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「貸出至上主義者」度チェックβ版

民間図書館らしい企画を生み続けた船橋北口図書館を助けて下さい!(岡直樹) - READYFOR?

ココログ


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2008年2月24日 - 2008年3月1日の記事

2008/03/01

ブラームス/ピアノ三重奏曲第3番

ブラームス/ピアノ三重奏曲第3番ハ短調作品101@アルトゥール・ルービンシュタイン,ヘンリク・シェリング&ピエール・フルニエ(RCA:BVCC-8843/8844)

 1972年9月4日から10日にかけての録音.
 現在,勤務先で蔵書点検(専門用語ですね.平たく言えば「棚卸し」)をやっているところですが,何故かこの曲のポケットスコア(オイレンブルク版)が行方不明本で出て来まして.そこで探索隊を派遣したところ,見つけてきたスコアの表紙には「E♭ major(変ホ長調)」と表記してあったという(^^;).で,標題紙には「C minor(ハ短調)」と.確かに,ハ短調も変ホ長調もフラット(♭)3つですけどねえ(-_-;).僕が最初に捜索しに行ったときは「E♭ major」に騙されて,違う作品のスコアだと思い込んでしまったわけだ.
 生半可な知識ばかり持っているから,こういうミスをしでかすことになります.要注意ですね.

 この録音は1975年にグラミー賞(実はクラシック部門があり,USA在住の演奏家がよくもらっている記憶がある.晩年のバーンスタインがグラミー賞で挨拶しているのは見たな.フィーバーする観客を二度手を上げて押さえて「二度で静まった.私もまだ,指揮者として認識されているな(^^;)」一同爆笑)を受賞した録音なんだそうで,どうもブラームスとグラミー賞という組み合わせがしっくりこないのだが(^^;),演奏もブラームスにはいささか輝かしすぎるような気がする.大物3人ががっちり組んだ,アンサンブルもよい演奏なのだが.

2008/02/29

芥川也寸志/エローラ交響曲

芥川也寸志/エローラ交響曲@湯浅卓雄/ニュージーランド交響楽団(ナクソス:8.555975J)

 2002年1月29日から31日の録音.
 CDの解説書(片山杜秀執筆)に拠れば.何やら,非常に小難しいことを前提に聴かなければならないらしい,15の断片からなる,20分もかからない交響曲である.確かに小難しい顔をした作品だが,ストラヴィンスキーやプロコフィエフを聴いた耳なら,それほど音楽自体を楽しむには困らないだろう,と個人的には思うところ.芥川の音楽は,まるで体操競技の床運動のような,音とリズムの運動と饗宴に,どの作品でも聴かれる芥川の専売特許のような不思議な音色(これは,どのような理屈で作られているのか楽典に疎い僕にはよくわからない)を楽しむもので,小難しい理屈抜きでも充分に楽しめる(はず).

 図書館情報学的なモノ書きは,先月から今月にかけて少々放電し続けたので,ここらで充電期間に入ります.何か刺激されたら,放電があるかもしれないけど基本的に3月一杯充電しようと考えてますが,さて上手くいくでしょうか(^^;).

2008/02/28

シェーンベルク/浄夜

シェーンベルク/「浄夜」作品4(絃楽合奏版)@ヘルベルト・フォン・カラヤン/ベルリン・フィル(DG:457 721-2)

 1973年12月の録音.
 カラヤン最高の遺産のひとつである,新ヴィーン楽派管絃楽曲集の1枚ですが,しかしそのカラヤンを以ってしても,僕にはシェーンベルクはいまひとつピンと来ない作曲家なのですね(^^;).何しろ好きなのは室内交響曲第1番と「モーゼとアロン」という,随分と両極端な方向の2作品くらいで,初期の「浄夜」「ペレアスとメリザンド」「グレの歌」など,どうもよくわからない.ましてや「ピエロ・リュネール」や「管絃楽のための変奏曲」はさっぱり,ということになります.
 で,そのよくわからない「浄夜」を,カラヤンが全盛期のベルリン・フィルを完璧に練り上げて,官能的な演奏を繰り広げているこの録音.カラヤンという指揮者は,徹頭徹尾音楽の外側に立つことによって,逆に音楽の持つ内面を音楽自身により勝手に浮き上がらせようという戦略をとった指揮者ですが,ここでもその解釈は変わらず,それが却ってこの演奏の凄みを際立たせることになります.この手は,カラヤンくらいオケのアンサンブルを練り上げる才能のある指揮者でなければ出来ない芸当でしょうcoldsweats01

2008/02/27

ブラームス/セレナーデ第2番

ブラームス/セレナーデ第2番イ長調作品16@クラウディオ・アバド/ベルリン・フィル(DG:00289 477 5424)

 1967年11月の録音.
 今日は,昨日の胃痛はかなり改善したものの,今月末締め切りのモノを抱えていて,しかもそれが残り1箇所で閊えてしまっているため,今日も生存報告のみで遁走させていただく.
 ・・・・・・「資源」の元ネタは何だったっけ(-_-;)?

2008/02/26

マーラー/交響曲第10番(クック版)

マーラー/交響曲第10番嬰ヘ長調(クック補筆完成版)@ミヒャエル・ギーレン/南西ドイツ放送交響楽団(ヘンスラー:CD 93.124)

 2005年3月17日から19日の録音.
 今日は図書館だの歴史だの,朝からいろいろと書きたいことがあったのだけど,昼から猛烈な(と言うほどでもないか)胃痛に苦しめられているため,何をするにも集中できない.本を読むことさえやっとなので,取り敢えずは生存証明だけして遁走します.また明日m(_ _)m

2008/02/25

ブラームス/交響曲第4番

ブラームス/交響曲第4番ホ短調作品98@エルネスト・アンセルメ/スイス・ロマンド管絃楽団(デッカ:UCCD-3046)

 1963年3月の録音.
 一体アンセルメ(1883-1969)の独墺系音楽の演奏は,仏露系のそれほどの評価はついぞ得ず仕舞いだったようだが,ここに聴くブラームスの録音はなかなかどうして,侮り難いモノである.元来が数学者で,指揮者になるについて相談した相手がアルトゥール・ニキシュとフェリックス・ヴァインガルトナーであったことを考えると,精密機械のようなブラームスの音楽は,アンセルメの肌に合う独墺系の音楽であったような気がする.タメが無い(歌い込みが浅い)のが難ではあるものの,ベートーヴェンの録音(の一部)に聴かれるような違和感は,このブラームスには感じられない.

 ・・・・・・今日は仕事のせいか右手首が痛いので,この辺で.

2008/02/24

「図書館の自由に関する宣言 20××年改訂」の可能性

葦岸堂之日々是日々: 練馬の貸出履歴保存一件、回答書

相変わらず,このblogの中の人らしい皮肉と「政治」的センスにすぐれたエントリーです.悔しいけど,追いつきたくても追い越せないのが正直なところで(-_-;).


この辺り、こうした「図書館の自由」の原則に基づく発想を<古い><昔の基準を引きずっている>とする批判の論調がネットでは見られますが、「9・11」以後のアメリカ合衆国で起こっている事態として現在的な問題なんですけどね。「WEB2.0」はそういう社会性・歴史性をどう媒介しているんでしょうか? ネット論議を見る限りではどうにも読み取れません。
まったく,そう思うなら,まず自らが範を垂れよ,と嫌味のひとつも言いたくなるのですけどね(^^;).彼のヒトは,自らが取り上げた問題に対しては,既に自分で何らかの答をはじき出していながら,それを明示することなく,それを「謎」としてボールを投げ返すヒトですから.

 それはさておき,例の「図書館の自由に関する宣言1979年改訂」には,わざわざ「1979年改訂」という言葉が付されている,この意味は案外重要なんじゃないかと思うわけですよ.つまり,これを制定された先人も,この宣言が永久不滅の「不磨の大典」だとは考えていなかったひとつの証左にはなるだろうと.で,「1979年改訂」の理念なり内容なりが「古い」かどうかの当否はともかく,それがいま現在の状況に反応し得ているのかどうか,については,多少なりとも考える余地はあるのではないかい,と思うのですが,どんなものなのでしょうね.

 例えば,誰かが言及していたように,日本図書館協会における「貸出業務へのコンピュータ導入に伴う個人情報の保護に関する基準」が1984年5月25日という日付で採択が行われた後,20年以上そのまま据え置かれて見直された形跡が無いことなど,明らかに技術の進歩が(いい意味でも悪い意味でも)「基準」を置き去りにしてしまっている現状というのは,やはり日図協の詰めが甘い,と言われても仕方が無いんじゃないかと思いますよ.そこで,僕は何処かのエントリーでレコメンドサービスについて述べたついでに「図書館側ではなく,利用者が自らの履歴をコントロールできるシステム」について,そこはかとなく言及したような気になってますが,それについては,もう少しはっきりと書いた方がよいのでしょう.

 ただですねえ,自分が過去に何を借りたかを確認したい利用者って,想像以上に存在するぞ,というのがこの仕事をしていての実感でもあるわけで,少なくとも利用者の「希望」を選別し,あれは可だけどこれは不可,とするのに,「みんなの図書館」2月号掲載の「図書館は利用者の秘密を守る」(21-26頁)に見られるような官僚的発想は採用したくないんですよねえ(^^;).【葦岸堂之日々是日々】の中の人なら,それが法治における正解と言いそうですが,それならば「自由に関する宣言」の新たな改訂を視野に入れることもまた,問題ないと思うのですがね.


 ・・・・・・何だか,自分で書いていて何が言いたいのだかわからなくなってしまいましたが,取り敢えず未整理のまま,後考のためにここへ放り出しておきます.

チャイコフスキー/交響曲第6番

チャイコフスキー/交響曲第6番ロ短調作品74「悲愴」@セルジュ・チェリビダッケ/ミュンヘン・フィル(EMI:5 56523 2)

 1992年11月14日と16日のライヴを編集したもの.
 チェリビダッケのブルックナーは,シュトゥットガルトからミュンヘンに移ってテンポが格段に遅くなったものだが,ロシア音楽についてはシュトゥットガルト時代からテンポが遅いことが知られていた.NHK-FMでシュトゥットガルトでのチャイコフスキーの5番と,リムスキー・コルサコフの「シェヘラザード」が放送されたとき,既に両曲ともに50分を超える演奏で,その日の番組が(当時は午後8時から10時までの2時間番組)この2曲で終わってしまったことは,もう何度か書いたような気がする(^^;).

 この「悲愴」もその例に漏れず,前後の拍手を除いても60分近い時間をかけて,峻厳に演奏している.多分にロシア風というよりはゲルマン風な解釈なのだろうが,絃の美しさもさることながら,金管の嚠喨たる音色が印象的な演奏である.

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平成23(2011)年東北地方太平洋沖地震

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