れそうなのでもとに戻します。とにかく,被災しなかったみなさんに被災地に届けて欲しいのは「誇り」じゃなくて,「安心」であり「見捨てていない」という気持ちです。

図書館員です,情報収集のプロフェッショナルです。でも,誰も完璧じゃありません。そんなことはわかっています。ただ,「誇り」などと得意げに作業しているように見えるところから,自分の「無事」が漏れてしまう,それで「誇り」等と言われても,虚しいだけです。

僕は自分の為に何かをやっているわけじゃありません。僕より大変な目に遭っている,多くの図書館関係者に力を与えてください。誰にそれができるんですか。僕はそれをやりたくても,いまできません。悔しいけど悔しいけど,自分の身を支えるだけで精一杯です。

再度お願いです。ハッシュタグの存在を知ることも出来ないまま「無事」を伝える図書館関係者の声を優先して拾ってください。それが被災しなかった図書館関係者の方々が,被災地の関係者に届けられる「希望」の形です。能書きはいい,見える形を示してください。お願いします。

東北地方太平洋沖地震に遭遇して以来,ツイッターで@とばしていただけたみなさんには,どれだけ感謝しても感謝しきれません。本当に本当にありがとうございます。自分が無視されていない見捨てられていない,って思えるだけでも,どれだけ支えになっているか。

メールなどで安否を問い合せてくれたみなさんにも,ほんとに本当に感謝しています。なかなかレスポンスもできませんが,とにかく生きています。原発だろうが余震だろうが物資不足だろうが,とにかく切り抜けてしのいで生き抜きます。

すみません,僕のことはもういいので(汗,「無事」を発信することも出来ずに黙々と避難所等で作業している図書館関係者の無事を願ってくださいませm(_ _)m 本当に本当にありがとうございますm(_ _)mm(_ _)m

しかし,朝からよくもまあ,これだけのことをエラそうに書いたものです(嘆息)。根が怒り駆動型の上,いい加減テンパっていたのと,昨日(3月15日)の諸々(職員Cのことや館長以外の部長級の役職者が誰も図書館を確認しに来ないこと)による感情が一気に噴き出したのが原因でしょうか。

どうやら,この一連のツイートが原因で僕のついったーのフォローを外されたり,ブロックされたりした方もいらっしゃったようです(正確に調べたわけでもないので詳細は不明ですが)。それはもう「行蔵は我に存す,毀誉は他人の主張」ですから仕方がありません。言い訳はしませんし,何より,自分に恥じるようなことを上記のツイートには何ひとつ書いてないわけですので。

水道の水の出は,昨日よりもよくなってきたようです。ただ,シャワーや台所の湯沸かし器や洗濯はまだまだダメなようです。衣服はまだありますが・・・・・・。

さて,出勤しますよ。

続く。

2011/08/20

3月15日のこと(2)

承前

帰宅して,避難所からおすそわけをいただいた物資など使って夕食の準備。そこへケータイに,13日に仙台で一献傾ける予定だった多賀城の教え子からメールが入ります。ああ,無事だったんですよ(sigh)。うれしくてうれしくて,しばらくボロボロ泣いてました・・・・・・。

気を取り直して夕ご飯。メインは某スーパーが自社ブランドで出している「ナンドッグ」。13日に大量に購入してこの週,これを1日1回は食べていますから,あとで飽きちゃってキツカッたのですが,それは後の話。

夕食後にメーラー立ち上げて確認してみると,この大震災の最中に「公共図書館における指定管理者導入反対」が云々,というメールが飛び交うMLがあって。確かに震災で直接罹災した地域以外には日常があるとは言え,こちらがその日の食料にも事欠きかねない有様なときに,いささか無神経なんじゃあないかと被災した身は思ってしまうわけで。特に15日の晩は,ひっきりなしに余震に襲われていましたし。

腐っても図書館員,あちらこちらから断続的に来る連絡や問い合わせに,いろいろと調べて返事を返すわけですが,さすがにいろいろと抜けが目立ちます。交通手段について,仙台空港や鉄道が大きな被害を受けていて利用できないため,代替手段を探すのですが,庄内空港や山形空港,新潟空港の存在そのものが頭から飛んでいて,Google利用するのも一苦労という。ましてや地域のバス会社の名前は,旅したことのある地域でもなかなか思い出せない始末。

カミさんに今日の無事を伝えて,3日で3キロ体重が落ちたよ,と言ったら「でも,その痩せ方はリバウンドするんだよねー」ですと。実際,今やそのとおりになったので腸が煮えくり返るわ(^^;)。

自分でついったに記録した「『元科学技術庁長官』と言われて,山東昭子がにっこり笑ってガイガーカウンター,という噂を思い出した件」って何だったんだろう? 恐らく,テレビかラジオに「元科学技術庁長官」が出演していたんじゃないかと思うけど・・・・・・。山東昭子がどうたら,というのはこのひとが科学技術庁長官だったときに,何でも原発立地に出かけて挨拶した際,ほらこんなに放射線の値が低いんですよとにっこり笑ってガイガーカウンターを取り出して云々,という話があったらしいのですね。

この晩,何度か目の余震のあとで,あちらこちらの無事を確認していたら,トゥギャッター使って東日本大震災における図書館の罹災状況をまとめているものを発見します。これ,ひとしきり眺めていたら妙なことに気がついたんですね。
「これ,僕に限らず図書館関係者が自分の無事を伝えるツイートを全然拾ってないじゃん」
「図書館や関係者による発信でも,ハッシュタグを使ってないツイートがまったく拾われていないじゃないか」
愕然としましたよね。たかがハッシュタグのために,被災した図書館関係者がようやく上げている「無事」の声が広く行き伝わらないとはどういうことだと。誰もがハッシュタグを知っているわけでもないし,簡単に打ち込めるわけでもあるまいに,そんなものに頼って情報の収集と提供をしたつもりになっているとは。

さすがにがっかりして,捨て台詞をついったに残して不貞寝です。明日,出勤して以降の行動を考えながら・・・・・・。


3月16日に続く。

2011/08/18

3月15日のこと(1)

承前)ちと間があきましたが再開。

3月15日(火)になります。

このところ,朝6時前後には目が覚めます。朝食の準備に時間がかからないので(手間ひまかけるほどの食材がない),朝から端末立ち上げてツイッターなど。ふと気がつくと,風呂場からチョロチョロと水の音が! 風呂の蓋をとったら,何と濁った水ではありますが風呂に水が溜まっているじゃないですか。小躍りして,早速風呂を沸かします。いやー(^^;)。汗を流せれば取り敢えず何とかなりそうな気候だったので,これはうれしい。
ひょっとして,と思ってトイレのレバーをひねったら,どうやら何とかなりそうな勢い(^^;)。台所はまあまあ。シャワーはまだダメ。

朝ごはんはヨーグルトひとつ。

風呂をつかって,ツイッターで友人たちの無事を確認した後で出勤します。昨日の避難所当番割り当てで,職員BとCが朝から避難所に詰めているので,僕はみんなが戻ってくるまでの間,留守番でNHKのUstreamなど見ながら待機です。この日はたまたま東京電力が朝から記者会見をやっていて,そのグズグズぶりに憤慨しながら待機していたら,職員Cが泣きながら事務室に戻ってきたのです・・・・・・。


・・・・・・ここで交わしたやりとりは,ほぼ覚えているのですが,素敵なひとの名誉を守りたいので,ごめんなさいね。


職員Cを自宅へ帰して,なお待機,というより東京電力福島第一原子力発電所の状況がNHKのUstreamを見ていてもひどいのがわかったので,とにもかくにも現状で使えるweb資源とラジオを総動員して発電所の情報収集に務めます。結局,職員Bが避難所の当番が終わって戻ってきたものの,午前中はまったく復旧のための作業が進まない有様に。非常時の上に非常時が重なってしまったので,それは仕方がありません。

お昼前に,建物の上にある看板(学校の宣伝用ですね)の安全性を確認しに出入りの業者さんが来ます。ふと窓の外を見ると,このあたりを走っている路線バスがトロトロと走っているのが見えます。この路線バスを見て
「あ,日常が生きているんだなあ,よかったよかった」
と少し安心しましたよ,真面目な話。

お昼は,また避難所からのおすそ分けがありましたが,取り敢えずインスタントの焼きそば。

午後は職員Bが「作業していたほうが気がまぎれますから」というので,取り敢えず入り口から2階の閲覧室への道を確保するように,そこここで本棚から散らばった本を平積みにしてスペースを作る作業など。2時ちょっと前に大きな余震があってヒヤヒヤしながら。ひと息ついて,そういえば,とあちらこちらの倒壊現場をデジタルカメラで撮影して回ります。図書館棟の1階には昔の衣装を着た等身大の人形を収める展示スペースがあるのですが,ここの壁には大きな亀裂が入り,人形はほとんどが倒壊しています。これは記録写真がありますが,場所の管轄が図書館事務室ではないので,公開はしませんあしからず。

確か用度課が呼んでくれた業者さんの屈強なお兄さんが4人来て,ひっくり返った書架や雑誌架を取り敢えず立てなおしてくれたのはこの日のはずなんですが,何時ごろ来たかまったく思い出せないという。

さてそろそろ退勤準備かな,と思ったところへ架電。避難所の手伝いを僕にお願いできないかという。「自分のことで手一杯で,とても他人まで支えきれませんので」と,かなり強い口調で断りを入れた記憶があります。この時点で,恐らくは過去に半径5メートル以内にいたことのあるひとのことしか考えられなくなっていたんじゃないでしょうか。いま振り返っても,疲労困憊が限界に達していたんじゃないかと。

そうそう,この日まで勤務先の部長級は図書館長を除いて,誰も図書館内部を確認しに来ていないのです。

退勤します。ですが,この日は退勤したあとも,いろいろとあるのですねえ(嘆息)。


続く。

2011/08/09

3月14日のこと(2)

(承前

お昼ごはんを食べていたら,だったか,食べる前だったか,取引先の営業から着電があり,連絡の取れないひとり除いて取り急ぎみんな無事との由(このとき不明だった方も,後日無事が確認される)。少しずつ関係諸方面の無事も情報が入ってきて何よりです。

法人事務局から連絡文書が回ってきたので,コピーを取って職員に配布しようとしたら,コピー機が壊れている>< 激しい揺れのため,複写するための機械が台座からズレてしまい,電源は入ってもエラーコードが出るという。FAX兼用機なので,通信手段のひとつがこれで絶たれることになります。このエラーコードが取扱説明書に出てこないものだったので,ツイッターでご教示を乞うたところ,お返事をいただき(その節はありがとうございます),結局は数日後にエンジニアの方に修理に足を運んでいただきました。

午後は事務室で本棚から落下した本をとにもかくにも棚に戻して(順序は後回し),事務室内を歩けるようにすることと,それにより停めたサーバにたどり着くことを目標に,作業を続けます。何とか事務室内をひとが移動できるようにして,サーバまでたどりつけたので電源を入れたところ,どうやら異音もなく普通に動く模様(このとき,実は2台あるサーバのうちwebサーバは端末からアクセスしてwebsiteやwebOPACが使えることを確認したのですが,業務用サーバは電源を入れただけでログオンしていなかったのでした。このことに気がついたのは10日ほど経ったあとのことです。何ともお恥ずかしい)。

女性職員に対して,翌日からの避難所のお世話当番の時間割への記入依頼が来たのはいいが,実に恣意的な順番で記入用紙が回ってきたので呆れ返る。こんなときに互助のかけらもないとはね。取り敢えず,職員BとCに記入してもらい,次の部署に回すがしかし・・・・・・。このときの気持ちが翌日と翌々日の「爆発」につながっていくわけです。

この日は,ここまでで業務は終了して一同解散。僕が使っていた端末の復旧の目処がたたないので,書類の山からIDとパスワードを引っ張り出して,自宅のメーラーからアクセスする計画を立てながら帰宅します。

帰宅後,すぐに自宅端末のメーラーに設定をぶちこんだら,あっさりメールが読めるようになったのですが,Thunderbirdはすべてのメールを落としてくるまでに時間のかかることかかること。その間に夕食は,昨日確保していたインスタントの焼きそばだったんじゃないかしら。

で,この日のツイッターを見ると,どうやら勤務先に届いていたメールを見て怒ったりがっかりしたりしていたようなのですが,今となってはその理由が思い出せない(^^;)。恐らく,指定管理者制度云々の連絡がどこかのMLで飛び交っていたのを見たからではなかったかと思うのですが,震災の被害が及ばなかった地域には日常があるでしょうに,何をこのひとは勝手にいらついているんだか。当時は「がっかりするのも腹をたてるのも生きている証拠ではある」などと自己弁護しているようですが,どうも,このあたりからさすがに精神が常態を失いつつあったのではないかと,今になって思うところです。

就寝する前に,ふと思い立って風呂の蛇口をほんの少し開けてみます。冬場に水道管が凍らないようにする程度に。かすかな希望を夢みつつ,おやすみなさい。


3月15日に続く。

2011/08/08

ゴーヤのらっきょう酢漬け

@doramao さんのリクエスト(^_-)-☆

Img_1263


作り方はカミさんに教わったもので,簡単です。


1. ゴーヤを切って種を取り,薄く切って塩もみして5分ほど放置(アク抜きのため)

2. 5分たったら,よく水洗いしてタッパーにあけ,らっきょう酢をひたひたより気持ち少なめに入れる。「らっきょう酢」は市販のもの(例えばこちらこちら)に手を加えずに使います。

3. 冷蔵庫で一晩寝かせると,翌日には食べられる状態に漬かります。出来上がりは写真参照。


残念ながら今日食べたものは,甘さと苦さのバランスがいまひとつ。明日になれば,甘みが増すかなあ。1回作ると数日はもつので,食事の支度が面倒なときの付け合せにどうぞm(_ _)m

3月14日のこと(1)

承前

朝一番で水が出るかどうか確認。出ないのでがっかりしながら,バウムクーヘンの残りとペットボトルで朝食を摂ります。簡単な朝食の後はやることもないので,ツイッターを立ち上げ,勤務先が被災したことを発信してみます。まあ,うだうだと考えていても仕方がないので,エイヤッと出勤。この頃の勤務先は,全員出勤という指示が出ています。図書館は,職員Aが交通手段を絶たれてしまって首都圏の親族のもとに身を寄せているため,僕とB,Cの3人でしばらくの間,復旧作業に取り組むことになります。幸い,建物自体は数年前に耐震補強工事を完了していたので倒壊することはなく,

出勤してびっくりしたのは,実は水が出たこと。数年前に掘りあてた地下水脈が,この非常時に役に立ったということです。これは,自宅に残る水がなくなったら,しばらくはこれでしのげるかも。とにかく,しっちゃかめっちゃかになった事務室に自分の居場所を確保しなきゃならんので,まずは事務室の復旧整理からとりかかります。あいにく事務室の記録写真は残ってないのですが,事務室の書架は揺れの方向と90度逆を向いていたために,本は落ちたものの書架そのものは健在だったのが助かりました。

壁から落ちていたホワイトボードを椅子の上に載せて,注意事項を書き出します。字が下手で本当に申し訳ない。

Img_1057

このボードは翌日(3月15日)の撮影ですが,14日に書いたままのものです・・・・・・。


以下は14日の朝の10時前後に撮影した,勤務先の被災状況です。

Img_1043

これは楽譜の棚。手前に見えるのは倒壊したスチール書架ですね。


Img_104401

こちらは他大学の研究紀要が収められていた書架。地震の揺れと方向が同じだったためか,ほぼすべて落ちています。


Img_1048

外国書が収められていた書架。


Img_1049

文学(NDC908)あたり。


Img_105001

いわゆる「大型本」の書架。震災当日,このあたりに来館者がいなかったことに感謝するしかありません。

NHKラジオ第一をつけて,震災と東京電力福島第一原子力発電所の被災状況に留意しながら,復旧作業を進めます。困ったことに僕が勤務先で使用していたデスクトップが机上から落ちてしまい,どうも生死不明な様子。仕方がないので,職員Cが普段は使ってるデスクトップを借り受けて,勤務先の情報発信にこれ務めます。

と,そこへ原発が爆発したらしい,との情報が入ったのが11時過ぎのこと。これでみんなが動揺してしまい,作業が一時中断を余儀なくされます。僕は「ここまできて,もうじたばたしても始まりゃしない。腹は括ったわさ」と腹の中でひとりごちながら,NHK総合の画像を転送しているUstreamを眺めていました。

そうこうしているうちにお昼になります。構内に避難所が設けられているので,そこから食料の配給がこちらにも回ってきます。震災で交通は途絶してしまい,市内のコンビニ,スーパーにはモノがない状態でしたので,これは助かります。僕も何とか,カップラーメンを2,3個先日のうちに確保してはいたのですが。確か,菓子パンや苺味の食パンなどだったような記憶があります。いま思えば,この食事もメモを取っておけばよかったんですよねえ。いまや,僕たちも東京電力福島第一原子力発電所のために問診票を書かなければならないのですから(憮然)。

続く。

2011/08/06

「無力感」を抱きしめる

インターミッション(^^;)。

あの震災後,いろいろと考えるところ(考えなかったところかもしれない)がありまして,このところいささか「図書館」という施設に対する興味や関心が薄れてきているのは,事実です。

理由は幾つかありますが,やはり「図書館」は大規模自然災害の前には無力なのだな,と改めて自らが無力であることを感じているところです。図書館関係者においても種々の応援・援助・ボランティアが起動し,現在もその活動が継続していますが,実際に被災地で自らが何をすることができたのか,自らに問いかけたとき,勤務先の復旧作業とその情報提供以外,被災地にある「図書館」として務めることができたであろう役割は,全くと言っていいほど果たすことができなかったのではあるまいか。そんな悔恨の念が,ずっと心の中に澱のように沈んでいます。

自慢するわけじゃないですが,あの911同時多発テロの際,ホワイトハウスなどwebでたどって大規模なリンク集を作成したり,新潟県中越地震の際には新潟県内の図書館施設の被災状況に関するリンク集を作成したり,自らが被災しなかったときはそれなりに情報収集・提供活動もしてきました。しかし,実際に自分が被災してみたら,そのような活動まではほとんど手が回らなかったわけで,ほとほと戦時には役に立たない奴なのだなあ,と。

まあ,被災地であろうとなかろうと,日々の暮らしは嫌でもやってくるものです。いつまでも落ち込んでいるわけにもいきませんので,この「無力感」を抱え込んで勤務先の復旧に勤しみ,日常業務が行えるまでに図書館内を復旧させて今にいたっております。


いつか,この「無力感」を払拭できる日はくるのでしょうか・・・・・・(嘆息)。

2011/08/05

大図研のオープン・シンポジウムに登壇します

来たる8月29日(月),朝の9時より,大学図書館問題研究会第42回全国大会にて開催されますオープン・シンポジウム「震災そのとき、その後-震災と図書館について考える」において,報告とパネルディスカッションのパネラーを務めます。

残念ながら27日(土)より3日間にわたって開催される全国大会にフル参戦することは都合によりできませんで,29日のみの上京になりますが,首都圏方面の知人友人に限らず「このバカが何を話すんだか」ご興味をもたれました図書館関係者がいらっしゃいましたら,よろしくどうぞ。

2011/08/04

3日目のこと(2)

承前

さて,おにぎりをぱくついて,まる2日ぶりに米の飯にありつきましたが,さて食べたあとで手を洗うことさえままならない>< 濡れナプキンを当座使いますが,さてどれだけもちますやら。朝から頭痛がひどかったのが,おにぎりを食べたら治ったのですから,現金なものです。

取り敢えずガソリンはあるのでクルマを出して,水を酌んでこようかと思うわけですが。昨日来,すぐ近所の公園は長蛇の列だというのはわかってます。では,あまりひとが来そうにない方面に給水所の設定はないかとweb叩いて探したら,とある猪苗代湖方面に向かう峠の麓の浄水場が給水所に指定されているのを見つけます(この頃には市役所のサイトもいろいろ情報が上がるようになってました)。ここならひょっとして空いてるんでないか,とみんなが出かける方向と反対側へクルマを走らせます。ここは以前,クルマを登らせてNTTの基地がある峠の頂上まで行ったことがあるので,だいたいの道順はわかります。

その途中,高校生くらいの男子がトレーニングウェア姿で走っているのを見て「おお,がんばるなあ」と賛嘆。なるほどこのあたりは断水もしなかったのかしら,と(真相は不明)。

さて,峠の麓の浄水場にたどりついたら,何と僕の前には一組しかいないじゃありませんか(^^;)。取り敢えず,2リットルのペットボトル何本かに水を汲ませていただき,これでまずは「水だ! 水だ! 水だ!」と腹の中で喜びます。水を汲んだペットボトルを積んで帰投するついでに,少し街中を確認がてらクルマを走らせると,街を南北に走る幹線道路のひとつが一方向に大渋滞しているのを発見。たまたま反対方向にクルマを走らせ感嘆符付きで通り過ぎましたが,これがその後あちらこちらで繰り返されることになる「給油のためのガソリンスタンド行き大渋滞」の最初のひとつだったのかもしれません。

この頃から,断続的にiモードがつながらなくなります。メールのやりとりも困難になってきます。避難所になっている勤務先にボランティアで手伝いに出ている職員Bとの連絡もつかなくなります。が,どういうわけだか固定電話が鳴ったので出てみると,これが実家の親で。お互いの無事を喜びますが,田舎の親戚たちとはこの時点で連絡が取れずに困っている由。そうこうしていると,たまたまつながったケータイに,とある図書館に勤めている教え子からメールが。こちらの無事を先に伝えていたので,その返信がてらですが,無事でよかったよかった。あとはこの日,一献傾ける予定だった教え子に連絡がつかないのが心配で心配で・・・・・・。

賢弟が物資の調達と発送を申し入れてくれたのですが,輸送のための手段がほぼすべて絶たれてしまっているという・・・・・・。いろいろと欲しいものは思いつくのですが。

あまりにiモードがつながらないのに業を煮やした職員Cがクルマでわざわざ僕を訪ねてくれて,職員Bからの伝言を届けてくれます。主に明日以降の勤務について。勤務については震災と東京電力福島第一原子力発電所の両睨みで二度三度,変更が度重なったものですから,震災対応で疲れている頭には,もうわけがわからなくなってます(嘆息)。

すぐ近所に自衛隊の駐屯地があり,朝からひっきりなしに大型のヘリコプターが飛び,車両が出入りしていましたが,この日は夜の21時を過ぎても帰投してくるヘリがあります。お疲れさまです。

明日からは出勤せねばねえ,と22時前ですが早めに就寝します。


次回は3月14日のことを。

2011/08/01

3日目のこと(1)

承前

3月13日(日)になりました。

震災から3日目です。小用は近所の野ッ原でこっそりすませます(ごめんなさい!)が,朝方からもよおした大(ryはさすがに外に行くわけにもいかず,お風呂に残っていた残り湯を汲み上げて流します。1日に何度も出るわけじゃないですが,やはりこれは厳しい。残り湯も次第に減りますし,臭いは消臭スプレーを撒きまくりますが・・・・・・,あとはお察しください。

BGMをかけながら復旧作業開始。記録によれば,この日最初のBGMはニールセンの交響曲第4番「消しがたきもの(不滅)」だったようで,この選択は,さすがにやっぱり自分を鼓舞したかったんでしょう。

作業中,NHKがUstreamでも震災情報を流しているというので,テレビ,ラジオの傍らそちらにもアクセスします。というのも,NHK福島は県内の情報は詳しく流してくれるものの,宮城県や北関東にも知人親族が多数いるので,ローカルに切り替わっているときに首都圏で流れている情報も欲しかった故。UstreamのNHKに字幕情報が流れないのに気がついたのは随分後のことです。

昨日は近所の健康温泉が開店していた情報を確認していたので,今日も開いているかとつっかけで偵察に出かけてみたら,ありがたいことに開いている。いったんアパートに取って返して着替えとタオルを整えて風呂に入りに出かける。エラい混みようでしたが,それでも乏しい水量の中,何とか髪の毛を洗って(何しろ,風邪気味のときでも1日1回は髪を洗わないと,嫌な汗が出て気持ち悪くなってしまうんですよ)身体を洗い,湯船に浸かって手足を伸ばしてひと息つきます。いやー極楽(^^;)。

健康温泉から戻ると,ツイッター経由である教え子から「無事」の連絡が入ってます。この頃から,ツイッターでも個別にやり取りができる余裕が出てきたようです。しかし,余裕が出るのに時間がかかるのは,日頃の修行が足りないため,非常時に胆力が不足してるんじゃないかしら。反省材料です。

NHKラジオで近所のスーパーが開店する,という情報を聞きつけて早速,クルマを出します。ガソリンは幸いにも半分以上は残っていて,多少の遠出には問題がありませんが,ここはまず最も近所のスーパーに行きます。駐車場は空いていましたが,中は大勢のひとひとひと。震災の影響で輸送手段が絶たれているため棚には,お昼前ですがほとんど商品が残っていません。しかし,水の確保に難渋しているはずなのに,どのように工夫したのか,塩にぎりが惣菜コーナーに並んでいるじゃないですか! しかも僕が確保したのは,このとき最後の2パックのうちのひとつ。海苔も巻かれていない,梅干しが入っただけの塩にぎりにこれほど感激したのは,どう考えても人生で初めてのことです。

ふとスーパーの天井を見上げると,大きな穴がところどころに空いています。床を見ると,ガラスの瓶が壊れて中身が飛び散ったあとや,スプリンクラーが作動して水浸しになったらしい痕跡がところどころにあります。

さて,品物が何も無い棚を漁って,何とか食料(と割り箸と濡れナプキン)を確保しましたが,既にレジが文字通り長蛇の列。普段は絶対にありえないところに最後尾がいるという有様で,ここから20~30分は優にかかったのではなかったかなあ。そんなこともあろうかとウォークマン必携のはずが,うっかり忘れて行列が疲れること疲れること。ところが怪我の功名か,あちらこちらから聞くともなしに聞こえてくる「ご無事でしたか!」に始まる世間話が,実にいろいろと有益で助かる助かる。
「そこの大きな公園で給水やってるんですけど3時間待ちなんですよ」
「そう聞いたので,そこを避けて小さな公園に行ったらすぐに水もらえましたよ」
困ったことに市内の地理に疎くて,公園の名前を聞いても,それがどこだかわからない(泣 一番近いところの大きな公園に給水の行列ができていたことは昨日(12日)に一回りしたときに確認してあるので,ここは当てにできず,むしろ少し遠いところにクルマで行くのが正解か,というところまで頭をめぐらせたところでレジの順番が来ます。

さて,お昼ごはんにありつきます。

続く。

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