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ココログ


ほし2

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2011年5月の記事

2011/05/29

原田一道

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谷中霊園,原田一道(1830-1910)の墓。
岡山藩の支藩のひとつ鴨方藩(池田光政の次男正言にはじまる)の出身。蘭学を学び,江戸では伊東玄朴の下で学ぶ。幕末にオランダ留学を果たし,帰国後は明治政府に出仕し兵学校頭取。明治14年には陸軍少将に昇進する。兵学校の教え子には桂太郎,寺内正毅など。西園寺公望に洋行帰りの新知識を伝授したこともある(西園寺曰く「いわば半分先生さ」)。昨日とりあげた江木千之も明治3年,一道の洋学塾で学んだという。

なお一道の長男は地質学者原田直吉(1861-1894),次男は洋画家原田直次郎(1863-1899),豊吉の長男が西園寺公望の秘書だった原田熊雄(1888-1946)である。

2011/05/28

江木千之

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谷中霊園,江木千之(えぎ・かずゆき,1853-1932)の墓。山口県出身で,文部官僚,内務官僚として県知事等を歴任。貴族院議員,枢密顧問官にまで上り詰める。清浦奎吾内閣では文部大臣。養子で官僚から憲政会・民政党系の官僚政治家に転じた江木翼(1873-1932)が病に倒れたのと時を同じくして病臥し,翼に先んじること1月ほど前に死去した。

2011/05/26

大原重徳

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谷中霊園にある大原重徳(1801-1879)の墓。
大原家は宇多源氏の流れをくむ。家格は羽林家。重徳は幕末,孝明天皇の側近となり尊皇攘夷激派の公卿として活動する。維新後は早くに麝香間祗候となり,政治から離れる。勇ましい発言が伝えられる一方で,新知識にはうとく,実務能力に乏しかったとおぼしい。

2011/05/25

ブルックナー/交響曲第6番

ブルックナー/交響曲第6番イ長調@フェルディナント・ライトナー/南西ドイツ放送交響楽団(ヘンスラー:CD93.051)

 1982年10月の録音。
 ライトナー(1912-1996)はヴィルヘルム・ケンペとベートーヴェンのピアノ協奏曲全集(DG)など録音していた指揮者だが,どういうわけだか日本では実に人気がなかったように記憶している。確かに地味でカリスマ性とか夢幻な雰囲気とか感じられない芸風ではあるが,ここで聴くブルックナーもモダーンで過剰な表情付けはなく,古臭い感じはまったくしない。今後,再評価が必要な指揮者であろう。

ニコライ

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聖ニコライ(1836-1912)の墓も谷中霊園にある。ニコライは本名をイワン・カサートキンといい,1861年にロシア総領事の招請で幕末の箱館に来日して以来,一時帰国した時期を除き亡くなるまで日本でハリストス正教会の伝道に務め,現在の日本正教会の基礎を創り上げた。
ニコライについて詳しくは日本正教会のサイトで。

2011/05/24

重野安繹

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谷中霊園,漢学者・歴史学者であった重野安繹の墓。重野安繹(1827-1910)は元薩摩藩士で明治維新ののち,太政官で修史事業に携わる。その後,東京帝国大学教授に転じた。日本の歴史学に実証主義を取り入れた最初期の学者で,一次資料のない人物や逸話の存在を次々に否定してセンセーションを巻き起こし,世に「抹殺博士」と呼ばれた。

2011/05/23

ブルックナー/交響曲第7番

ブルックナー/交響曲第7番ホ長調@カール・シューリヒト/ハーグ・フィル(スクリベンドゥム:SC011)

 1964年9月の録音。元は「コンサートホール・ソサエティ」という通販会社のレーベルに録音されたもの。
 シューリヒトのブルックナー/7番は,ヴィーン・フィルとのUSA公演にて,とあるホールの最前列でいつも編み物をしていた老婦人が思わず聴き入ってしまい最後,盛大に拍手したという伝説があるらしい。この録音も,残念なほどオケが非力なのは如何ともしがたいが,非力なオケさえもシューリヒトの芸風に還元されてしまうかの如き,不思議な魅力がこの演奏にはある。

宮城道雄

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こちらも谷中霊園の宮城道雄(1894-1956)。箏曲家・作曲家として,西洋音楽の感覚に近い箏曲を作曲・演奏し評価される。新しい楽器として十七絃などを考案する。1956年6月25日,演奏会に向かう途中に夜行の急行列車から転落する奇禍にあって死去した。

2011/05/22

ブルックナー/交響曲第8番

ブルックナー/交響曲第8番ハ短調@カール・ベーム/ヴィーン・フィルハーモニーカー(DG:463 081-2)

 1976年2月の録音。日本での初出LPは7番とのカップリングでの3枚組。
 ブルックナーの8番はしんねりむっつりなカリスマがウケると見えて,この明快でザッハリヒなベームの録音の評判はあまり聞かないが,僕は実に優れた演奏だと思っている。個人的には後半の2楽章があまりに長くて,第3楽章の途中でうんざりしてしまうこともあるこの作品では,何よりベームの職人芸のおかげで,音楽もアンサンブルもよく整理されているので,大変に作品の見通しがいい。余計な気を持たせないベームの行き方は,ブルックナーのマニアには好まれないのかもしれないが,惜しいことである。

徳川慶喜

 しばらく1992年1月撮影の谷中霊園を続ける。

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徳川慶喜(1837-1913)。それなりに質素な墓所である。
英邁を讃えられたものの看板倒れに終わった説明不要の15代将軍だが,将軍職を辞したときはまだ30そこそこ,慎ましく(?)趣味に生きた余生のほうが長い長い人生となる。亡くなったのは明治も終わったのちの大正2年11月22日のことだった。

2011/05/21

来島恒喜

 以前,ホームページに霊園巡りのページを開設していたことがある。何年か前にホームページの模様替えに伴いコンテンツを削除して以来,復活していない。一昨年来,blogの更新頻度もすっかり落ちてしまったので,霊園巡りのコンテンツを再利用することにする。写真が幾分古いものなので,現状とは異なることがあるかもしれない。

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 これは谷中霊園にある来島恒喜(1860-1889)の墓(1992年1月撮影)。来島は福岡藩士の出で,玄洋社に参加して政治活動を行う。大隈重信外相の条約改正交渉に反対し,1889(明治22)年10月18日,外務省から退勤してきた大隈の乗る馬車に爆裂弾を投げその暗殺を謀る。大隈は右足切断の重症を負うものの一命をとりとめ,来島は爆裂弾が爆発したのを見届けて自殺する。来島は暗殺決行の直前,杉山茂丸に自殺の方法を訊ねていたという。
 この墓は当初,勝海舟が建立したものを,のちに頭山満が建て直したもの。墓碑銘は頭山の筆による。

2011/05/18

ウォルトン/交響曲第1番変ロ短調@エイドリアン・ボールト/ロンドン・フィル(ファーストハンド:FHR06)

 1956年8月の録音。元はニクサ(Nixa)というUKのレーベルに録音されたもの。
 個人的には,ウォルトンの交響曲第1番は20世紀の産んだ最高の交響曲作品のひとつだと信じて疑わない(^^;)。生き生きとしてはいるが焦燥感のあるリズム,どうしても明るくなれない不安を帯びた旋律,バーバリズムと隣り合わせの前進力,そして乾いた情念とが見事に表現されている作品である。

 ボールトの演奏は例によってノーブルなものだが,ウォルトンの音楽と相性がいいのか,音楽の持つ推進力を的確に表現して過不足がない。この録音時,ボールトはまだ70歳になる前で指揮者としてはアブラが乗り切っていたか。満足。

2011/05/17

W.A.モーツァルト/ピアノ協奏曲第23番

W.A.モーツァルト/ピアノ協奏曲第23番イ長調K.488@ロベール・カサドシュ&ジョージ・セル/コロンビア交響楽団(ソニークラシカル:SM3K 46 519)

 そろそろ,人間に戻る作業を始めるよ(^^;)。まずは音楽から。長い長い道のりになるかもしれないけれども。

 今日はフリッツ・ライナー/シカゴ交響楽団によるマーラーの「大地の歌」(BMG)を取り上げるつもりが,風呂に入ってるときに連想が右から左へ流れていって,気がついたらどういうわけだかカサドシュとセルのモーツァルトになっていたという。僕にとってモーツァルトは昔も今も変わらず,どうにも扱いにくい音楽なのに。

 この演奏は1969年11月の録音。
 CD(10,21,22,23,24,26,27を収録)を入手したのは恐らく10年以上前のことだが,その頃の印象は「オケはモーツァルトらしいけどピアノはいま一つ」だった(^^;)。で,いま聴いても,その印象は大きく変わらない。オケの醸しだす透明感や清潔感にピアノが追いついてないように聴こえる。それ故,このCDはカサドシュではなく,セルを聴くものとして存在価値があるのではないかという考えは,最初に聴いて以来現在まで変わらない。

 ちなみにこの演奏と逆なのがルービンシュタインのこの曲の録音(BMG)で,ピアノは素晴らしくモーツァルトらしいのに,アルフレッド・ウォーレンスタインの指揮するオケがモーツァルトもへったくれもなく,ひたすらがなりたてているという体のもの。あのウォーレンスタインはひどかった(^^;)。

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