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ココログ


ほし2

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2009年1月の記事

2009/01/29

J.S.バッハ/マタイ受難曲

J.S.バッハ/マタイ受難曲BWV244@フィリップ・ヘレヴェッヘ/ラ・シャペル・ロワイヤル(ハルモニア・ムンディ・フランス:HMX 2901155.57)

 1984年9月の録音.ヘレヴェッヘの旧録音になる.
 人間,そのひとが耐えられる程度の試練しか訪れないのだよ,とはよく聞くが,しかしそれでも時々は心が折れそうになるもので,それが現在は疎遠になっていたとしても昔は二人でウィスキーを一瓶空けるような付き合いをしていた知人の訃報ともなれば,もう何とも言いようのない喪失感と寂寥感を感じないわけにはいかない.まさか,僕よりも余程「健康」だと思っていた奴が先に逝くなんて,思いもよらなかったことですよ.今日は一日,やっとの思いで仕事をして帰宅して,もうどっぷり「マタイ」に頭を浸しているところ.他のどの曲を聴いても,今日は「音楽」にならない.

 少し,生きる荷が重くなったような気がする.

2009/01/28

マーラー/大地の歌

マーラー/交響曲「大地の歌」@パウル・クレツキ/フィルハーモニア管絃楽団(EMI:4 76912 2)

 1959年10月の録音.
 通常のアルト・ソロの替わりにバリトンを立てた録音で,歌うはディートリヒ・フィッシャー・ディースカウという,珍しいもの.知ってる限りでは,他はバーンスタイン(こちらもフィッシャー・ディースカウ)とラトルくらいかな,バリトンを立てた録音は?
 クレツキ(1900-1973)はポーランド出身で,早い時期からマーラーを好んで取り上げた指揮者のひとり.同世代のジョージ・セルなどとは異なり,かなり暗い情念を抱え込みながら,それを丹念な表現で覆い隠しているような指揮振りで,モダーンな外面のところどころにその裂け目が感じられるのが面白い.

2009/01/27

エルガー/交響曲第2番

エルガー/交響曲第2番変ホ長調作品63@ジュゼッペ・シノーポリ/フィルハーモニア管絃楽団(DG:423 085-2)

 1987年3月の録音.
 僕の聴く限り,シノーポリ(1946-2001)の美点がもっともよく表出されている演奏のひとつ.取り上げる作品によって出来不出来の激しい指揮者だったが,ここではシノーポリの戦法が功を奏している.ともすると構えばかりが大仰で,何が言いたいのかよくわからなくなってしまうエルガーの音楽が,こってりとメリハリの効いた表現に彩られ,世紀末の崩落寸前な駘蕩たる雰囲気を醸し出すことに成功している.
 エルガーの音楽はもう少し清潔な解釈の方がいい,と言われそうだけど.

2009/01/26

ヤナーチェク/シンフォニエッタ

ヤナーチェク/シンフォニエッタ@ロヴロ・フォン・マタチッチ/ザグレブ・フィル(ザグレブ・フィル:CD 37596)

 1979年12月19日のライヴ.
 正直,オケは非力でアンサンブルも少々怪しいのだが,とにかくマタチッチのおおらかな雰囲気で聴かせてしまう超弩級の演奏(^^;).まるでブルックナーの如く壮大なクライマックスの「シンフォニエッタ」に仕上がっているのが凄い.ヤナーチェクの初心者には勧められないし,セカンド・チョイスでもこの録音よりいい演奏はあるだろうが,酸いも甘いもひと通り噛み分けた聴き手が,何気なく選び出し,聴いて驚く,というシチュエーションには向いているだろう.

2009/01/25

隙を作っているのは誰?

 東京新聞:容疑者と被害者情報漏らす 報道機関に東金市立図書館:社会(TOKYO Web)
 http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2009012401000452.html


 調査に対し東金図書館は、一部の取材者が執拗に情報開示を要求したとしており、図書館関係者は、報道側にも利用情報の扱いに対する理解が必要だとしている。
 協会の調査によると、逮捕前に容疑者が「事件当日は図書館にいた」と話していたことから、逮捕後、複数の報道機関が図書館に取材した。
 図書館は館長の不在を理由に断ったが、図書館を所管する市生涯学習課が、1社から取材を受け、容疑者と被害女児が利用登録した日と最終貸出日を教えた。その後、図書館もほかの報道機関に同じ対応をとった。

 最近は公共図書館が何か問題を起こすと,「指定管理者が」「委託業者が」という声の大合唱になりがちですが(何しろ公共図書館をめぐるトンチンカンな話は,昨今みんな指定管理者のせいにしたがっているオバカも業界には存在すると,小耳に挟んだこともある),ところがどっこい,直営だってこのザマですがね.指定管理者や委託業者がダメになるのも,指導監督する立場の公務員がこの有様ですから当然ではないかと.直営(公務員)に基盤を置くあのひとやあの団体が如何に糊塗しようとも,地金が明らかになってしまった,と言えます.上記の記事を読む限りでは,業界側は報道機関に責任を転嫁しようとしているようですが,その元はと言えば,結局は業界の周知努力があらゆる面において不足していたということに立ち返らざるを得ないでしょう.

 要するに,この件は公共図書館の運営が指定管理者であろうとなかろうと,お役所の漏れるところからは情報が漏れるんだということを,満天下に改めて知らしめてしまったわけで,「守秘義務」とやらを盾に公共図書館への指定管理者導入に反対し,プロパガンダを展開している連中には痛かったんじゃないですか? しかも,本庁が先立って情報を流している(「一部の取材者が執拗に情報開示を要求したとして」いるのは図書館サイドから出ている話ですから,信用できません.一方から出ている話のみでこれを断じるわけにはいきませんよ.曲がりなりにも,当方も「図書館」業界の一員ですから)わけで,まさに「背後からの一突き」.戦略も戦術もあったものではありませんね.

 付け入る隙を作っているのは誰ですか?

Billy Joel Greatest Hits

Billy Joel Greatest Hits(ソニー:MHCP 546/547)

 1985年にLP2枚組みで出たビリー・ジョエル(1949-)のベスト盤のリマスターCD.
 それにしても,中学時代にはクイーンのファンがいて,高校時代はビートルズとサイモン&ガーファンクルのファンがいて,大学ではビリー・ジョエルのファンがいて,それで少しは洋楽を聴いたフリをしていたのだったっけ(^^;).このLPは,賢弟が持っていたのを聴いたのだよな.ビリー・ジョエルはS&Gやカーペンターズと同じように,何かこう,しみじみしてしまう曲が多くて,聴いているとあんなことやそんなことを思い出して,一人で勝手に赤面してしまったり.

 え,何で今更って? 理由は秘密.

2009/01/22

ブルックナー/交響曲第5番

ブルックナー/交響曲第5番変ロ長調@ヴィルヘルム・フルトヴェングラー/ベルリン・フィル(DG:POCG-30079)

 1942年10月28日の録音.
 この録音を聴く限り,フルトヴェングラーはブルックナーを頭ではよく理解していたと思うけど,芸術家としての向きが違っていた,と言わざるを得ないかな? これだけ細かくテンポを動かして,表情も溢れんばかりに付けていたら,ベートーヴェンやブラームスならまだしもブルックナーでは鬱陶しくなります.何しろここで演奏されているのは第4番や第8番ではなく,5番だし.この曲,細かい演出には向いてないから.第1楽章の第2主題のように,出色の表情もあるんだけど,どうも全曲を通して一貫した何かが感じられないのが残念.

2009/01/21

マーラー/交響曲第7番

マーラー/交響曲第7番ホ短調@ミヒャエル・ギーレン/南西ドイツ放送交響楽団(インターコード:INT860.924)

 1993年4月の録音.
 現代音楽の果敢な紹介者として鳴らしたギーレン(1927-)によるマーラー録音の初期のもの.知・情・意のバランスがほどよく取れていて,なるほどギーレンはマーラーも積極的に取り上げてきた指揮者(1976年だったか,N響に客演したときに第6番を取り上げたそうな)である.世紀をまたぐ辺りからギーレンの演奏は往年のキレを失い巨匠然としてくるのだが,この録音はまだまだキレが健在で,気持ちの悪いグリッサンドを第3楽章などで聴かせてくれる.終楽章でも対旋律を浮き上がらせつつ第1主題を豪快に吹き鳴らす辺り,この音楽の複雑な性格を表現していて,さすが.

2009/01/20

ショスタコーヴィチ/交響曲第15番

ショスタコーヴィチ/交響曲第15番イ長調作品151@クルト・ザンデルリンク/ベルリン交響楽団(ドイツ・シャルプラッテン:TKCC-15036)

 1978年5月26日から6月2日の録音.
 初演が1972年1月8日なので,実はビートルズよりも新しい(^^;)クラシックではある.自伝的内容であることを作曲家自身が述べているが,それにしても陰陰滅滅,ひたすら気が滅入る音楽に仕上がっているのはどういうことか.ザンデルリンクの指揮が,音楽に輪をかけるように深刻な陰影を付けていくから,もう終楽章に至ると音楽は廃墟に人骨が散らばっているような雰囲気さえ感じさせる.

2009/01/19

ビーバー/ロザリオのソナタ

ビーバー/ロザリオのソナタ@ワルター・レイター&アンサンブル・コルダリア(ブリリアント:93536)

 1999年の録音.シグヌム(Signum)原盤.
 聖母マリアの生涯を,ヴァイオリンと通奏低音による15の秘蹟(と,ヴァイオリン独奏のパッサカリア)でたどる,ハインリヒ・イグナーツ・フランツ・フォン・ビーバー(1644-1704)の大作.「スコルダトゥーラ」というヴァイオリンの調絃を変えて演奏する手法を多用しているそうで,最初のうちはしんねりむっつりとした雰囲気で始まるものの,次第にビーバーらしい明るく軽やかで華やかな音楽も混ざってくる.例の如く深みには欠けるが,変化に富んでいて面白い曲集である.

2009/01/18

チャイコフスキー/絃楽セレナーデ

チャイコフスキー/絃楽セレナーデ ハ長調作品48@コリン・デイヴィス/バイエルン放送交響楽団(フィリップス:442 402-2)

 1993年ごろの録音?
 チャイコフスキーには珍しく(?),機会音楽ではない内発的な動機により作曲された管絃楽曲(といっても絃楽合奏のための作品)のようで,作曲家自身にとっても相当な自信作であったらしい.チャイコフスキーは稀代のメロディストでもあったわけだが,美しい旋律がこれでもかと惜しげもなく投入されている音楽である.聴き手は,その美しさの前に,心地よくたゆたうだけでいい.俗世の憂いや悲しみを忘れて.

2009/01/17

ベートーヴェン/交響曲第7番

ベートーヴェン/交響曲第7番イ長調作品92@フェレンツ・フリッチャイ/ベルリン・フィル(DG:POCG-3087)

 1957年9月の録音.
 この曲,クラシック音楽を取り上げて人気のマンガに登場したおかげで,あれよあれよと言う間にテレビCMにまで進出してしまった(^^;).ベートーヴェンどころか,交響曲史上でも屈指の名曲の割にはこれまで地味な扱われ方をしてきた作品なので,7番のファンとしては喜ぶべきことなんだろうなあ.

 フリッチャイのこの録音は,ところが7番でも実に重い.若い頃はもっと颯爽とした演奏をしていたのだろうが,これは晩年の録音である.リズムが重いわけではないのだが,テンポが巌のように重いのである.引きずってはいないが,がっちりとしたインテンポで音楽は進行する.結果,フリッチャイの晩年に比較されたというフルトヴェングラーよりは,むしろクレンペラーを連想させる芸風になっている.恐らく,リズムの快感をこの曲に期待した聴き手は裏切られることであろう.この,ぎっちり情報の詰まった芸風になじめるかどうかが,初心者から次の段階へ分け入る関門になりそうである(^^;).

2009/01/16

プロフェッショナルとしての基盤

 続き

 もう長々と書いても仕方がないので簡単に.
 個々の主題室がなければレファレンスが出来ないような図書館司書は,レファレンス・ライブラリアンとしてプロフェッショナルではない.レファレンス・ツールの種類と用法を広く心得ているのがレファレンス・ライブラリアンだとしたら,狭い分野の主題しか扱う必要がないところに必要なのは,司書ではなくその分野の専門家で充分だろう.その分野の専門家ではなく,プロフェッショナルとしての,レファレンス・ライブラリアンとしての図書館司書が必要なのは,図書館においては,どの分野の質問がどこに来るかわからないからではないのか?

 それとも,「図書館員の専門性」とやらを労働問題に回収したいのかな.それはもう,とっくに終わっている戦術であり,対抗言論だよ.この戦術を1980年代後半以降,主に「委託」問題で取り続けてきたがために,業界が無限の後退戦に陥り,しかも敗北が続きっぱなしであることを,もう少し自覚してもらわないと困る.何しろ,この期に及んでもなお,現場の人間が「非正規雇用者の待遇改善は非正規雇用者自らの手で」などと言っているようでは,労働問題としても遅れた問題意識であると思われても仕方があるまい.

 結局,「現状維持」という名のナルシシズムとフェティシズム以外に,プロフェッショナルとしての基盤はどこにあるのかな?

モーツァルト/レクィエム

モーツァルト/レクィエム ニ短調K.626@カルロ・マリア・ジュリーニ/フィルハーモニア管絃楽団(ソニークラシカル:SICC 266)

 1989年4月19日から21日の録音.
 作品については多言無用かと.演奏は晩年のジュリーニらしい,ゆっくりしたテンポのソフトフォーカスな雰囲気で美しく進行する.「怒りの日」でも結構細かく表情付けをしているのだが,それがケレンに聴こえず,むしろ神々しい感じさえしてしまうのが,この頃のジュリーニである.この演奏の前には,モーツァルトと「レクィエム」にまつわる世俗の話などすっかり後景に退いてしまい,ただただ浄化されたかのごとき音楽だけがそこにある.

 ここにたどりつくまでに,どれだけのことがあったのだろう.

2009/01/15

ブラームス/交響曲第3番

ブラームス/交響曲第4番ホ短調作品98@ルドルフ・ケンペ/ミュンヘン・フィル(アーツ:43014-2)

 1975年1月の録音.元々はピルツだったかプラッツだったか,ドイツの別のレーベルが録音したものだったと記憶する.
 来年が生誕100年になるケンペ(1910-1976)は,ライヴとスタジオでは案外,印象の違う指揮者で,同じ曲を同じ頃に振ったBBC交響楽団とのライヴ(BBC)では,火の玉になって突進するケンペの演奏が記録されているが,こちらのスタジオ録音はもう少しおとなしい.それでも,ブラームスには充分な程度に熱量(?)もあり,ミュンヘン・フィルがブラームスに相応しい中間色の音色を醸し出す好演に仕上がっている.

 しかし,ケンペといいヨゼフ・カイルベルトといい,カラヤンと同年代のドイツの指揮者が早くに世を去ったのは,僕のような聴き手には非常な損失であったことですよ.

2009/01/14

シューベルト/人生の嵐

シューベルト/ピアノ連弾のためのアレグロ イ短調「人生の嵐」D947@エフゲニー・キーシン&ジェイムズ・レヴァイン(ソニーBMG:LC 00316)

 2005年5月1日,カーネギーホールにおけるライヴ.
 15分を越える長大な単一楽章からなる作品.その生涯にピアノ連弾曲を山のように書いたシューベルトだが,この曲はこれひとつで単独の作品だったのか,複数の楽章からなる壮大な作品の一部だったのか,はたまた・・・・・・,というもので,「人生の嵐」という表題は出版の際,出版者が付けたものである由.この演奏は,さすがにメリハリを効かせた劇的な解釈で,聴き手を退屈させない.

2009/01/13

シューマン/交響曲第2番

シューマン/交響曲第2番ハ長調作品61@フィリップ・ヘレヴェッヘ/エリゼー宮管絃楽団(ハルモニア・ムンディ・フランス:HMC901555)

 1995年1月の録音.
 とにかく,シューマンの音楽はクルマに載せて聴く気にはならないので,こうして自宅で聴くのが一番(^^;).
 この巨大なピアノ・ソナタを無理無理オーケストレーションして交響曲に仕立てような作品は,しかしシューマンの天才的なアイデアをよく伝える音楽ではある.アクセントをキツメに付けていくヘレヴェッヘの解釈が,ピアノの打鍵を連想させ,却ってこの作品の勘所を浮かび上がらせる.クーベリックのように流麗に,やわらかなアクセントで演奏されると曖昧模糊とした雰囲気は出るかもしれないけど,この作品の場合急所が即ち魅力みたいなところがあるので,何が何だかよくわからなくなっちゃうのね.

 さて,そろそろ陣形を立て直さないと(^^;).

2009/01/12

ドヴォルジャーク/ヴァイオリン協奏曲

ドヴォルジャーク/ヴァイオリン協奏曲イ短調作品53@イツァーク・パールマン&ダニエル・バレンボイム/ロンドン・フィル(EMI:5 62595 2)

 1974年7月9日から11日の録音.
 パールマンは1945年の生まれだから,録音当時30歳に達してない.バレンボイムは1941年の生まれだから,30歳を少し過ぎたあたり.それにしては,ふたりともこの演奏の落ち着き払った身のこなしはどういうものなんだか(^^;).とにかく「モノが違う」と評するしかない,堂々たる押し出しである.ボヘミア臭がどうこう,などと言ってもはじまらない.音楽としては非の打ち所が無いのではないかしらん?

2009/01/11

ワンストップサービス

 東京見聞録:都立中央図書館 新装開館に未来の姿を探る /東京 - 毎日jp(毎日新聞)

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意味不明なので,どなたか乞解説>>“ワンストップサービスを巡っては、図書館関係者に「司書が培ってきた経験の蓄積や専門性が崩れかねない」との懸念の声が上がっている。”
とコメントを付けたところ,幾人かの方からこもごもご教示を頂きました.多謝m(_ _)m

毎日の記事中で,僕が引用した箇所の下敷きになっていると考えられる,nekokeiさんご教示の【東京の図書館をもっとよくする会: 「都立図書館改革の具体的方策」に関連して、都立図書館の充実を求める「陳情」を提出】における当該箇所の主張は


ワンストップサービスは、特定分野ごとのレファレンス体制をやめて、 一箇所で全分野に渡るレファレンスに対応しようというものです。都立中央図書館の蔵書は300万冊で、 この膨大な資料を使ってレファレンスを行います。一般参考係が窓口となり、 一般参考係で対応できないレファレンスについて4つの主題室が対応しています。ワンストップサービスにすれば、現在、 各主題室で行っている高度なレファレンスサービスがなくなるので、都民サービスは低下します。従来どおり司書職員を配置して、 レファレンス・サービスはじめ利用者のサポートを維持・充実すべきです。
となっているわけです.

 うーん,やっぱりどこか釈然としない,というか,論理がつながってないような気がするのは,自分が大規模公共図書館に勤務した経験が無いからなのか(勤務先は20年このかた4人で廻してる大学図書館です),それともこのあたりに「既得権益護持」の臭い(^^;)を嗅ぎつけてしまうからなのか,いまひとつよくわかりませんが,自分の目が私心で曇ってないとすれば,一箇所で出来ないことが分散配置をすれば出来るようになる(一箇所でやるようになるとサービスが低下する),というところの論理はやっぱりよくわからないところです.

 今しばらく,考えてみることにしましょう.

2009/01/09

シューベルト/交響曲D944

シューベルト/交響曲ハ長調D944(第9番)@ジョージ・セル/クリーヴランド管絃楽団(EMI:TOCE-3508)

 1970年4月の録音.
 同じくEMIで録音したドヴォルジャークの交響曲第8番と並ぶ,セル(1897-1970)最晩年の遺産.すでに病魔に冒されていたと思しきセルは,この録音を終えた後,5月には来日公演を行ったが7月30日に死去する.

 この録音,この交響曲の演奏における,「明るい」解釈の最右翼に位置する名演である.流麗で澱みが無い.が,この復刻(リマスタリング)は酷いもの.少なくとも僕の高校時代にLPで聴いていたときの録音は,もっと優秀な,綺麗なものだったのに,音割れなどノイズが残された演奏の価値を損なっているじゃないですか.テスタメントあたりで再リマスタリング,もしくはOPUS蔵あたりでLPからダビングして発売くれませんかねえ? もったいないこと,この上ない.

2009/01/07

マーラー/大地の歌

マーラー/交響曲「大地の歌」@ヤッシャ・ホーレンシュタイン/BBCノーザン交響楽団(BBC:BBCL 4042-2)

 1972年4月28日,マンチェスターでのライヴ録音.
 春風駘蕩,68分を越えるゆったりしたテンポの「大地の歌」である.一般的には,もう少し深刻な感じの演奏が好まれているのだろうな,と思うけど,個人的にはこの作品,あまりに深刻にやられてしまうと聴いているうちに辛くなってしまうので,何となくフワッとしたこのホーレンシュタインやヨッフム/コンセルトヘボウ(DG)の演奏が好きなんですよね.

 今日は頭痛が酷いので,この辺で.

2009/01/06

マーラー/交響曲第2番

マーラー/交響曲第2番ハ短調@オットー・クレンペラー/バイエルン放送交響楽団(EMI:5 66867 2)

 1965年1月29日,ミュンヘンはヘラクレスザールでのライヴ録音.
 最初はあまり気乗りがして無いのか,という感じにもそもそと始まるのが,次第に熱を帯びてきて壮大なクライマックスを築く第1楽章以降,もうこれをナマで聴けた観客が羨ましくてたまらないほどの大演奏.途方もなく巨大なスケールでマーラーの音楽が大伽藍として再構築されるその様を,ただただ呆然として見送るのみ,である.

2009/01/05

ブラームス/交響曲第3番

ブラームス/交響曲第3番ヘ長調作品90@ヴィレム・メンゲルベルク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管絃楽団(コロムビア/ナクソス:8.110164)

 1931年5月10日の録音.貧しいながらも,勘所は何とかわかる音録り.
 もちろんメンゲルベルクらしく(^^;)緩急は細かくつけているが,基本的にはゆったりした,伸びやかなテンポの演奏.しかし,アンサンブルの練達さには今更ながら舌を巻く思い.第1楽章の展開部など,リズムの合わせなど実に見事なもの.終楽章でも,刻みには余程やかましかったに違いない.

 ときに,1面当たりの録音時間が短いSPで第1楽章の繰り返しを敢行しているのは珍しいのかな? 同時期のSP録音を聴く機会に恵まれないのでよくわからない.繰り返しの無いヴァインガルトナーの録音はメンゲルベルクより随分後のものだし,ストコフスキーのSP録音は聴いたことがないし.そのうち,聴く機会もあるだろう.

やっぱり,新しい酒は新しい皮衣に入れるべき?

 大方の抱負が出揃ったところで僕が書くのもナニですが(^^;).
 今年は「今年の抱負」というより,昨年来継続中の「古い皮衣に新しい酒を入れる」思考と試行と実践(貸出しカウンターのサービスだけが「実践」じゃないのよ.モノを考え,文章を書くのも大切な実践)を更に煮詰めて行く方向です.今年も「隙間産業」狙っていきます.

 ・・・・・・が,この調子で行くと,ますます考えることが「図書館」から離れていきそうで(^^;).いわゆる社会とか組織とか,総体の中において「図書館」という個を,どのように,どこに位置付けていくかを捉えなおすこと,が昨年から継続しているテーマですから,「図書館」そのものを考えることからは,相当な部分距離を置くことになるかもしれないな,と.少なくとも,「公共図書館」について『市民の図書館』の劣化コピーの如き,これまでの成功体験と視野狭窄なフェティシズムに拘泥した文献を読むことは,考える時間の無駄なので出来るだけ避けたいところです.

 真面目な話,「第二次大戦後の日本における公共図書館の失政と失敗」をまとめた文献があれば,読んでみたいですね.失敗の分析をしない(出来ない?)ことにおいては,旧帝国陸海軍と日本図書館協会と何処が違うんだか,知りたいものです.


 ところで,山陰中央新報だったか日本海新聞だったか,数日前島根県にいた際に読んだ新聞に公共図書館のことを常世田良さんが述べている記事(共同通信の配信記事?)が掲載されていましたが,どうしたことか氏名が「常世田 良」と切るべきところを「常世 田良」と切ってありましてorz 公共図書館業界であれだけ有名な方でも,斐川町図書館があれだけ業界内で有名になった島根県でも,一般的な認知度(新聞記者の認知度は一般人の最大公約数でしょう?)はこんなものかと暗澹たる気持ちになりましたことですよ.

2009/01/01

本年もよろしくお願いします


「重要なのは,その人間が必要とするレベルの設定で,なにもかもが同じレベルである必要など,まったくない.」

『浮上せよと活字は言う』橋本治(平凡社ライブラリー)


本年も旧年同様,よろしくお引き立てのほどを.

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