2016年4月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

コメント・トラックバックの取り扱いについて

  • コメント・トラックバックをお寄せいただき,ありがとうございます.blog主が確認ののち,公開されますのでしばらくの間,お待ちいただくことがありますがご了承ください.当blogに無関係な内容のコメント・トラックバックはblog主の判断で削除されるものもあります.

「貸出至上主義者」度チェックβ版

民間図書館らしい企画を生み続けた船橋北口図書館を助けて下さい!(岡直樹) - READYFOR?

ココログ


ほし2

« 2009年1月4日 - 2009年1月10日 | トップページ | 2009年1月18日 - 2009年1月24日 »

2009年1月11日 - 2009年1月17日の記事

2009/01/17

ベートーヴェン/交響曲第7番

ベートーヴェン/交響曲第7番イ長調作品92@フェレンツ・フリッチャイ/ベルリン・フィル(DG:POCG-3087)

 1957年9月の録音.
 この曲,クラシック音楽を取り上げて人気のマンガに登場したおかげで,あれよあれよと言う間にテレビCMにまで進出してしまった(^^;).ベートーヴェンどころか,交響曲史上でも屈指の名曲の割にはこれまで地味な扱われ方をしてきた作品なので,7番のファンとしては喜ぶべきことなんだろうなあ.

 フリッチャイのこの録音は,ところが7番でも実に重い.若い頃はもっと颯爽とした演奏をしていたのだろうが,これは晩年の録音である.リズムが重いわけではないのだが,テンポが巌のように重いのである.引きずってはいないが,がっちりとしたインテンポで音楽は進行する.結果,フリッチャイの晩年に比較されたというフルトヴェングラーよりは,むしろクレンペラーを連想させる芸風になっている.恐らく,リズムの快感をこの曲に期待した聴き手は裏切られることであろう.この,ぎっちり情報の詰まった芸風になじめるかどうかが,初心者から次の段階へ分け入る関門になりそうである(^^;).

2009/01/16

プロフェッショナルとしての基盤

 続き

 もう長々と書いても仕方がないので簡単に.
 個々の主題室がなければレファレンスが出来ないような図書館司書は,レファレンス・ライブラリアンとしてプロフェッショナルではない.レファレンス・ツールの種類と用法を広く心得ているのがレファレンス・ライブラリアンだとしたら,狭い分野の主題しか扱う必要がないところに必要なのは,司書ではなくその分野の専門家で充分だろう.その分野の専門家ではなく,プロフェッショナルとしての,レファレンス・ライブラリアンとしての図書館司書が必要なのは,図書館においては,どの分野の質問がどこに来るかわからないからではないのか?

 それとも,「図書館員の専門性」とやらを労働問題に回収したいのかな.それはもう,とっくに終わっている戦術であり,対抗言論だよ.この戦術を1980年代後半以降,主に「委託」問題で取り続けてきたがために,業界が無限の後退戦に陥り,しかも敗北が続きっぱなしであることを,もう少し自覚してもらわないと困る.何しろ,この期に及んでもなお,現場の人間が「非正規雇用者の待遇改善は非正規雇用者自らの手で」などと言っているようでは,労働問題としても遅れた問題意識であると思われても仕方があるまい.

 結局,「現状維持」という名のナルシシズムとフェティシズム以外に,プロフェッショナルとしての基盤はどこにあるのかな?

モーツァルト/レクィエム

モーツァルト/レクィエム ニ短調K.626@カルロ・マリア・ジュリーニ/フィルハーモニア管絃楽団(ソニークラシカル:SICC 266)

 1989年4月19日から21日の録音.
 作品については多言無用かと.演奏は晩年のジュリーニらしい,ゆっくりしたテンポのソフトフォーカスな雰囲気で美しく進行する.「怒りの日」でも結構細かく表情付けをしているのだが,それがケレンに聴こえず,むしろ神々しい感じさえしてしまうのが,この頃のジュリーニである.この演奏の前には,モーツァルトと「レクィエム」にまつわる世俗の話などすっかり後景に退いてしまい,ただただ浄化されたかのごとき音楽だけがそこにある.

 ここにたどりつくまでに,どれだけのことがあったのだろう.

2009/01/15

ブラームス/交響曲第3番

ブラームス/交響曲第4番ホ短調作品98@ルドルフ・ケンペ/ミュンヘン・フィル(アーツ:43014-2)

 1975年1月の録音.元々はピルツだったかプラッツだったか,ドイツの別のレーベルが録音したものだったと記憶する.
 来年が生誕100年になるケンペ(1910-1976)は,ライヴとスタジオでは案外,印象の違う指揮者で,同じ曲を同じ頃に振ったBBC交響楽団とのライヴ(BBC)では,火の玉になって突進するケンペの演奏が記録されているが,こちらのスタジオ録音はもう少しおとなしい.それでも,ブラームスには充分な程度に熱量(?)もあり,ミュンヘン・フィルがブラームスに相応しい中間色の音色を醸し出す好演に仕上がっている.

 しかし,ケンペといいヨゼフ・カイルベルトといい,カラヤンと同年代のドイツの指揮者が早くに世を去ったのは,僕のような聴き手には非常な損失であったことですよ.

2009/01/14

シューベルト/人生の嵐

シューベルト/ピアノ連弾のためのアレグロ イ短調「人生の嵐」D947@エフゲニー・キーシン&ジェイムズ・レヴァイン(ソニーBMG:LC 00316)

 2005年5月1日,カーネギーホールにおけるライヴ.
 15分を越える長大な単一楽章からなる作品.その生涯にピアノ連弾曲を山のように書いたシューベルトだが,この曲はこれひとつで単独の作品だったのか,複数の楽章からなる壮大な作品の一部だったのか,はたまた・・・・・・,というもので,「人生の嵐」という表題は出版の際,出版者が付けたものである由.この演奏は,さすがにメリハリを効かせた劇的な解釈で,聴き手を退屈させない.

2009/01/13

シューマン/交響曲第2番

シューマン/交響曲第2番ハ長調作品61@フィリップ・ヘレヴェッヘ/エリゼー宮管絃楽団(ハルモニア・ムンディ・フランス:HMC901555)

 1995年1月の録音.
 とにかく,シューマンの音楽はクルマに載せて聴く気にはならないので,こうして自宅で聴くのが一番(^^;).
 この巨大なピアノ・ソナタを無理無理オーケストレーションして交響曲に仕立てような作品は,しかしシューマンの天才的なアイデアをよく伝える音楽ではある.アクセントをキツメに付けていくヘレヴェッヘの解釈が,ピアノの打鍵を連想させ,却ってこの作品の勘所を浮かび上がらせる.クーベリックのように流麗に,やわらかなアクセントで演奏されると曖昧模糊とした雰囲気は出るかもしれないけど,この作品の場合急所が即ち魅力みたいなところがあるので,何が何だかよくわからなくなっちゃうのね.

 さて,そろそろ陣形を立て直さないと(^^;).

2009/01/12

ドヴォルジャーク/ヴァイオリン協奏曲

ドヴォルジャーク/ヴァイオリン協奏曲イ短調作品53@イツァーク・パールマン&ダニエル・バレンボイム/ロンドン・フィル(EMI:5 62595 2)

 1974年7月9日から11日の録音.
 パールマンは1945年の生まれだから,録音当時30歳に達してない.バレンボイムは1941年の生まれだから,30歳を少し過ぎたあたり.それにしては,ふたりともこの演奏の落ち着き払った身のこなしはどういうものなんだか(^^;).とにかく「モノが違う」と評するしかない,堂々たる押し出しである.ボヘミア臭がどうこう,などと言ってもはじまらない.音楽としては非の打ち所が無いのではないかしらん?

2009/01/11

ワンストップサービス

 東京見聞録:都立中央図書館 新装開館に未来の姿を探る /東京 - 毎日jp(毎日新聞)

この記事へのはてなブックマーク


意味不明なので,どなたか乞解説>>“ワンストップサービスを巡っては、図書館関係者に「司書が培ってきた経験の蓄積や専門性が崩れかねない」との懸念の声が上がっている。”
とコメントを付けたところ,幾人かの方からこもごもご教示を頂きました.多謝m(_ _)m

毎日の記事中で,僕が引用した箇所の下敷きになっていると考えられる,nekokeiさんご教示の【東京の図書館をもっとよくする会: 「都立図書館改革の具体的方策」に関連して、都立図書館の充実を求める「陳情」を提出】における当該箇所の主張は


ワンストップサービスは、特定分野ごとのレファレンス体制をやめて、 一箇所で全分野に渡るレファレンスに対応しようというものです。都立中央図書館の蔵書は300万冊で、 この膨大な資料を使ってレファレンスを行います。一般参考係が窓口となり、 一般参考係で対応できないレファレンスについて4つの主題室が対応しています。ワンストップサービスにすれば、現在、 各主題室で行っている高度なレファレンスサービスがなくなるので、都民サービスは低下します。従来どおり司書職員を配置して、 レファレンス・サービスはじめ利用者のサポートを維持・充実すべきです。
となっているわけです.

 うーん,やっぱりどこか釈然としない,というか,論理がつながってないような気がするのは,自分が大規模公共図書館に勤務した経験が無いからなのか(勤務先は20年このかた4人で廻してる大学図書館です),それともこのあたりに「既得権益護持」の臭い(^^;)を嗅ぎつけてしまうからなのか,いまひとつよくわかりませんが,自分の目が私心で曇ってないとすれば,一箇所で出来ないことが分散配置をすれば出来るようになる(一箇所でやるようになるとサービスが低下する),というところの論理はやっぱりよくわからないところです.

 今しばらく,考えてみることにしましょう.

« 2009年1月4日 - 2009年1月10日 | トップページ | 2009年1月18日 - 2009年1月24日 »

平成23(2011)年東北地方太平洋沖地震

UNIQLOCK

ついった

フォト

「愚智提衡而立治之至也」のはてなブックマーク注目エントリー

「愚智提衡而立治之至也」のはてなブックマーク人気エントリー

あわせて読みたい

  • あわせて読みたい

只今積読中

はてなハイク

  • はてなハイク

MyMiniCity

ココログ図書館ネタ