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「貸出至上主義者」度チェックβ版

ココログ


ほし2

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2009年2月の記事

2009/02/24

ブルックナー/交響曲第1番

ブルックナー/交響曲第1番ハ短調@ヘルベルト・フォン・カラヤン/ベルリン・フィル(DG:429 648-2)

 1981年1月の録音.
 今週は肉体労働者のため,メンデルスゾーンはお休み.未聴の作品を新たに聴くには,それなりの体力が必要なんです(^^;).

 というわけで,中学時代からなじんでいるブルックナー.これは如何にも当時のカラヤンらしい,ナマで聴いたら,轟音の濁流に飲み込まれてしまいそうな演奏で,演奏会にはかけることもなかったであろう作品を,ここまでまとめあげて流してしまうのが才能といえば才能だが,もったいない話ではある.

2009/02/22

Mendelssohn: The Complete Masterpieces: CD 15

Mendelssohn: The Complete Masterpieces: CD 15(ソニー:88697420722-15)

 15枚目はオラトリオ「エリヤ」作品70第2部.引き続きヘルベルト・ブロムシュテット/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管絃楽団による,2003年10月31日と11月1日のライヴ録音.

 音楽と演奏の印象は第1部と同様.やっぱり無駄に長いような気がする.

2009/02/21

Mendelssohn: The Complete Masterpieces: CD 14

Mendelssohn: The Complete Masterpieces: CD 14(ソニー:88697420722-14)

 14枚目はオラトリオ「エリヤ」作品70第1部.ヘルベルト・ブロムシュテット/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管絃楽団による,2003年10月31日と11月1日のライヴ録音.

 のどかで冗長な「聖パウロ」に比べると,10年後(1844-1846年)に作曲されただけあってか引き締まった,劇的な表情があちらこちらで聴かれる.ブロムシュテットの指揮もさすがだが,それでも第1部だけで60分を越える音楽を聴きとおすのは,ちょっとしんどい.

2009/02/19

図書館目録再考

 OPACを考える前に,検索されるデータを作成するための目録法を考えることから.これはやっぱり,個人的な体験から起こさなければダメか(^^;).

 先日,敗北を喫したんですよ.MARC21準拠とかいう目録規則に.今や「大きな字で書いてあるのが本タイトル」という常識は通用しないorz 以前にも愚智提衡而立治之至也: ダメな図書館目録の例から始まる一連のエントリーで,あれこれ議論したところですが,大学図書館に関する限り現在の図書館目録は「提供のための目録」どころか「管理のための目録」ですらなく,「目録規則のための目録」即ち「人のために法がある」のではなく「法のために人がいる」状態に堕しているということだとしか,僕には思えないのですが,違うんでしょうか?

 ところで,過日僕が担当している演習の期末試験の採点をやっていたら,自由記述欄で「図書館目録があれほどマニアックなものだとは思いませんでした」 という記述にぶつかりました(^^;).それは確かにその通りで,目録規則とは「例外」を見つけるとそれをすべて飲み込まずにはいられない消化のいい胃袋を持っているために,あまりに精緻になりすぎて作る側も使う側も,誰もが簡単に使える代物ではなくなっているのが現状でしょう.

 図書館の目録は今後,マニアックと簡略化の二極分化が起きて進むだろうと,想像しているワタシ.マニアックの方向はAmazonの「なか見! 検索」みたいな方向と昔のキーワード・抄録検索の方向が,簡略化の方はメタデータ(ダブリン・コアみたいなの)程度の書誌記述で.という話は,既に僕自身が愚智提衡而立治之至也: ダメな図書館目録の例:補遺その3で繰り広げていたのでした(^^;).あれから4年ほど立つのに,全く考え方が変化していません.新しい展開もありません.どうしたものだか.

Mendelssohn: The Complete Masterpieces: CD 13

Mendelssohn: The Complete Masterpieces: CD 13(ソニー:88697420722-13)

 13枚目はオラトリオ「聖パウロ」作品36第2部.Joshard Daus指揮の南西ドイツ放送交響楽団による,1997年2月16日のライヴ・レコーディング.昨晩は全2部だったことに気がつかなかったので,エントリーを修正.

 作品,演奏についても昨日と同じ.あまり面白くない.

2009/02/18

Mendelssohn: The Complete Masterpieces: CD 12

Mendelssohn: The Complete Masterpieces: CD 12(ソニー:88697420722-12)

 12枚目はオラトリオ「聖パウロ」作品36第1部.Joshard Daus指揮の南西ドイツ放送交響楽団による,1997年2月16日のライヴ・レコーディング.指揮者のDausは南西ドイツ放送の合唱指揮などを務めているひとらしいが,読み方がわからない.

 で,どうにも面白くない(^^;).誠実な音楽だし,誠実な演奏なんだけど,それだけで終わってしまう.どうしたものだろう.

2009/02/17

Mendelssohn: The Complete Masterpieces: CD 11

Mendelssohn: The Complete Masterpieces: CD 11(ソニー:88697420722-11)

 11枚目.劇音楽「真夏の夜の夢」全曲(序曲作品21と劇音楽作品61)をエーリヒ・ラインスドルフ/ボストン交響楽団による1962年/63年の録音で.

 序曲が重い(^^;).実直なアンサンブルはともかく,メンデルスゾーンらしい妖精の雰囲気に乏しい.劇音楽の方で1曲ごとにナレーションが入るのは,あまり聴いたことが無く,面白いやり方のような気がします.

2009/02/16

Mendelssohn: The Complete Masterpieces: CD 10

Mendelssohn: The Complete Masterpieces: CD 10(ソニー:88697420722-10)

 10枚目.ピアノ協奏曲第1番ト短調作品25(1830/31年)と第2番ニ短調作品40(1837年),「カプッリチョ・ブリリアント」ロ長調作品22,「ロンド・ブリリアント」変ホ長調作品29の4作品を収める.ピアノ協奏曲がマライ・ペライアのピアノ,ネヴィル・マリナー/ASMFによる1974年の録音,残りはアンドレイ・ピサレフのピアノ,サミュエル・フリードマン/ロシア・フィルによる1996年10月の録音.

 息苦しいほど生真面目な音楽,というのが2曲のピアノ協奏曲から受ける第一印象.交響曲でも短調の作品はあるし,何よりあの傑作ヴァイオリン協奏曲がホ短調なのだが,それらと比較しても闊達さにいささか欠ける.第2番は新婚旅行中に作曲されたというのだが,それにしては冬の嵐のような音楽に仕上がっているのは,オラトリオ「聖パウロ」とともに演奏される,という予定で作曲されたためでもあるか.

2009/02/15

官尊民卑に弄ばれる「図書館の自由」

 昨年の今頃,【愚智提衡而立治之至也: 「法の下の平等」とレコメンドサービス】で俎上に載せた


田中,敦司
図書館は利用者の秘密を守る--カウンターで感じた素朴な疑問から (特集:図書館の自由、いまとこれから--新たな図問研自由委員会のスタートにあたって)
みんなの図書館 (通号 370),21~26,2008/2

が,最近そこここで取り上げられ,我が意を得たりと思ったことである.

図書館は利用者の秘密を守る-カウンターで感じた素朴な疑問から- - 読書ノートのつもり?なつれづれ日記
http://d.hatena.ne.jp/yoshim32/20090209/1234159904

それであなたはなにがしたいのか-田中敦司「図書館は利用者の秘密を守る-カウンターで感じた素朴な疑問から-」に感じた根本的な疑問 - ACADEMIC RESOURCE GUIDE (ARG) - ブログ版
http://d.hatena.ne.jp/arg/20090211/1234346362

その文章が掲載された「みんなの図書館」は言うまでもなく図書館問題研究会の機関誌である.それほど「図書館の自由」を金科玉条にしているはずの図問研が,最近明らかになった

容疑者と被害者情報漏らす 報道機関に東金市立図書館 - 47NEWS(よんななニュース)
http://www.47news.jp/CN/200901/CN2009012401000452.html

この件に関して,報道から3週間を経過した現在もなお,沈黙を守っているのは如何なる理由があってのことか.質問状に対する返答がない,というのは理由にならないだろう.記事に拠れば,この件を調査したのは日本図書館協会であり,図問研のメンバーにはこと「図書館の自由」について,日図協のイデオロギーを担っている人間も少なくないわけだから.
 また,2002年に発覚した,東京都の区立図書館において委託業者から派遣されていたカウンター要員が来館者の個人情報を悪用した件について,督促を怠業した公務員を弁護し委託会社とその派遣社員にすべての非を押し付け,そのことを指摘した意見に対し犯罪を使嗾してまで公務員の責任を回避しようとした東京の図書館をもっとよくする会の関係者もまた,この件については沈黙しているのである(なお,当時のコメントは注記も無く書き換えられ,犯罪を使嗾した箇所は改竄されているので現在では参考にならないことをお断りしておく).2002年の事件が「図書館の自由」に対する重大な挑戦(公務員による督促の怠業よりも罪が重い)というのであれば,東金市役所と東金市立図書館における,公務員による来館者の個人情報漏洩は,委託業者によるそれよりも責任が重いのではないかと思うのだが.

 共同通信の記事で気になるのは「調査に対し東金図書館は、一部の取材者が執拗に情報開示を要求したとしており、図書館関係者は、報道側にも利用情報の扱いに対する理解が必要だとしている。」というくだり.この,如何にも公共図書館に対して理解のありそうな文章だが,2002年の記事と比較してみると,論調の差異がわかると思う(エントリーの最後に全文を引いておく).日図協や図問研の指定管理者や委託に対する考え方,共同通信の関係者が「みんなの図書館」に連載を持っている事実などを考え合わせると,これは恐らく情報漏洩に対する報道機関への責任転嫁と公務員擁護のために(意図的にかどうかは別にして)執筆された文章ではないかと思われるが,どうだろうか?

 いずれにせよ,「公共図書館の民営化」などというデマゴギーを放送している団体に,公務員の罪を問わせることが,荷が重いのは重々承知の上で,それでもこの「図書館の自由」をめぐる公務員と民間への適用におけるダブルスタンダードについては,指摘しておかなければならないだろう.「図書館の自由」はあなたがたが「官尊民卑」という基準で恣意的に運用してもいいものだったのですか?

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2009/02/14

レファレンス再考:インフォメーションとインテリジェンス

 承前

 以前の僕ならば,「貸出」と「レファレンス」を対抗させる形でレファレンスの優位性を説いたところですが,ところがどっこい,前振りで「枠組みを問い直す」とやってしまったので(^^;),この手は使えません.おまけに,そのような単純な二項対立で公共図書館経営を考えることは,「文脈から切断された〈象徴としての公共図書館〉」を想定しない限りは成立し得ないわけです.では,どのような考え方を以って課題にあたるか.

 公共図書館に限らず,図書館は「少しく叩けば少しく響き,大きく叩けば大きく響く」という特性を持っていると考えているのですが,その叩き方というものが,社会において共通の合意/認識が取り付けられている,という状況ではないと思うのですよ.だからこそ,そのような「待ち」の姿勢ではいけない,という議論があるのは承知の上なのですが,それでもなお,図書館をめぐる「リテラシー」が一様ではなく,そもそも「リテラシー」自体が地域の歴史や現状に左右され,拘束されてしまう状況があることは,率直に認めなければならないでしょう.この点を把握しておかないと,図書館サービスを論じるときに大きな過ちを犯すことになります.誰とは言いませんが.

 さて,これまでの「貸出」や「レファレンス」の分野に取り敢えず「資料提供サービス」という仮称を付けてみますが,これは要するにランガナタンの言う「利用者の時間を節約する」ためのサービスであると同時に,あくまでも情報(インフォメーション)を来館者なり,住民なりに提供するサービスである,という一線を引いておく必要があります.つまり「情報は自分で読んで,分析し,評価しなければ自分の役には立たない」(江畑謙介『情報と国家』講談社現代新書)ものであり,最終的に情報(インフォメーション)を「インテリジェンス」として何事かの役に立てるかどうかは,図書館がどれだけ有用な情報(インテリジェンス)であると判断して来館者に提供しても,来館者自身が判断を下さなければ何の意味もなくなってしまうものなんだろうと思うのです.

 図書館が提供するのは「回答」であって「解答」ではない,と言われる所以です.図書館は,来館者が判断に着手するための情報(インフォメーション)の収集作業を手助け/肩代わりすることによって,来館者が収集に要するであろう時間を節約する役どころとなります.どの形式(書籍・雑誌・webなどなど)の情報(インフォメーション)が求められた回答に相応しいかまで,ある程度のスピードで分析・判断することによって来館者の時間的負担(ひいては心理的負担も)を軽減することが求められます.それには,卓越した情報収集能力と分析能力(求められている主題における専門家ではないとはいえ,得られた情報〈インフォメーション〉が疑似科学であるか科学であるかを見分けられる程度の分析は可能でなければならないでしょう)が必要です.ちなみにこの能力は,オタクとかマニアとか呼ばれる程度に趣味に耽溺していれば,応用が利く程度には身に付いている筈です(^^;).生かさない手はない.


 ・・・・・・と,ここまで書いて,文章を上手く〆ることが出来ない(^^;).気の利いた結語が書ければよかったのに.ここ2か月ほど,いささかスランプで長い文章をblogどころかリアルでも書いてなかったことを理由にしておこうか.


以下は今回,触発された記事(覚えているものだけですごめんなさい)

CHOTTO TOWN 図書館日誌: レファレンスを見直してみる
http://c-town.way-nifty.com/blog/2009/02/post-c129.html
CHOTTO TOWN 図書館日誌: レファレンスを見直してみる(その2)
http://c-town.way-nifty.com/blog/2009/02/post-6dd9.html

図書館雑記&日記兼用:レファレンス再考? - livedoor Blog(ブログ)
http://blog.livedoor.jp/lib110ka/archives/51854025.html
図書館雑記&日記兼用:「待つ」をやめる - livedoor Blog(ブログ)
http://blog.livedoor.jp/lib110ka/archives/51854753.html

ライブラリアンはBINARYの夢をみるか: ちょっと早急かもしれませんが・・・課題3「レファレンスの定義」
http://miffy-capybara.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-902c.html

これからのレファレンス(大学図書館) - かめの歩みとライブラリアン再考
http://d.hatena.ne.jp/makiko0812/20090213/1234529441

TB受け付けているblogには飛ばしてみますが,ココログは以前からTB上手く飛んでくれないので,送信できなかったらごめんなさいm(_ _)m

参考文献

Mendelssohn: The Complete Masterpieces: CD 9

Mendelssohn: The Complete Masterpieces: CD 9(ソニー:88697420722-09)

 9枚目は「2台のピアノのための協奏曲」ホ長調(1823年)と変イ長調(1824年).アーサー・ゴールドとロバート・フィッツダールのピアノ,ユージン・オーマンディ/フィラデルフィア管絃楽団による1967年1月13日の録音(とCDにはあるのだけど,webに上がっているオーマンディのディスコグラフィによれば,正しくは1963年12月16日の録音であるらしい).

 2曲とも10代前半の作品だけに,伸び伸びとした雰囲気と旋律が心地よい音楽である.演奏も音楽に相応しく肩肘張らず,普段着の雰囲気で軽やかに歌われるのが好もしい.

レファレンス再考:その前提

 レファレンス再考,というより図書館業務再考,であるか(^^;).

 まず,「貸出」「レファレンス」「読書相談」「目録作成」などなど,従来言われてきた業務の区分を一度,見直したほうがいいんじゃないかと思う.特に「貸出」と「レファレンス」の間に,厳密な一線を画そうとしてきた考え方-現在もなお,その幻影が蠢いているようですが,この発想をまず疑ってかかれなくちゃ,将来の図書館業務の発展はないでしょう.このリンク先の内容については,ここでは過剰な現場主義が公共図書館を(歴史的,地域的)文脈から切断してしまっていることを指摘しておくに止めるけど.

 目録作成については稿を改めるとして,対来館者サービス業務について(余談だけど,公共図書館を考える際に「利用者」という言葉には手垢が付きすぎていて,とても多様な意味を込めて使える状態にはなく,いろいろ考えた結果,利用対象は「住民」,公共図書館に来館する住民は「来館者」と取り敢えず呼称してみる),その枠組みを考え直してみる.「貸出」や「レファレンス」は,資料(情報)を来館者に提供するサービスの異なる手段であると捉えてみてはどうか.例えば貸出至上主義者のように,「貸出し」を目的とし他の手段を排除した形で成り立つ公共図書館サービスの展開は,高度成長期ならまだしも,世紀を越えた現在の社会状況を把握しているのであれば,そのような単純なモデルが成立する要件は現状,非常に限られている(恵まれている)ことが理解できるのではないか.公刊された書籍にせよ,一部の関係者のみに配布される灰色文献にせよ,情報(インフォメーション)として捉えればそれは限られたモノでしか無いし,現在流布している情報(インフォメーション)がすべて物理的な筐体を成しているわけではないのだから.

 そういえば,「レファレンス」から始まる公共図書館利用,という表現をとると,「それはエリートのための公共図書館である」という反論が昔は来た(^^;).しかし,その批判は「エリート」という言葉の誤用なのではないか.曲がりなりにも民主制を標榜する国家の成員(=市民でも住民でも結構)が,与えられた/入手した情報(インフォメーション)を分析し「インテリジェンス(戦略情報,とでも言えばいいのか?)」に消化/昇華できない状態に置かれている,というのは学校教育の失態であろうし,市民に分析のリテラシーが備わっていることは,公共図書館業界が常日頃悲願としてきた「近代市民社会」の基盤ではなかったのか.情報(インフォメーション)の提供から始まる公共図書館の利用とは,民主制と近代市民社会を成立させるための,すぐれて基礎的な作業であると言えるだろう.
 誤解されると困るので付け足しておくけど,「公共図書館」の存在自体が必ずしも民主制の基盤だ,とは思わないのだよね.ただあればいい,というものでもない.「公共図書館」を利用する市民の意識とリテラシーが,公共図書館を民主制の基盤たらしめている,という話なので間違えないで欲しいところ.

 続くと思う(^^;).

2009/02/13

Mendelssohn: The Complete Masterpieces: CD 8

Mendelssohn: The Complete Masterpieces: CD 8(ソニー:88697420722-08)

 8枚目はヴァイオリン協奏曲ホ短調作品64とニ短調(遺作).ホ短調がアイザック・スターンとユージン・オーマンディ/フィラデルフィア管絃楽団による,1958年3月24日の録音.ニ短調が竹澤恭子とクラウス・ペーター・フロール/バンベルク交響楽団による1994年1月7日から9日の録音.

 ホ短調は,若き日のスターン(1920-2001)がさすがの野太い美音.このひとはこの録音のような若い覇気満々の頃か,最晩年の,脂肪の抜けきったような頃がいい(^^;).70年代の,メータあたりと組んだ演奏は鼻持ちならず,よろしくない.
 ニ短調は1822年,メンデルスゾーンが13歳の頃の作品で,長らく埋もれていたものを第二次世界大戦後にイェフディ・メニューインが発見した.ヴァイオリンと絃楽合奏のための協奏曲で,さすがにホ短調ほどの格調と充実は聴かれないが,それなりに立派な音楽であり,もう少し知名度があってもよさそう.

2009/02/11

Mendelssohn: The Complete Masterpieces: CD 7

Mendelssohn: The Complete Masterpieces: CD 7(ソニー:88697420722-07)

 7枚目は序曲集で,歌劇「カマチョの結婚」作品10から序曲,序曲「真夏の夜の夢」作品21,序曲「静かな海と楽しい航海」作品27,序曲「ルイ・ブラス」作品95,劇音楽「アタリー」作品74から序曲と戦争行進曲,序曲「フィンガルの洞窟」作品26,トランペット序曲作品101を収録.作品21と作品101がクラウス・ペーター・フロール/バンベルク交響楽団による1987年7月8日と88年6月7日から10日(作品21),1988年12月22日(作品101)の録音(BMG),残りはレナード・バーンスタイン/ニューヨーク・フィルによる1967年10月26日の録音(ソニー).

 収録された作品の中で,個人的に思い入れがあるのは,「真夏の夜の夢」よりも「フィンガルの洞窟」よりも「ルイ・ブラス」.この曲は,時々吹奏楽に編曲されてコンクールの自由曲で取り上げられているものなので,他の曲よりも若干なじみがある.ここでのバーンスタインの演奏は,柄が大きすぎて緊張感に欠けるのが難.もう少しエッヂの効いた,シャープな演奏で聴きたい.
 フロールの演奏も含めて,このCDは有名な作品ほど軽さとシャープさが欠けているように聴こえる.「カマチョの結婚」序曲など意外にいい演奏なのに,惜しいことだ.

2009/02/10

Mendelssohn: The Complete Masterpieces: CD 6

Mendelssohn: The Complete Masterpieces: CD 6(ソニー:88697420722-06)

 6枚目は交響曲第4番イ長調作品90「イタリア」と交響曲第5番ニ短調作品107「宗教改革」.クルト・マズア/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管絃楽団による,1971年12月29日,30日(第4番)と1972年1月6日と8日(第5番)の録音.
 有名な作品なのに,演奏が面白くない.どうも吹っ切れないのですね.「イタリア」はもう少し,はっちゃけていてもよかったのに.マズアにそれを期待するほうが間違っているとは言え.

2009/02/09

日本で一番利用者満足度の高い図書館といったらどこですか?

 たまたま見つけた.

日本で一番利用者満足度の高い図書館といったらどこですか? - Yahoo!知恵袋

 回答にアカデミーヒルズ六本木ライブラリー国立国会図書館しか挙がってない(^^;).しかもベストアンサーが六本木ライブラリーである.業界人が相変わらず足の引っ張り合いを繰り返しているうちに,足元の公共図書館が見捨てられてしまうのではないか,という危惧を拭い去ることができない.

 ・・・・・・と言いたいところだが,如何せん上記質問への回答数が少なすぎて,サンプルになりそうにないのであった(>_<).図書館への関心は,やっぱり低いのかな_| ̄|○

 とはいえ,ゼロ・トレランスよろしく「図書館」に対するイメージ戦略を業界団体が考えるのであれば,こーゆうひとつひとつの事例を検証する必要はありそうな気もします.

2009/02/08

Mendelssohn: The Complete Masterpieces: CD 5

Mendelssohn: The Complete Masterpieces: CD 5(ソニー:88697420722-05)

 5枚目は交響曲第2番変ロ長調作品52「讃歌」.クルト・マズア/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管絃楽団による1972年の録音(なお,前回書き忘れたがマズアの交響曲全集はオイロディスク原盤).
 3楽章の「シンフォニア」と巨大なカンタータの2部構成のような交響曲である.1840年に「印刷技術発明400周年記念祭」のために作曲された作品で,カンタータのテキストは旧約聖書のドイツ語訳から.演奏時間が60分を越えるモニュメンタルな大作だが,現在はそれほど評価されていないようである.マズアの演奏はまあまあ.

2009/02/06

Mendelssohn: The Complete Masterpieces: CD 4

Mendelssohn: The Complete Masterpieces: CD 4(ソニー:88697420722-04)

 4枚目は交響曲第1番ハ短調作品11と交響曲第3番イ短調作品58「スコットランド」のカップリング.クルト・マズア/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管絃楽団による,1972年の録音.
 第1番は初めて聴くが,作曲家15歳の1824年の作品で,自筆スコアには「交響曲第13番」つまり12曲の絃楽のための交響曲に続く作品とされていたもの.1827年にライプツィヒで初演され,出版時に改めて第1番とされたようである.のち1829年にロンドンで演奏された際に絶賛されたことが,作曲家が「スコットランド」に結実する,UKへの親近感の萌芽になったらしい.15歳でこれだけの作品を書き上げれば「天才」と称されるのも道理で,正直なところシューマンの交響曲第1番よりも音楽の完成度は高いんじゃないかしら?
 第3番については多言を要しないかと.

 マズアの演奏はこれまでほとんど感心したことがないのだが,ここでは必要最低限の仕事はしているな,というところ.第1番はともかく,第3番では第1楽章の序奏部など,いささかせせこましい感じがしてあまり面白くない.謹厳だけどしなやかさには欠ける,と言うところか.

2009/02/03

Mendelssohn: The Complete Masterpieces: CD 3

Mendelssohn: The Complete Masterpieces: CD 3(ソニー:88697420722-03)

 3枚目は「絃楽のための交響曲」から9番と11番,13番(1楽章のみの断章).ロイ・グッドマン指揮のザ・ハノーヴァー・バンドによる,1992年11月18日-20日と1993年3月1日ー3日の録音.
 ここに収められている作品からは,優美さと軽快さに加えて風格さえ漂ってくる.重みを示したいときには充分重厚な音楽が書けるようになっている.10代前半で既にこの腕前かよ,と天才を前に羨望することさえできない.
 演奏は1,2枚目と変わらず,これらの作品の美点を引き出している,いい演奏.

2009/02/02

Mendelssohn: The Complete Masterpieces: CD 2

Mendelssohn: The Complete Masterpieces: CD 2(ソニー:88697420722-02)

 2枚目は「絃楽のための交響曲」から7,8,12番.ロイ・グッドマン指揮のザ・ハノーヴァー・バンドによる,1992年11月18日-20日と1993年3月1日ー3日の録音.ただし第8番は管楽器付きの版による.
 昨日の7曲と今日の3曲で,演奏時間はほぼ同じである.わずかな時間で作品の規模が拡大し,質量ともに充実しているのがわかる.音楽は相変わらず優美で軽快ながらも,「悲しみ」への傾斜がほのかに聴こえてくる,陰影に富んだもの.8番はF.J.ハイドンの影響も受けていそう.
 グッドマンとハノーヴァー・バンドは昨日に続いて,なかなか美しい演奏を聴かせる.

2009/02/01

Mendelssohn: The Complete Masterpieces: CD 1

Mendelssohn: The Complete Masterpieces: CD 1(ソニー:88697420722-01)

 月も変わったので,気を取り直していきます.いつまでも挫けていたら迷惑だからね.

 たまたま,今年が生誕200年に当たる作曲家フェリックス・メンデルスゾーン=バルトルディ(1809-1847)の代表作を集めた30枚組のCDを手に入れたので,しばらくの間,勉強も兼ねてこれを1日1枚づつ聴いて行こうという試みです.メンデルスゾーンはこれまで,ごく一部の有名作品(「スコットランド」とかヴァイオリン協奏曲とか)しか聴いたことがないので,どんな音楽が聴けるんでしょうね.

 1枚目は「絃楽のための交響曲」から1,2,3,4,5,6,10番.ロイ・グッドマン指揮のザ・ハノーヴァー・バンドによる,1992年11月18日-20日と1993年3月1日ー3日の録音.これらの作品は作曲者が10代前半の頃に作曲された作品群で,メンデルスゾーン家で催されていた「日曜コンサート」で演奏されている.長い間忘れられていて,再び日の目を見たのは第二次大戦後のこと.カール・フィリップ・エマヌエル・バッハやW.A.モーツァルトの交響曲を勉強していたことが伺えるそうで,軽快で華麗かつ優美な音楽が枯れることのない泉の如く,惜しげもなくこれでもかと奏でられていく.軽やかだがあまり美しいと感じたことのない(^^;)グッドマンとハノーヴァー・バンドの演奏が,ここでは実に美しい.

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