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2009/06/08

ショパン/英雄ポロネーズ

ショパン/ポロネーズ変イ長調作品53(第6番)@イグナーツ・ヤン・パデレフスキー(BMG:BVCC-5200)

 1937年1月30日の録音.
 パデレフスキー(1860-1941)最晩年の録音.正直,復刻された音はだんごでテクニックも怪しくなっているが(明らかに外した箇所や,どう聴いても弾きやすく弾き崩したとしか聴こえない箇所も)(^^;),それでも往年の轟音と途方もないスケールは健在のようで,地鳴りのようなアルペジオや轟くフォルテがそこかしこに埋め込まれていて,なかなか楽しい.最近の,清潔で端正な表情を身上とするピアニストからは聴くことの出来ない「味」である.

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コメント

こんばんは。偉大なピアニストが晩年に、弾き崩したテクニック的に問題のある録音をするのを、私は個人的には許せずにいるのです。やはり、音楽性というのはテクニックと表現力が一体となったものと私は考えるからです。

なんというか、ミスタッチとか和音の違いが気になって表現力の素晴らしさを味わうことができなくなってしまうのです。
引き際ってあるような気がします。

>> rieron さん

僕の好きな,というより判断の規範になってるピアニストは,1960年代のルドルフ・ゼルキンなので,おっしゃることはよくわかります.ゼルキンも晩年,DGに録音するようになった頃はまさに「偉大なピアニストが晩年に、弾き崩したテクニック的に問題のある録音をする」状態だったと思うので.

それでも何というか,知情意(心技体?)のバランスが崩れてもなお,表現すべきものを持っている芸術家の演奏には聴き入ってしまうときがあるんですよねえ.甘い,と言われそうですが.

言われてみれば、引き際を一番自覚するのはご本人なのでしょうから、(アマチュアのアタシでさえ、昔は難なく弾けた曲が弾けないというもどかしさを感じるのですから)それでも録音を残したいのは何かしら表現したいものがある、ということなのでしょう。

その場で音が消えてしまうコンサートなら、「知情意(心技体?)のバランスが崩れてもなお,表現すべきものを持っている芸術家の演奏」、というのは意味があるようにも一瞬は思えますが、こと後まで残る音源というのは、ただの記録としてならわかりますがプロとしてどうでしょう?コンサートにしろ、CDなどにしろ、プロとしてお金をとってるわけですから。

まぁ、そこまでマジになるような話でもありませんが、痛々しくて、アタシは聞けないです。

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