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「貸出至上主義者」度チェックβ版

民間図書館らしい企画を生み続けた船橋北口図書館を助けて下さい!(岡直樹) - READYFOR?

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2008年8月24日 - 2008年8月30日の記事

2008/08/30

ヴァイル/小さな三文音楽

ヴァイル/小さな三文音楽(抜粋)@オットー・クレンペラー/ベルリン国立歌劇場管絃楽団(ポリドール/アルヒフォン:ARC-121/125)

 1931年の録音.
 クレンペラー(1885-1973)と言えば,晩年にフィルハーモニア管絃楽団(ニュー・フィルハーモニア)を振って残した録音から,大曲を雄大かつ剛直に振る巨匠,の印象が強いが,ナチが政権を掌握する前のベルリンではクロール・オペラというベルリン市第3の歌劇場を舞台に,様々な前衛音楽を戦闘的に上演する指揮者であった.この録音は,クロール・オペラが当局の圧力により閉鎖されたその年の録音である.

 これが何というか,ヴァイルの音楽が当時どのように解釈され,演奏されていたかを伝えるだけではなく,ゲオルク・ヴィルヘルム・パプストによる映画「三文オペラ」などが伝える,ヴァイマール共和国当時の雰囲気をよく伝えてくれる演奏であることに驚かされる.ここでのクレンペラーは鈍重どころか,実に軽快に音楽を奏でている.

 録音を主体にクラシックを聴いていると,どうしても「昔の指揮者はよかった」的な懐古趣味に陥りがちだが,この録音を評価するのは,ヴァイマール共和国に関する「歴史の証言者」としての価値を聴き取ることが可能であることによるところも大きい.大変に貴重なドキュメントである.

2008/08/29

「県立図書館」私論

asahi.com:県立図書館「3連覇」-マイタウン岡山
http://mytown.asahi.com/okayama/news.php?k_id=34000000808200002

はてなブックマーク - asahi.com:県立図書館「3連覇」-マイタウン岡山
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://mytown.asahi.com/okayama/news.php?k_id=34000000808200002

 『市民の図書館』においては,「県立図書館」は否定すべき対象なんですよね(14頁等).存在そのものが,ほぼ黙殺されています.「図書館の組織網」に一章を割いておきながら(95頁から),そこには相互貸借の対象として「県立図書館」は登場しませんし,もちろん「デポジット・ライブラリー」的な構想も無い.『市民の図書館』信者にとって「県立図書館」が市町村立図書館のバックアップやデポジット・ライブラリーではなく,単なる等価な公共図書館のひとつに過ぎない存在であることは,例えばケペル先生が兵庫県立図書館に来館者への直接貸出を実施させるべく圧力をかけ,実現したことを誇らしげに書いている(ケペル先生のブログ: 兵庫県と全国図書館大会)ことからも明らかですが,これからもそれでいいのでしょうか.

 実は『中小都市における公共図書館の運営』(中小レポート)にも「図書館協力」(202頁から)という項目があるのですが,そこでは県立図書館の役割が,当時の思想的な限界はあるものの,明示されているのですね.そこには不充分ながらもデポジット・ライブラリーの構想の萌芽も認められます.ですから,『市民の図書館』における県立図書館の黙殺は,『中小レポート』の思想と構想から見ると「裏切り者」(^^;)である可能性が大きいのですよね.少なくとも,県立図書館の役割に関する限り,県立図書館を否定し黙殺した『市民の図書館』は『中小レポート』の正当な後継者とは言い難い.『中小レポート』の思想と構想から考えれば,予算が少ないという点は問題視されても,兵庫県立図書館の「図書館の図書館」という開設当時の構想はそれなりの正当性を持っています.県立図書館が市町村立図書館と単に等価であっては「県立図書館」の意味が無いはずなのですが,ケペル先生たちは何を血迷ったんでしょうかね.

 というわけで,県立図書館が「個人貸出冊数」の多寡を競い合う状況というのは,「県立図書館」に『市民の図書館』の思想が,その固有の役割を無視して投影されているということであり,相互貸借という公共図書館のネットワーク(組織網)を破壊することにつながりかねない,危険な認識が業界の内外にはびこっているということになるのではないかと.特に『市民の図書館』の思想と構想の限界(貸出至上主義はポピュリズムを蔓延らせ,結果的に新自由主義を公共図書館に持ち込み,公共図書館の成長を疎外するばかりか,「良い公共図書館」の指標たりえない)が既に明らかになっている現況においては.

マーラー/交響曲第1番

マーラー/交響曲第1番ニ長調@ミヒャエル・ギーレン/南西ドイツ放送交響楽団(ヘンスラー:CD93-130)

 2002年6月11日から13日の録音.
 現在,オケの名称は改称したようですが,当blogは慣れ親しんだこの和訳でいきます(^^;).

 70歳を過ぎたあたりから,ギーレン(1927-)の演奏は巨匠風になった,と言えば聞こえはいいが,テンポが遅くなり切れ味が鈍くなり,以前のような妖刀の切れ味は失われつつあると感じるときがある.それ故か,この録音も万人受けしそうな風味に仕上がっている.50代の頃に録音していたら,こうはならなかったんじゃないかなあ? 過多になりがちな感情を排した,乾いたところが如何にもギーレンらしいところではあるのだが.

2008/08/28

識見と功名

能盛功名者,識也.天下孰有本不足而末有餘者邪?
『三国志』魏書巻10「荀彧伝」斐松之注『荀粲伝』(何劭著)にある傅嘏の言葉.

(仮訳)
よく功名を成すものは識見です.天下において根本が不足しているのに,末端が有り余るなどということがありましょうか?

2008/08/27

純化路線で「衰退するコミュニティ」

 「図書館雑誌」2008年8月号(102巻8号)の「2008年度定期総会議事録」570頁から.


指定管理者に雇ってもらいたいという考えの司書が会員になると,協会と違う考えや意見も出てくるように思うので心配なのだが,どうか.
なるほど,「図書館の自由」を宗教だと指摘する考え方や,僕が『市民の図書館』を正典だと指摘することを,そっくり裏付けてくれる発言ですね.こーゆう発想のヒトが考える,公共図書館における「多文化サービス」とか「異文化との共生」って,どんなものなのだか,すこぶる興味があります.

 それもさることながら,斯様な意見が出ること自体,図書館業界(就中公共図書館関係者)が公共図書館を必要としてきた近代市民社会の支柱であるオールド・リベラリズム(古典的リベラリズム)の精神を失いファシズム化していること,そしてこの業界が既にアンソニー・ギデンズ言うところの「衰退するコミュニティ」になっているのだな,と強烈に実感させられるところです.あるところで「○○への招待」と称する布教本(^^;)のリストを見たときもそう感じたのですが,こういう発想の方々には,考え方の異なる人間が隣りに存在することによって対話が発生し,そこに議論が生まれて状況が活性化される,という視点はないのでしょうか?

 ・・・・・・ないのでしょうね.

2008/08/26

ブラームス/ヴァイオリン・ソナタ第1番

ブラームス/ヴァイオリン・ソナタ第1番ト長調作品78@シェロモ・ミンツ&イタマール・ゴラン(AVIE:AV2057)

 2003年10月から11月の録音.
 DGで派手に売り出されたものの,尻つぼみの感があって何時の間にやらメジャーから消えていたミンツが,実にいい音楽を奏でるヴァイオリニストに変貌しているのであった.昔から指摘されていた,音が籠り気味なのは相変わらずだが(使用している楽器のためらしい),ここではブラームスの,それもソナタであるから,その音色がよく音楽にあっている.

 ・・・・・・この渋さがわかるようになったのは,恐らく自分が年をとったからなんだろう,と思うとちょっと寂しい気がしないでもない.

「ともんけんウィークリー」始まる

ともんけんウィークリー
http://tomonken-weekly.seesaa.net/

 えーと,今日は紹介だけです(^^;).他のblogで紹介されているようでもないので.今後,どのような展開が見られるのか,楽しみにしていますよ.非会員として.

2008/08/25

指定管理者委託から直営に戻した,ある公共図書館のこと

 休暇を利用して,いろいろと本を読んだり情報を仕入れてきたりしたわけですが(^^;).

 で,近頃「指定管理者委託」を「直営」に戻して「英断」とか何とか業界内で讃えられている(?)S県Y市の公共図書館について,裏口(^^;)から調べてきました.何でも「アルバイトが集まらなかった云々」という噂を聞き及んだので,まずはその真偽を確認してみると,そういうことはあったそうですわ.

 その理由がまた人間味臭い話で,何でも学校図書館に回るべき,例の地方交付税交付金がY市では学校図書館に回らなかったため,当該地域でその方面に影響力のある学校司書さんが市長とこの件でやりあった挙句にY市の学校を辞めて隣町の学校に転出してしまい,そのシンパの方々や,その話を聞き及んだ方々が「あの市では働きにくい」と公共図書館の募集を敬遠したためヒトが集まらなかった,のだそうです.
 その結果,止むを得ず大層な理由(?)を付けて直営に戻さざるを得なかったというわけ.

 つまり,別に「英断」でも何でもなく,市長とその側近が上手く情報を集めることも出来ず,人材を活用することも出来なかった,という,いわゆる「頭のいい」「腕力のある」政治家による側近政治にありがちな落とし穴に,彼の市長もまた,はまってしまったということでございました(^^;).それがたまたま公共図書館で噴出した,というだけのことで,公共図書館の未来に対して市長が偉大なことを成し遂げたわけではございませんのでご注意を,とのことでした.

2008/08/24

J.S.バッハ/前奏曲とフーガ変ホ長調

J.S.バッハ/前奏曲とフーガ変ホ長調BWV552(シェーンベルク編曲)@小澤征爾/ボストン交響楽団(フィリップス:PHCP-10534)

 1989年10月の録音.
 J.S.バッハの生前,「クラヴィーア練習曲集」第3巻としてまとめられ出版された曲集(「ドイツ・オルガン・ミサ」とあだ名された)の冒頭を飾る前奏曲と,掉尾を飾るフーガ(通称「聖アンのフーガ」)を組み合わせた,雄大かつ豪壮華麗なオルガン曲を,アーノルト・シェーンベルクがこれまた壮麗に編曲した作品.通例,ストコフスキーのバッハ編曲に異議を申し立てる人々が,この壮麗な編曲には何も言わないのが不思議なほど,華やかな編曲である(^^;).
 フィリップスで録音するようになった後の小澤の演奏は,音色については期待できないので,ここでは専ら音楽のにぎやかさを楽しむことにしよう.

 ボチボチ,blogの更新を再開します.10月末までは,あれやこれやで更新が止まるときもあるかと思いますが,またよろしくm(_ _)m

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