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2010年6月20日 - 2010年6月26日の記事

2010/06/26

インテルメッツォ

ブラームス/間奏曲集@グレン・グールド(SONY BMG:8697147602)

 1960年9月と11月の録音。
 LP時代のカップリングの再現というグールドのCDシリーズから。ブラームスの作品76,117,118,119から各々間奏曲ばかり取り出して弾いているという,如何にもグールドらしい1枚。
 なんか,もっと陰々滅々とした雰囲気の1枚を想像していたのだが,ブラームスの老成はよく表現されているものの,思った以上に生命力を感じる(^^;)。春先の,まだ雪が残る地面にひょこっと顔を出したふきのとうのような生命力。思い起こせば,この録音時グールドは30歳にもなっていなかった・・・・・・。

2010/06/24

情緒纏綿

チャイコフスキー/交響曲第6番ロ短調作品74「悲愴」@ヴィレム・メンゲルベルク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管絃楽団(テルデック:WPCS-4327/4330)

 1941年4月22日の録音。
 日本発のマニアックな(^^;)4枚組に収録されている1941年録音のメンゲルベルクの「悲愴」。1937年録音に比べて音がよくなっており,1937年録音では聴き取りにくかった楽器もこちらではあれこれ聴こえてくる。
 メンゲルベルクの演奏は1937年盤と基本的に同じ。鍛え上げられた練達のアンサンブルをメンゲルベルクが様式美にまで昇華した表現で自在にドライブし,情緒纏綿たる絃のポルタメントとテンポの自在な揺れが「悲愴」の,チャイコフスキーの過剰な身振りを見事に表現している。終楽章の演奏時間が1937年盤より約1分伸びたおかげで,1937年盤では「不満が残る」と評価された終楽章がいよいよこれでもか,と言わんばかりの情緒の洪水になっている。

2010/06/20

勢いをとる

ベートーヴェン/交響曲第5番ハ短調作品67@セルゲ・クーセヴィツキー/ロンドン・フィル(IMG:5 75118 2)

 1934年9月3日,4日の録音。
 アンサンブルの精度より勢いをとった演奏。当時の手兵だったボストン交響楽団ではなく,ロンドン・フィルを起用しての録音,ということもあるのだろう。もっとも,クーセヴィツキー(1874-1951)の他の録音を聴いても,アンサンブルに気をつけるタイプの指揮者ではないようだが(^^;)。終楽章の冒頭,テンポを落として荘重に第1主題を始め,それが少しずつガッ,ガッとテンポが上がっていくやり方が,さらにコーダで繰り返されるのが芝居がかってて面白い。

市民が参画するNPO,公共図書館を経営する

公民館と図書館を市民と協働で運営へ、運営母体の設立支援も/藤沢市:ローカルニュース : ニュース : カナロコ -- 神奈川新聞社
http://news.kanaloco.jp/localnews/article/1006160010/

 この見出し通りの「協働で運営」が実現すれば,なかなか意欲的な試みだし,是非そこまで実現して実績を上げて欲しいところだが,業界の風当たりも強いだろうなあ,と想像する(^^;)。理想は掲げたものの,単なる人件費の削減で終わってしまうかどうかが試金石,か。それと,NPOと自治体の役割分担として「市は図書館行政にかかわる基本計画の策定・進行管理、コンピューターシステムの維持管理などを担当し、NPOとの役割分担を明確にする。」と記事にはあるが,果たしてどこまで明快な線引きが可能なのか,注視していきたいところ。

 もちろん,これまでの経緯から斯様な事例を批判することが生命線となっている団体・個人はむしろ批判すべきで,いたづらに空気を読まれて日和見されても仕方がないし,その批判をぶち上げること事態がそのような団体・個人の存在価値でもあるわけだし,「批判には意味がない」ではなく,それらの団体・個人が拠って立つ「公共図書館」観の腑分けこそ,これからの僕らにとっては重要な営みとなってくるはず。それ故,それらの団体・個人は是非MLのような内々(^^;)で,仲間内にしか通用しない符牒のような言葉で批判するのではなく,天下の公器たる雑誌を使って堂々と批判する論陣を張って欲しい。これまでのような「ためにする批判」「身内褒め」「予め予定された結論」ではなく,きちんとした意味を持った言葉の応酬が,これからの図書館業界には必要なのだ。

 その意味で特に注目しているのは「三角点」改め「談論風発」に立て籠る,パターナリズムを旨とする貸出至上主義者,またその流れを汲む業界人による藤沢市批判がきちんとした形で出るかどうか,である。それはもちろん,出しっぱなしに終わらせるのではなく,「天下の公器」らしく意味を持った言葉の応酬が継続的に掲載されなければならないが,果たしてその気概を現在の業界誌編集者が持っているかどうか。

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