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2010年7月の記事

2010/07/31

佐賀県武雄市長,市立図書館蔵書の電子化をぶちあげる


Twitter / 樋渡啓祐: 武雄市図書館の本を電子媒体化し、iPadなどに配信、 ...
http://twitter.com/hiwa1118/status/19914018941

 佐賀県武雄市の樋渡市長自ら,Twitterでぶちあげています。一言で言って「驚いた」(^^;)。自治体の長が音頭をとって,昨今流行りの「自炊」(個人的にはこの表現好きじゃありませんが,流行り言葉なので一応使います)を公共図書館でやってしまおうという作戦ですから。何がきっかけなのかわかりませんが,なかなかのものではないかと。恐らく,僕も含めて図書館プロパーは「壁」の高さを理解しているが故に,考えついても立案できない企画ですしね・・・・・・(sigh)。

 国立国会図書館の長尾真館長による,いわゆる「長尾構想」にすら苛立っている出版業界が,著作権法その他もろもろを盾に一悶着起こすのはほぼ確実と見ますが(著作隣接権が欲しくて貧すりゃ鈍する,こんなことを言っている御仁さえいる業界ですので),横槍に負けずに計画を推し進めて欲しいものです。「新刊本は対象外」との由ですが,受入から何年経てば電子化の対象になるのかなど,今後明らかになるであろう詳細が知りたいところ。

 日図協図問研は是非,武雄市長,武雄市図書館に取材して機関誌に記事を掲載して欲しい。

2010/07/24

問題意識のズレ

 ともんけんウィークリー: みんなの図書館2010年8月号が出ました
 http://tomonken-weekly.seesaa.net/article/156319144.html

 まずは「みんなの図書館」400号到達,おめでとうございますm(_ _)m 僕が「みんなの図書館」読むようになって20年ほどたちますが,西村彩枝子さんの「『みんなの図書館』のあゆみ」を読んで「いろいろなことがありましたね」と回想できる程度には年齢を重ねたものであるよ,と柄にもなく感慨にふけってみたり(^^;)。取り敢えず,ここでは過去の個人的なことは蒸し返しません(^^;)。

 今号に掲載された「メッセージ」はそれぞれの立場から書かれていて,正直「僕が書いたのか?」と思わせるような文章から,図書館問題研究会の主張に同調し補強するものまで様々でしたが,このやり方は何となく日本共産党が以前出していた(いまでもあるのかな?),「日本共産党に期待します」というフレーズの下に著名人の顔写真を何人か並べる広告を思い出させるものがあります。図問研の主義主張あるいは行動様式とは相容れないであろう,図問研のイデオローグには苦々しいメッセージを掲載したことそのこと自体を「英断」だと捉え額縁に入れて並べてしまい,図問研会員が「次,行ってみよう」となってしまったのでは,何の意味もなくなってしまうわけです。そもそもイデオローグたちは,今回の特集に(西村さんの歴史ネタを除けば)文章が掲載されなかったことが,この国における「図書館」という概念や運動において,どのような意味を持ちうるのか,自省を込めて「みんなの図書館」を味読していただきたい。そしてこのメッセージを,図問研会員,就中イデオローグたちが自分たちの主張に同調するものだけを崇めて他のメッセージは顧みないのであれば,図問研はますます「閉鎖的」(8月号p.22)との謗りを免れることはできますまい。「これから」を考えればメッセージに,特に苦々しいメッセージに賛否両論の立場から,一般の会員がイデオローグを越えて,「みんなの図書館」誌上でも実際の業務上においても,誰にでも「見える」形で応えていくことが必要でしょう。

 イデオローグたちに苦言を呈しましたが,やはりその問題意識のズレはいささか深刻なのではないか,という危惧が,中沢孝之現委員長の「『みんなの図書館』400号に寄せて」からも垣間見えます。例えば,先程引いた「閉鎖的」と図問研が見られる理由について中沢さんは


「確かにPRも下手,威勢のいいアピールを出す,大会でケンカ寸前の熱い議論を交わすなど,初めて見た人には刺激が強すぎて引いてしまうかもしれない。」(8月号p.22)
と書かれていますが,僕の見るところ図問研が「閉鎖的」と言われる主原因はそのような「現象」ではないです(^^;)。それらの現象は,少なくとも全国大会に参加しなければ見ることができませんから,そもそも図問研を忌避している人には見られようもないものです。むしろ,そのようなところに理由を見たくなる問題意識のズレに,図問研の会員が増えない原因の一端があると考えたほうがいいでしょう。図問研が閉鎖的と見られ対話が成り立たないのは,図問研の個々の構成員に魅力がないからではないことは,何にせよ,いくら強調しても,しすぎるということはありませんから(^^;)。

 「図書館」がこの社会で存立し続けるための命綱は,アイザイア・バーリンが唱えた,対話と妥協に基づく「多元主義」です。多元主義を成立させる土壌には,自らが拠って立つ原理原則のみならず,他者の原理原則に対する一定の敬意を持ち続けるだけの,対話と妥協の無限の連続に耐えうるだけの知性と教養が必要になりますが,果たして現在の図問研にそれが醸成できる土台がありますか。
 多元主義において,異なる原理原則を奉じるAとBが本来両立しえないところを破綻なく両立しうるのは,言葉による対話を通じて,互いの言葉の意味の重なる箇所と重ならない箇所をを丹念にすり合わせ,妥協点を見出す作業を寛容を持って根気よく続けているからですが,図問研は丹念かつ寛容な「対話」を求めていますか。「大きな声」(もはや業界内での多数派ということすら意味してない)が勝つようなディベートのみが内部で繰り返されてはいませんか。
 対話による意味をすり合わせる作業を怠っているとき,いかなる意味においても「多元主義」は成立せず,強制的同一化(Gleichshaltung)への道が拓けます。図書館を存立させている命綱も危うくなります。そのはずなのに,「気分」の問題にすり替えて「他者」がいることさえ認めようとしない(8月号p.24-25)というのは,多元主義が成立する土壌を自ら破壊するような行為です。結局は自らの首を締めることになるわけですが,なぜそれが当事者に理解できないのでしょうか。

 斯様な,自らの原理原則だけが「原理原則」であるところからもたらされた問題意識のズレが,図問研はもとより,この国の「図書館」の存立を危うくしているのです。ズレを修正し,「図書館」の存立に必要な多元主義を持続させるのはディベートではなく「対話」の継続だと考えるのです。
 願わくは中沢さんが,これからも対話の意思を持ち続けていただくことが可能な図問研でありますように。機会がありましたら,僕が一献差し上げますので是非お声をかけてください(^o^)/

2010/07/14

日本図書館協会が公共図書館以外の図書館業務を「図書館類似業務」と名付けたことを,私はいつでも思い出すことができます

糸賀雅児. 認定司書制度の開始について. 図書館雑誌. 2010.104(7). p423-426

 拝読しました。
 当方,現在の勤務先で23年余り司書業務を遂行しています。論文は5本ほど書きました。日本図書館協会には20年ほど前から会費を収めています。

 それでも,認定司書制度には応募できません(涙 というか,門前払いです。勤務先が公共図書館ではないという,ただそれだけの理由からです。どうやら,上記一文の筆者には公共図書館以外の図書館員が認定制度から排除されていることは「今後の課題」ですらないようですが,例え今後大学図書館員が認定制度の対象になったとしても,日本図書館協会が公共図書館以外の図書館業務を「図書館類似業務」と名付けたことを,私はいつでも思い出すことができます。

 ・・・・・・愛想が尽き果てました。

2010/07/06

「わかりやすさ」とは

ショスタコーヴィチ/交響曲第15番イ長調作品141@ベルナルド・ハイティンク/ロンドン・フィル(デッカ:444 430-2)

 1978年の録音。
 ということは,この録音はこの作品が初演されてから,わずか6年後の録音ということになるわけだ(初演は1972年1月)。初演から40年経過していない現代音楽で,これほど市民権を得ている交響曲もそうあるものではないな。
 ただまあ,見かけのわかりやすさに比べて,仕掛けのわかりにくさは並大抵の代物ではないわけだが(^^;)。そのあたり,「わかりやすさ」とはなんぞや,ということを考えるための格好の事例になっていると思うよ,ショスタコーヴィチの音楽は。

2010/07/04

玲瓏な

マーラー/交響曲第10番嬰ヘ長調(クック版)@クルト・ザンデルリンク/ベルリン交響楽団(ドイツ・シャルプラッテン:32TC-72)

 1979年11月29日,30日,12月13日から15日の録音。
 今日はあまりに暑いので,マーラーの録音でも涼しい方のこの録音を(^^;)。マーラーのオーケストレーションは基本的にシューベルトやブラームスの後継のような暖色系だと思うが,この録音は非常に厳しい寒色系の音色を出している。ザンデルリンクが盛大に打楽器を加筆しているが,その音色も玲瓏でどこまでも厳しく響く。
 解釈も誇張のない,音楽そのものを全面に押し出したつくりで,ザンデルリンクの録音でも白眉の出来であろう。

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