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ココログ


ほし2

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2009年10月の記事

2009/10/31

マーラー/大地の歌

マーラー/交響曲「大地の歌」(ピアノ伴奏版)@ブリギッテ・ファスベンダー,トマス・モーザー&シプリアン・カツァリス(テルデック:WPCS-10389)

 1989年9月の録音.
 オケ版と並行して作られたらしい,ピアノ伴奏による「大地の歌」である.マゼールなどはこの作品を「歌曲集」と切り捨てているようだが,なかなか一筋縄ではいかない成立過程を経て,作曲者自身が「交響曲」と銘打っているのだから,何はともあれ,そのことは尊重しなければなりますまいて(^^;).
 それはさておき,それほどピアノの書式に精通しているわけでもない僕でも,ピアノで弾かれる際の効果を狙ったと思われる箇所を聴くことのできるこのピアノ版,技巧に余裕のあるカツァリスのピアノが,交響曲としてのスケール感を醸し出していると思う.

2009/10/30

マーラー/交響曲第2番

マーラー/交響曲第2番ハ短調@ラファエル・クーベリック/バイエルン放送交響楽団(DG:463 740-2)

 1969年2月と3月の録音.
 いま聴くと,思ったほど振幅の激しい演奏ではなく,むしろ古典的とも言えそうなかっちりした造型で堂々と打ち立てられた伽藍,という印象.あざとい演出とかないから,最近の録音でマーラーを知った聴き手には物足りないかもしれないが,マーラーの原風景の一端をクーベリックの録音に聴けるだけの耳があるひとには,充分な感激が得られるでしょう.

2009/10/28

ベートーヴェン/ラズモフスキー第1番

ベートーヴェン/絃楽四重奏曲第7番ヘ長調作品59の1@カペー絃楽四重奏団(EMI:TOCE-6169/6174)

 1927年の録音.
 春風駘蕩,実にゆったりした時間が流れる演奏.もちろん,ベートーヴェンに必要な緊張感は確保されているが,それにも増しておおらかな雰囲気が全体を包んでいる.両大戦間のある一時の空気を今に伝える,貴重な遺産のひとつということになるだろうか.カペー四重奏団の演奏には,何となく「会議は踊る」のような映画を連想させるところがある.

2009/10/27

チャイコフスキー/胡桃割り人形

チャイコフスキー/バレエ音楽「胡桃割り人形」作品71@ヴァレリー・ゲルギエフ/キーロフ管絃楽団(フィリップス:462 114-2)

 1998年8月の録音.81分強をCD1枚に収めたお得盤.
 クリスマスでもないのに「胡桃割り人形」なのは,たまたまバレエを見る機会があったから(^^;).ただその音楽は生オケではなくスピーカーから聴こえる録音で代用されていたため,音が悪くて高音部や木管が聴きづらく立ち往生したというorz そこで口直しも兼ねてこれを聴いているのだが,しかし「胡桃割り人形」にせよ「眠れぬ森の美女」にせよ,音楽だけではどうにもつまらないな.踊りを伴った視覚効果があっての音楽である(「眠れる森の美女」は特にそう.2枚組や3枚組のCDを聴きとおすのは骨だ).チャイコフスキー自身が編んだ組曲作品71aは,そこを作曲者自身が弁えていたのか,聴き応えのある曲を上手にピックアップし,並べ替えているのがさすがである.

2009/10/26

シューベルト/交響曲第1番

シューベルト/交響曲ニ長調D82(第1番)@ホルスト・シュタイン/バンベルク交響楽団(BMG:BVCC-38192/38195)

 1986年6月30日-7月2日の録音.
 スター性にかけていたため,録音にあまり恵まれなかった名指揮者ホルスト・シュタイン(1928-2008)の残した,誠実そのもののシューベルト全集から.シュタインの指揮がどちらかと言うとベートーヴェンに相応しいタイプで,剛毅な音楽が現実的と言うのか,いささか浪漫に欠けるのが惜しいところ.

2009/10/25

チャイコフスキー/悲愴

チャイコフスキー/交響曲第6番ロ短調作品74「悲愴」@ジョン・バルビローリ/ハレ管絃楽団(HMV:5 73077 2)

 1958年頃の録音.パイ(Pye)原盤.
 意外に速めのテンポで,それでも歌い上げるところは情感たっぷり,というチャイコフスキー.アンサンブルに若干ゆるみはあるが,音楽を聴くのに気になるほどではない(同時期のドヴォルジャークの第8番などひどいものである).絃の音がバルビローリは実にいい.

2009/10/24

ブルックナー/交響曲第9番

ブルックナー/交響曲第9番ニ短調@ジュゼッペ・シノーポリ/シュターツカペレ・ドレスデン(DG:POCG-10169)

 1997年3月の録音.
 ブルックナーは好きな作曲家だし,第9番は最初に聴いたブルックナーの交響曲だし,シノーポリは好きな指揮者なのだが・・・・・・.この組み合わせが,これほど気持ち悪いとは(^^;).ドレスデンなのに,どういうわけだかブルックナーの音が聴こえてこないし,聴こえてくる音に厚みがさっぱり感じられないし.作曲家と指揮者の相性と言うよりも,どうもシノーポリは深遠なる大作曲家に御用はなかったようで,ひたすら美しい音を奏でるための筐体か何かだとしか思ってないんじゃないのか,と思わざるを得ない.第1楽章の第2主題が本当に気持ち悪いほど美しく奏でられているのが,何ともねえ(sigh).

 そういえば,アバドのブルックナー(DG)も輝かしいけど対位法なんか糞食らえと思ってるんじゃないかと思えるくらい,音が寝ているブルックナーだったなあ,などと.

2009/10/23

報告用のメモを公開しますよ

 10月23日に某所でパスファインダーに関する報告をやりました.そのためのメモを,後日自分でもwebで活用したいので,blogに起こしておきますね.

 ・・・・・・(前略).
 さて,今日は「Web上での展開に適したパスファインダーの作成と,その効果」という題目でお話をさせていただきます.作成については別途書いた論文がありまして,今日配布しましたレジュメにも「参考文献」として載せておきましたが,詳しくはそちらを見ていただくことにして,本日はその梗概をお話します.

 まず「パスファインダー」について,最初に説明します.パスファインダーという言葉をご存知の方,どれだけいらっしゃるでしょうか? 挙手願います・・・・・・.(中略).

続きを読む "報告用のメモを公開しますよ" »

2009/10/22

ブラームス/交響曲第4番

ブラームス/交響曲第4番ホ短調作品98@ギュンター・ヴァント/北ドイツ放送交響楽団(BMG:B18D-30071/30073)

 1985年の録音.
 ベルリン・フィルとの全集が出たおかげで影が薄くなっているような,北ドイツ放送響とのブラームスだが,大股で剛直に歩む峻厳な演奏である.この4番も,速めのテンポでキリリと締まったアンサンブルを聴かせる.音色もブラームスに相応しい派手さの無い音.

2009/10/21

マーラー/交響曲第6番

マーラー/交響曲第6番イ短調@若杉弘/東京都交響楽団(フォンテック:FOCD9022/9023)

 1989年1月26日,サントリーホールでのライヴ録音.
 えーと,決して悪い演奏ではないのだが,正直,都響が非力で指揮者の目指していることの3分の1程度しか実現していないような演奏に聴こえる.若杉は一流の合奏力に欠けるオケを引っ張り上げようと奮闘しているし,オケも精一杯こたえているのだが.残念だ.

2009/10/20

シューベルト/交響曲第9番

シューベルト/交響曲ハ長調D944(第9番)@ヴィルヘルム・フルトヴェングラー/ベルリン・フィル(DG:447 439-2)

 1951年11月と12月の録音.
 LP(MG6007)からの付き合いだから,最初に聴いたのはかれこれ30年ほど前のことか.何しろ豪壮雄大,雄弁なシューベルトである.第1楽章の途中に出て来るトロンボーンのパッセージが実に印象的で(最後の音を楽譜に書いてある音符よりも伸ばして吹いている),そこから音楽がアッチェレランドして燃え上がっていく様が,何ともいえない高揚感を漂わせる.第2楽章は当時の指揮者には珍しく(?)17分余りもかけ,厳しい表情づけながらも情感たっぷりに盛り上げていく.説得力十分のスケルツォのあとに,快速で豪快に天翔る終楽章.月並みな感想だが「さすが!」と呻るしかない,稀代の名演である.

2009/10/19

ブルックナー/交響曲第5番

ブルックナー/交響曲第5番変ロ長調@ルドルフ・ケンペ/ミュンヘン・フィル(アカンタ・ピルツ:44 2188-2)

 1975年5月25日-27日の録音.
 世評に高い録音.20代の頃に一度,徳間(?)が出した2枚組のCDを入手して聴いていたが,あまりよくわからず.30過ぎてからこのCD(4番との2枚組)を手に入れて時々聴いていたが,やっぱりわからず.このところまったく聴いていなかったものを,今日は久し振りに聴いているが,ようやくわかりかけてきたかもしれぬ(^^;).そうなると,これまで何がわからなかったのかが,わからなくなるのが不思議といえば不思議.

2009/10/18

ラフマニノフ/前奏曲作品3の2

ラフマニノフ/前奏曲嬰ハ短調作品3の2@ヴラディミール・アシュケナージ(デッカ:443 841-2)

 1974年-75年の録音.
 ラフマニノフの「鐘」と言うから,最初は合唱交響曲作品35(エドガー・アラン・ポーのテキストのロシア語訳による)のことかと思った僕は,やっぱりクラヲタですかそうですか(^^;).

 ラフマニノフも前奏曲を24曲作曲したが,ショパンのように24曲をひと組にしたわけではなく,作品3の2,作品23の10曲,作品32の13曲で計24曲という按配.最初に書いたこの曲が最も知られているようで,ラフマニノフの作品中でも1,2を争う有名作品であるらしい.いかにもラフマニノフらしい,狭い音階の中でメロディラインが成立し,分厚い和声がわんわん鳴らされる,という音楽である.
 ともすると蒸留水のような音楽をやりがちなアシュケナージが,この録音ではここぞとばかりゴンゴン弾き鳴らしている(^^;).

2009/10/16

ベートーヴェン/交響曲第3番

ベートーヴェン/交響曲第3番変ホ長調作品55「英雄」@ハンス・クナッパーツブッシュ/ベルリン・フィル(プライザー:90976)

 1943年の録音.エレクトローラ原盤.
 50代半ばの精力的なクナによる,威風堂々あたりを睥睨しながら大股で進む「エロイカ」である.一貫して厳しい表情で進行するが,第2楽章が圧巻.

2009/10/15

W.A.モーツァルト/ジュピター

W.A.モーツァルト/交響曲ハ長調K.551(第41番)@リヒャルト・シュトラウス/ベルリン国立歌劇場管絃楽団(DG:431 874-2)

 1926年の録音.最初期の電気録音(マイクロフォン)である.
 リヒャルト・シュトラウス(1864-1949)は作曲家としてのみならず,指揮者としても一家を成しベルリンやヴィーンの歌劇場で活動している.残されている録音では,感情の動きを抑制した飾り気のない新古典主義風な,言いたいことは音楽が自分で語ってくれるよ,と言わんばかりの芸風である.何しろ,ある演奏会ではベートーヴェンの「第9」をきっかり45分で振り切ってしまったという逸話があるらしい.ただし,テンポのギアは割と頻繁に切り替えられており,「ジュピター」の第1楽章でも第2主題が出るとテンポが目に見えて落ちる.終楽章でもテンポの切り替えが無造作なくらい飾り気なく行われているのが,却って今の耳には可笑しく聴こえる(^^;).

2009/10/14

ベートーヴェン/交響曲第5番

ベートーヴェン/交響曲第5番ハ短調作品67@アルトゥール・ニキシュ/ベルリン・フィル(DG:POCG-2126)

 1913年の録音.マイクロフォンでの録音(電気録音)ではない,アコースティック録音(いわゆる「ラッパ吹き込み」)での,最初の名指揮者とオーケストラによる交響曲全曲録音である.特殊な楽器を用いたり,オケの配置を考えたりして臨んだ録音だったそうだが,今ではとてもフツーの聴取に耐えるものではない(^^;).とにかく,情けない音しか聴こえてこない.音色とニュアンスについては想像するしかないが,テンポと解釈は取り敢えずわかる,という程度.
 全体はスタイリッシュだったというニキシュに相応しい引き締まった,速いテンポで進行する.特に第1楽章では自在なアゴーギクが聴かれるが,これは同時代のピアニストによるベートーヴェンの録音からも聴こえてくる,時代の様式のようなものであるか.

2009/10/13

ニールセン/交響曲第1番

ニールセン/交響曲第1番ト短調作品7@エサ・ペッカ・サロネン/スウェーデン放送交響楽団(ソニークラシカル:88697 58423 2)

 1987年の録音.
 6枚組,紙ジャケットのボックス仕様で出たCDだけど,ジャケットに使われているサロネンの写真が6枚とも,何とも美青年で(^^;),なるほど当初はこーゆう売りだったのねと感心する.ニールセンの交響曲という硬派な音楽を売るにはこうするしかなかった,というわけでもあるまいが.
 第1番は初期の作品だが,なかなか個性的.既に音はニールセンの響きが横溢している.また,伝統的な4楽章制なのに何度聴いてもテンポ感が不思議な音楽で,第1楽章にしても第3楽章にしても速度指示が「アレグロ」とは思えないゆったりした音楽が聴こえてくるのは,まるでブルックナーのような.普通に急速調に聴こえるのは終楽章だけである.
 サロネンの指揮は,取り立てて何がどうこう,と評するほどの目新しさは無いが,音楽へのあたたかな共感が感じられ,丁寧な音楽づくりが光る.

2009/10/12

ショパン/ピアノ協奏曲第1番

ショパン/ピアノ協奏曲第1番ホ短調作品11@ラン・ラン&ズビン・メータ/ヴィーン・フィル(DG:477 7449)

 2008年6月21日のライヴ録音.
 ラン・ラン(1982-)は中国生まれのピアニストで,ゲイリー・グラフマンやダニエル・バレンボイムに師事した由.2008年の北京オリンピックの開会式でピアノを弾いていたのがラン・ランである,と紹介した方が通りがいいかもしれない.正確無比のテクニックと繊細な表現力を持つ,と評される.
 この第1番は,第1楽章が素晴らしい.既に大家となったメータ(1935-)と互角に渡り合い,情熱的なパッセージでは圧倒しかねない勢いである.静謐な箇所では,停まりそうなテンポでじっくりと美しく弾きこんでいる.が,それが終楽章まで保たない(^^;).どういうわけだか,終楽章は指揮者もピアノもごく平凡な演奏に終始する.惜しいことである.

2009/10/11

「選書論」の消滅

 そういえば「選書論」の話を書きかけて放擲していたのでした(^^;).

 細かい説明は省略しますが,これまで主流だった「要求論」が貸出至上主義の牙城である日本図書館研究会読書調査研究グループにより極限まで推し進められた結果,もたらされたものが片やTRCによる「新刊急行ベル」であり,此方図書館利用者による「選書ツアー」です.面白いことに貸出至上主義を奉じる面々が,ほとんど皆と言っていいくらい,両者を蛇蝎の如く嫌っているわけで(選書ツアーについては,例えばこちら),こーゆうところに貸出至上主義のお役人的なパターナリズムを見る思いがするのですが,それはさておき(このあたり,興味がある方は『図書館は本をどう選ぶか』[安井一徳著,勁草書房]を読んでくださいませ.僕が下手なまとめを書くより面白いはず).

 遠からず,「選書論」という枠組みはその有効性を失ってしまうだろう,と僕は考えてまして.それは上に挙げたような「新刊急行ベル」や「選書ツアー」を真っ当に評価できない(文字通り「現場」において広く行き渡ってきた仕組みを,自称「現場」な人々が酷評する不思議)業界の硬直ぶりもさることながら,図書館資料と図書館経営という2つの議論の枠組みの「これから」を考えていけば,自ずと浮かび上がってくる視点ではなかろうかと思うのですが如何?

 こんなことは僕が指摘するまでもないことですが,今や「図書館資料」は本のみに非ず,視聴覚資料はもとよりweb資料まで,その扱う範囲は日図研読書調査研究グループによる選書「理論」が猖獗を極めた1980年代後半から1990年代前半まで(その頂点に伊藤昭治による浦安市立図書館の収書方針批判が来ます)と比較しても,図書館資料として扱うべき形式は多岐に渡るようになっています.僕はどこかに「マーラーの交響曲第7番のCDを,貸出至上主義のモデルによって1枚,選べるものなら選んでみろ」という意味のことを書きましたが,これは未だに誰によっても解決されてませんね(^^;).また一時期,web資料は図書館資料か否かという議論があり,「図書館資料ではない」ということで図書館法第17条の枠外に置かれそうになったことがあるかと記憶してますが(この件は解決したのでしたっけ?),本や雑誌などの紙媒体の資料以外の,ある種の資料が図書館資料ではない,とされることにより密かに快哉を叫んだ貸出至上主義者がいなかったかどうか(^^;).

 ついでに言えば,最近Amazonがその電子ブックリーダーKindleを日本でも発売するというニュースが報じられたところですが,近い将来電子ブックの普及が紙媒体の本を駆逐するような事態に陥れば,「貸出し」という図書館業務の拠り所が消滅するわけで,そうなると貸出至上主義とそれに依拠した「要求論」選書論というのはたちどころにその基盤を失うことになります.そうなったときに慌てても遅いんですよ,主義者諸賢.あなた方があなた方の大義に殉じて滅び去るのは勝手ですが,僕はあなた方の巻き添えを食うのは真っ平ゴメンです.ましてや「図書館」をあなた方の大義に殉じさせることなど,断じて許しはしませんよ(^^;).

 こう書いていて,話が矮小化してしまうのに我ながらうんざりしているのですが,むしろ図書館経営論の方なんですよね,選書論が枠組みの有効性を失う,という話の本筋は.つまり,本来は各図書館のミッション・ステートメントの類によって,各館の裁量で進められるべき選書という作業が,如何なるわけか図書館業界全体の総意に基づく「選書論」という形で思考の一元化が強力に推し進められようとした(『現代の図書選択理論』[論集図書館学の歩み:第9集,日外アソシエーツ,1989年初版]にその時代の空気が刻印されていますよ),そのこと自体がそもそも間違いだったんじゃないでしょうか? おまけにその方向性が貸出至上主義によって醸成されたものだったことが,図書館の大衆化という成果を挙げたものの,図書館において「貸出」という手段が「貸出し」として目的化されてしまうことにつながったのは,いろいろな意味で失策だったと思うのです.声の大きな人が勝つのは世の習い,とは言え.

 と言う訳で,図書館経営という枠組みにおいて,各図書館がミッション・ステートメントを成文化するのはもちろんのことですが,その過程で,例えばある一定の地区でミッションをすり合わせたりしながら,方策のひとつとして選書のあり方を考える,そのような作業の工程の一部として選書を捉えることが必要だと考えます.最初に「どの本を選ぶか/選ばないか」ありきの,これまでの「選書論」はもはや(縮小均衡を探らなければならない)現状にそぐわないものとなりつつあるのではないでしょうか.


 しかし,既に2006年の時点で「みんなの図書館」の選書論特集に「何で今更」と思っていた自分がいるのにビックリして,何年経っても業界も変わってないし私も変わってないのね(^^;),という感を強くしているところで(sigh).それはいくら何でも拙いだろう,と思うところ.

(2009年10月12日追記)
ともんけんウィークリー: 図書館司書の仕事ってなに?
まるで当方の記事へのカウンターのように出て来ましたが(^^;),ここで語られていることは僕に言わせれば「貸出至上主義の選書論のエッセンス」.図書館と愉快な仲間たち,で世界が完結している,幸福な時代の理想像ですが,現状はここでとどまっていられるほど気楽な商売ではありませぬ.今時,図書館のカウンターだけが最大かつ最良の情報収集の場であるはずがないですからね.
それに,これだけ多種多様な資源があるのに「本」しか見ていないというのも如何なものかと.


ベートーヴェン/交響曲第9番

ベートーヴェン/交響曲第9番ニ短調作品125@パーヴォ・ヤルヴィ/ドイツ・カンマーフィル(ソニーBMG:88697576062)

 2008年8月22-26日(第1楽章~第3楽章),12月20-22日(第4楽章)の録音.パーヴォ・ヤルヴィ/ドイツ・カンマーフィルのコンビによる交響曲全集の掉尾を飾る録音.最近の例に漏れず,ベーレンライター社の新原典版による.
 で,これまた最近の例に漏れず(^^;),「楽聖ベートーヴェン」などクスリにもしたくない,軽快かつ快速な「第9」である.流行りと言われればそれまでだし,またこれまでのパーヴォのベートーヴェンが同様であったのだから,今更重厚で量感たっぷりなベートーヴェンが期待できるはずもないわけだが.昔の古楽系に聴かれた,頭でっかちの「偶像破壊」風ではない,歌詞も聴き取れるくらい透明で軽快な21世紀のベートーヴェンなんだろうなあ,とは理解するものの,納得するものではないな.

2009/10/10

チャイコフスキー/ピアノ協奏曲第1番

チャイコフスキー/ピアノ協奏曲第1番変ロ短調作品23@ホルヘ・ボレット&シャルル・デュトワ/モントリオール交響楽団(ロンドン:POCL-9818)

 1987年5月の録音.
 録音当時,ボレット(1914-1990)は既に70歳を越えていたはずなのだが,年齢を感じさせないピアノである(^^;).安定したテクニックでじっくり弾き込んだ演奏.オケも付かず離れず,渡り合うというよりは寄り添っている,という風情のサポートが協奏曲を振るときのデュトワらしい.

2009/10/09

チャイコフスキー/交響曲第5番

チャイコフスキー/交響曲第5番ホ短調作品64@レオポルド・ストコフスキー/フィラデルフィア管絃楽団(TIM:203293-303)

 1934年12月11日の録音.
 映画「オーケストラの少女(One Hundred Men and a Girl)」(1937年)の冒頭を飾るのが,この交響曲の終楽章を振るストコフスキー(1882-1977).第二次大戦前は絶大な人気を誇った指揮者で,晩年に至るまで旺盛な実験精神と派手な私生活(^^;)で鳴らした.基本的には中庸を得たテンポ感覚と抜群の統率力で,どんな新作でも振ってのけた(あのアイヴズの交響曲第4番の初演者だ)が,古典に対してはいろいろと実験的なことをするひとで,アクセントの付け方や,声部の浮かび上がらせ方に,独特の嗅覚を持っていた.来日公演で振ったチャイコフスキーの交響曲第4番では,オケの配置を総とっかえしていて,コントラバスが全員山台の一番後ろにズラッと並んで演奏していたのを映像で見た記憶がある.

 さて,この第5番は白い炎が揺らめくような演奏で,一種独特の高揚感があるのだが,なんといっても終楽章の大胆なカットが凄まじい(^^;).第5番を何度か聴いたことのあるひとがこの録音を初めて聴いたら,終楽章のあちらこちらで迷ってしまうに違いない.ケンペンやロジンスキのカットとも箇所が違う.コーダの大フェルマータがバッサリ切られてしまっているのは,映画でもそうだったが,いったい何でまた(^^;)と,いつも思う.

2009/10/08

ブラームス/ピアノ協奏曲第2番

ブラームス/ピアノ協奏曲第2番変ロ長調作品83@ヴィルヘルム・バックハウス&カール・シューリヒト/ヴィーン・フィル(ロンドン:POCL-3341)

 1953年6月の録音.
 ブラームスの残した2曲のピアノ協奏曲はどちらもつまらなくて,長いこと聴いていなかった.このCDもかれこれ10年はプレーヤーにかけていない.しばらく振りでプレーヤーにかけて(現在のプレーヤーで聴くのは初めてだ),CDが聴ける状態にあることをまずは喜ぶ(^^;).
 そもそもこのCDは,シューリヒトがブラームスを振っているから購入したようなもの.冒頭のホルンの夢幻を誘う柔らかな響きからもう,最良のシューリヒトである.交響曲以上に柔と剛のバランスを上手く捌かなければならないこの作品において,素晴らしいバランスでオケをコントロールし,バックハウスをサポートしている.「獅子王」バックハウスがまた,柔な箇所でも十全の手さばきで音楽を奏でていく.細かいニュアンスが多少聴き取りにくいところはあるが,立派な演奏である.

 しかし,何でこんなに長いの,この曲は(^^;).

2009/10/07

ラフマニノフ/交響曲第2番

ラフマニノフ/交響曲第2番ホ短調作品27@パウル・クレツキ/スイス・ロマンド管絃楽団(デッカ:470 6752)

 1967年8月の録音.
 どちらかと言うと玄人好みの名指揮者クレツキの名演.以前にも一度,取り上げた記憶があるけど,この録音は掘り出し物です.この録音を聴いた後では,ゲルギエフの録音(フィリップス)など投げ捨てても惜しくないと思いますよ(^^;).表情付けのくっきりした,エネルギッシュで振幅の激しいドラマティックな演奏なので,「斜陽貴族の白昼夢」みたいなのを期待すると裏切られるかもしれませんが,これほど激しく畳み掛けるようなこの作品の演奏もあまりないのではないかしらん?

2009/10/06

ベートーヴェン/交響曲第7番

ベートーヴェン/交響曲第7番イ長調作品92@ポール・パレー/デトロイト交響楽団(マーキュリー/タワーレコード:PROA-287/288)

 1953年2月13日-20日の録音.
 これは何ともへんてこりんな印象を与える演奏で(^^;).音符を短めに切っていくためか,電子ピアノかエレクトーンで演奏したんじゃあるまいな,という疑いを覚えるほど.残響も余韻も乏しいベートーヴェンで,なるほどあのシューマンの演奏はこれだから成功したのか,とは思うが,ベートーヴェンにはちと向いてない.

マーラー/交響曲第6番

マーラー/交響曲第6番イ短調@ハンス・ツェンダー/ザールブリュッケン放送交響楽団(cpo:999 477-2)

 1973年4月4日-7日の録音.
 ツェンダー(1936-)の還暦記念でcpoからドッと出たCDの1枚だったんじゃなかったかしらん? ツェンダーは,1980年代にNHK-FMを聴いていたひとには現代音楽の解釈に秀でた指揮者としておなじみだった.僕はFMにて尹伊桑の作品をツェンダーの指揮で聞いた記憶がある.また自ら現代音楽の作曲家でもあるが,何でも仏教や日本文化に傾倒しているそうで,作品にはフルートと絃楽のための「5つの俳句」なんてのもある(聴いたことはない).

 で,この演奏はテンポが速めのあっさり系.第1楽章の繰り返しが省略されているのもあって,全体で70分弱という演奏時間でかけぬける.ドラマティックな雰囲気に欠けているわけでも無いが,「なんとなく悲劇的」な雰囲気の演奏じゃないかしらん?

2009/10/05

はじめより憂鬱なる時代に生きたりしかば然かも感ぜずといふ人のわれよりも若き

 先日,教え子が僕を訪ねて来ましたですよ.彼女はダメ講師(僕のこと)の教え子とは思えない優秀なひと.昨今の斯様な情勢下ですから,とある指定管理者だか委託だかの会社が入っている公共図書館にて,その業者の契約社員という立場で勤務しています.僕には時々「専門家としての意見」をお尋ねになります.大概の場合,webで語り尽くされてもなお,一定の同意が得られないような話題に関する質問なので,僕の回答も両論併記の中途半端なものになりがちなのですが,まあそれはさておき.

 彼女,何はともあれ「現在」図書館に勤務していることで何か得るところがあったと見えて,学生時代よりも生き生きしているし,実によくしゃべる(^^;).で,その中に現在新築中の某公共図書館の話が出て来てね.詳細は略しますが,その話を聞いていてちと思うところがありましたよ.

 もう彼女らの世代には,図書館の経営方式が直営も委託も指定管理者も関係ないんだなあ,と.30代以上の図書館勤務者なら持っていそうな指定管理や委託への屈託が全然,感じられないんですよ.僕でも,正規採用の道がほとんど準備してあげられないことへの忸怩たる思いは今も持ち続けているわけですが(雇用,というか労働問題として捉えたときに),最初から委託や指定管理への就職の道が正規採用よりも大きな道を通じている状況下では,そんな屈託を持つ必要が無いのでしょう.誤解を恐れずに言えば,僕などが考えているよりもたくましく,したたかにこの世界で生き延びようとしているんだなあ,と.

 たぶん,図問研や日図研に近しいヒトならば彼女のような行き方を見て,このエントリーのタイトルに掲げた土岐善麿の歌「はじめより憂鬱なる時代に生きたりしかば然かも感ぜずといふ人のわれよりも若き」を思い浮かべて憮然とした顔をするのかもしれません.権力に飼い慣らされた,とか,無知だお前が教えるべきだ,とかキツイお叱りを蒙りそうですが(^^;),それでは方々がこれまで主導してきた『市民の図書館』を正典とする貸出至上主義が,公共図書館における現在の惨状をもたらす原因の一端だという認識はお持ちなんでしょうか,と反問してみたいですの.

 呪詛はさておき.これからしばらくは『シュリンキング・ニッポン』よろしく縮小均衡を強いられる状況が続くわけで,その下でひとり図書館業界が膨張主義(予算増,人員増,常勤雇用等)を掲げて突っ張れる,と判断できるほうがどうかしていると思わざるを得ないですね.むしろ,これまで積み上げてきた成果(貸出至上主義がもたらした結果を「成果」と呼ぶのが相応しいかどうか,たぶんに疑問が残りますが)を梃子に,現下の縮小均衡な状況にてどこまで下がればいいのかわからない後退戦を,上手に軟着陸させるだけのしんがりを務めるにはどうすればいいのか,を現在業界団体で主たる長を勤めている団塊の世代あるいはポスト団塊の図書館業界人には考えてもらわないと,早晩業界自体が立ち行かなくなるのじゃないかと思うのです.

 「潰してしまえ!」と叫ぶのは簡単だし,僕もそう思っていた時期がありますが(^^;),現状では潰すために必要なエネルギーさえ乏しくなっている,荒涼とした風景の中で野垂れ死にするしかない状態なんじゃないかと>>業界団体.それだったら,憂鬱を新たな推進力を換えるためにも,したたかでたくましく生き延びようとしているひとたちの意見を取り入れるだけの度量が業界団体には求められているんじゃないでしょうか.


2009/10/04

シューベルト/交響曲D944

シューベルト/交響曲ハ長調(第9番)D944@オットー・クレンペラー/フィルハーモニア管絃楽団(EMI:7 63854 2)

 1960年11月の録音.
 不思議なことにこの演奏,どうにも居心地が悪い.全曲を聴き終わった後で,何やら巨大な謎を放り出されたような聴後感が残るのだ.全体はすこぶる充実した演奏で,第2楽章など超弩級の説得力を以って迫ってくるのに,何故か終楽章が聴き終わったあと「ああ,よかった」という感じにならない.終わったようで実は終わってない,そんな思いにかられる.それがどこから来るものなのか,この交響曲の奥は深い(sigh).

2009/10/03

ブルックナー/交響曲第5番

ブルックナー/交響曲第5番変ロ長調@スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ/ザールブリュッケン放送交響楽団(アルテ・ノヴァ:BVCC-6052)

 1996年5月31日-6月3日の録音.
 いったいスクロヴァチェフスキのブルックナーはある種の軽みが身上ではあるのだけど,さすがに第5番ではその軽みが裏目に出る.何しろ第5番はあるひと曰く「対位法の大伽藍」であるので,ミスターSのように,すべての声部に均等に意味を振り分けていくと,この曲はさっぱり面白くなくなってしまう(^^;).そこが大バッハとブルックナーの違うところで,バッハならすべての声部を均等に扱ったほうが効果があるわけだけど,ブルックナーはそうではないように聴こえる.

2009/10/02

ブラームス/交響曲第3番

ブラームス/交響曲第3番ヘ長調作品90@ディミトリ・ミトロプーロス/アムステルダム・コンセルトヘボウ管絃楽団(オルフェオ:C 458 971 B)

 1958年8月10日,ザルツブルク音楽祭でのライヴ録音.音はまあまあ.
 なんつーか,得も言えぬ妙味のある演奏である(^^;).第1楽章の小気味よいアゴーギグにはじまって,かなり細かい表情付けを指揮者が指示し,オケが何とかそれについていっているという雰囲気.ところどころでテンポが揺れ動き,一気呵成というわけに行かぬアンサンブルが軋む場面が少なくないが,とにもかくにもミトロプーロスの棒にオケが食らいついている(^^;).名演とは言えないまでも,一聴以上の価値はある.

2009/10/01

マーラー/交響曲第7番

マーラー/交響曲第7番ホ短調@ヘルマン・シェルヘン/ヴィーン国立歌劇場管絃楽団(MCA:MCD80082)

 1953年7月の録音.ウェストミンスター原盤.
 ライヴでは大胆なカットや通勤快速もびっくりなテンポも辞さないシェルヘンだが,スタジオ録音は楽器間のバランスに独特の味を利かせるものの,マーラーにおいては入念にオケをしごいたとみえて,アンサンブルの練り合わせも至極真っ当.あとはオケがシェルヘンの要求を満たせずに自損事故を起こす(^^;)のだが,マーラーでは事故もほとんど聴かれない.終楽章のテンポがオケの技量を考えたのか,安全第一に聴こえるのが,ちょっと可笑しい(^^;).

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