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2010年7月18日 - 2010年7月24日の記事

2010/07/24

問題意識のズレ

 ともんけんウィークリー: みんなの図書館2010年8月号が出ました
 http://tomonken-weekly.seesaa.net/article/156319144.html

 まずは「みんなの図書館」400号到達,おめでとうございますm(_ _)m 僕が「みんなの図書館」読むようになって20年ほどたちますが,西村彩枝子さんの「『みんなの図書館』のあゆみ」を読んで「いろいろなことがありましたね」と回想できる程度には年齢を重ねたものであるよ,と柄にもなく感慨にふけってみたり(^^;)。取り敢えず,ここでは過去の個人的なことは蒸し返しません(^^;)。

 今号に掲載された「メッセージ」はそれぞれの立場から書かれていて,正直「僕が書いたのか?」と思わせるような文章から,図書館問題研究会の主張に同調し補強するものまで様々でしたが,このやり方は何となく日本共産党が以前出していた(いまでもあるのかな?),「日本共産党に期待します」というフレーズの下に著名人の顔写真を何人か並べる広告を思い出させるものがあります。図問研の主義主張あるいは行動様式とは相容れないであろう,図問研のイデオローグには苦々しいメッセージを掲載したことそのこと自体を「英断」だと捉え額縁に入れて並べてしまい,図問研会員が「次,行ってみよう」となってしまったのでは,何の意味もなくなってしまうわけです。そもそもイデオローグたちは,今回の特集に(西村さんの歴史ネタを除けば)文章が掲載されなかったことが,この国における「図書館」という概念や運動において,どのような意味を持ちうるのか,自省を込めて「みんなの図書館」を味読していただきたい。そしてこのメッセージを,図問研会員,就中イデオローグたちが自分たちの主張に同調するものだけを崇めて他のメッセージは顧みないのであれば,図問研はますます「閉鎖的」(8月号p.22)との謗りを免れることはできますまい。「これから」を考えればメッセージに,特に苦々しいメッセージに賛否両論の立場から,一般の会員がイデオローグを越えて,「みんなの図書館」誌上でも実際の業務上においても,誰にでも「見える」形で応えていくことが必要でしょう。

 イデオローグたちに苦言を呈しましたが,やはりその問題意識のズレはいささか深刻なのではないか,という危惧が,中沢孝之現委員長の「『みんなの図書館』400号に寄せて」からも垣間見えます。例えば,先程引いた「閉鎖的」と図問研が見られる理由について中沢さんは


「確かにPRも下手,威勢のいいアピールを出す,大会でケンカ寸前の熱い議論を交わすなど,初めて見た人には刺激が強すぎて引いてしまうかもしれない。」(8月号p.22)
と書かれていますが,僕の見るところ図問研が「閉鎖的」と言われる主原因はそのような「現象」ではないです(^^;)。それらの現象は,少なくとも全国大会に参加しなければ見ることができませんから,そもそも図問研を忌避している人には見られようもないものです。むしろ,そのようなところに理由を見たくなる問題意識のズレに,図問研の会員が増えない原因の一端があると考えたほうがいいでしょう。図問研が閉鎖的と見られ対話が成り立たないのは,図問研の個々の構成員に魅力がないからではないことは,何にせよ,いくら強調しても,しすぎるということはありませんから(^^;)。

 「図書館」がこの社会で存立し続けるための命綱は,アイザイア・バーリンが唱えた,対話と妥協に基づく「多元主義」です。多元主義を成立させる土壌には,自らが拠って立つ原理原則のみならず,他者の原理原則に対する一定の敬意を持ち続けるだけの,対話と妥協の無限の連続に耐えうるだけの知性と教養が必要になりますが,果たして現在の図問研にそれが醸成できる土台がありますか。
 多元主義において,異なる原理原則を奉じるAとBが本来両立しえないところを破綻なく両立しうるのは,言葉による対話を通じて,互いの言葉の意味の重なる箇所と重ならない箇所をを丹念にすり合わせ,妥協点を見出す作業を寛容を持って根気よく続けているからですが,図問研は丹念かつ寛容な「対話」を求めていますか。「大きな声」(もはや業界内での多数派ということすら意味してない)が勝つようなディベートのみが内部で繰り返されてはいませんか。
 対話による意味をすり合わせる作業を怠っているとき,いかなる意味においても「多元主義」は成立せず,強制的同一化(Gleichshaltung)への道が拓けます。図書館を存立させている命綱も危うくなります。そのはずなのに,「気分」の問題にすり替えて「他者」がいることさえ認めようとしない(8月号p.24-25)というのは,多元主義が成立する土壌を自ら破壊するような行為です。結局は自らの首を締めることになるわけですが,なぜそれが当事者に理解できないのでしょうか。

 斯様な,自らの原理原則だけが「原理原則」であるところからもたらされた問題意識のズレが,図問研はもとより,この国の「図書館」の存立を危うくしているのです。ズレを修正し,「図書館」の存立に必要な多元主義を持続させるのはディベートではなく「対話」の継続だと考えるのです。
 願わくは中沢さんが,これからも対話の意思を持ち続けていただくことが可能な図問研でありますように。機会がありましたら,僕が一献差し上げますので是非お声をかけてください(^o^)/

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