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2008年7月6日 - 2008年7月12日の記事

2008/07/12

ショスタコーヴィチ/チェロ・ソナタ

ショスタコーヴィチ/チェロ・ソナタニ短調作品40@ペーター・ウィスペルウェイ&デジャン・ラジツェ(チャンネル・クラシックス:CCS 20098)

 2002年9月の録音.
 ショスタコーヴィチはヴァイオリン,ヴィオラ,チェロのために1曲ずつソナタを書いているが,このチェロ・ソナタだけが初期(1934年)の作品になる.作品番号でいくと交響曲第3番(作品20)と交響曲第4番(作品43)の間の,もっともモダニスティックでアヴァンギャルドな時代の作品で,ピアノ協奏曲第1番(作品35)に通じるラプソディックな雰囲気もある一方で,アヴァンギャルドな方向は抑えられて,新古典主義的な方向を示しているようでもある.
 ウィスペルウェイは,要所を押さえた好演.

2008/07/11

マーラー/交響曲第7番

マーラー/交響曲第7番ホ短調@ロリン・マゼール/ヴィーン・フィル(ソニークラシカル:SX14X 87874)

 1983年の録音?
 例の如く,「健康的な作曲家マーラー」を標榜するマゼールの演奏,マーラーとしては全く面白くない(^^;).この録音でも,何か作業をしたり思案をしながら聴くには適しているだろうし,劇伴にはなかなかよろしいだろうけど,マーラーを聴こうと思ったら聴かないほうがマシ.とは言え,クルト・マズアの「録音しなかったほうがマシ」な録音(ドイツ・シャルプラッテン)よりは,ヴィーン.フィルの美音が聴けるし,マゼールが時々クスグリを入れる(^^;)ので,マズアほど資源の無駄,ということはない.
 マゼールなら,もう少しハチャメチャなことをやってもハマると思うんだけどねえ(^^;).

2008/07/10

ベートーヴェン/交響曲第6番

ベートーヴェン/交響曲第6番ヘ長調作品68「田園」@オットー・クレンペラー/フィルハーモニア管絃楽団(EMI:7 63358 2)

 1957年10月の録音.
 何だか昨日今日,突然「田園」が聴きたくなったんだけど,あまり好きな曲じゃないのが災いして,あまりCDの持ち合わせが無いのね.悠揚迫らぬテンポのものがいいので,昨日はプフィッツナー(ポリドール/プライザー)を聴いていたんだけど,これは以前当blogで取り上げた記憶があるので,今日は普段ほとんど聴かないクレンペラーの「田園」を引っ張り出す.
 「格調高い」とは,まさにこのような演奏を言うのであろう.意外に音色がふくよかで,第5や第9で聴かせる,禁欲的で剛毅な印象からは若干遠い.もちろん,アンサンブルは素晴らしいもので,すべてがクレンペラーの意思の下に統一されているのだが,「田園」の音楽にクレンペラーの方が歩み寄っているような演奏である.

2008/07/09

アイヴズ/交響曲第2番

アイヴズ/交響曲第2番@マイケル・ティルソン・トーマス/アムステルダム・コンセルトヘボウ管絃楽団(ソニークラシカル:SRCR8519)

 1981年8月24,25日の録音.
 実はアイヴズ(1874-1954)は好きな作曲家のひとり.特に,この底抜けに明るくたくましい第2番は名曲だとおもうのだが,オーマンディ(BMG),ティルソン・トーマス,シャーマーホーン(ナクソス)と録音によって微妙に音楽が異なるのが,さすがにニコリともせず斜に構えて,音楽と文章で謎をころがしまくったアイヴズらしいところ,のような気がする.
 誰ですか,「斜に構えてる」ところが好きなんだろ,などと言っているのは(^^;).


 あ,そうそう,何でもいいけど,最近,サイドバーの書影が落ちるのは何故ですか>>ココログ運営者?

2008/07/08

「レファレンス・サービスを促す図書館施設計画」ですか(^^;)

レファレンス・サービスを促す図書館施設計画について考えよう - かたつむりは電子図書館の夢をみるか
http://d.hatena.ne.jp/min2-fly/20080704/1215189635

 min2-flyさんのこのエントリーに付けた,僕のブクマに星が3つも付いているのは,ひょっとして回答を期待されているのかしら(^^;).と,勝手に解釈して回答を書いてみましょう.この回答,どの程度40過ぎの頭が硬くなっているかを確かめる,リトマス試験紙みたいなものかもしれませんね.


問い.


「これからの図書館像」にあるような「レファレンス・サービスの(充実と)促進」を実現するための図書館施設について考えよう

回答.

 一応,公共図書館を前提に.
 最初に考えたのは,対人サービスとしてのレファレンス・サービスということで,レファレンス・デスクがユーザーの動線上に存在する必要がある,ということ.ユーザーによる図書館員への質問は,わざわざデスクに出向くよりも館内で作業している図書館員へ質問するほうが質問しやすい,という経験則を説くひとが多いことを考えると,図書館内でわざわざ足を向けなければいけない位置にレファレンス・デスクがあるのは適切な配置とはいえないと考えられる.
 また,持込と据置とにかかわらずweb端末を利用するユーザーは今後増加することこそあれ,減少に転じるとは考えにくいので,web端末を利用できる設備(電源,有線LANを確保できる机,無線LANなど)は必須になるだろう.また,これは直接施設とは関係無いが,今次の図書館法改正により第三条一項に「電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によつては認識することができない方式で作られた記録」が図書館資料に加えられたことにより,商業データベース,電子ジャーナルの無料提供が公共図書館に求められるのは必定であることから鑑みても,web環境の整備が不用であるはずが無い.
 とはいえ,歴史,文学の研究を中心に,資料として紙媒体(活字資料)群が今なお重要な役割を担っている分野があり,また自然科学分野においても何がしかの紙媒体群が「参考図書」として必要であることもまた,ここでくだくだと述べるまでも無く明らかなことであると考える.
 個人的には「ハイブリッド・ライブラリー」という機能は,ユーザーがweb資料と紙媒体資料をハイブリッドに使いこなせて(^^;)はじめて成立するものであると考えるので,そのようなユーザーが来館するとすれば,当然web媒体と紙媒体の間を往復しながら課題解決を図る,という行動を示すものと思われる.そこで,web媒体と紙媒体の間にレファレンス・デスクを配置し,ユーザーの動線上にデスクが存在するような施設の配置を考えるのが適当ではないだろうか.

Photo

「作業机群」と書いたが,実態は持込・据置双方を含むweb端末のスペースになるだろう(もちろん,紙と鉛筆によるユーザーを排除するものではない).出入口からレファレンス・デスクまでの間に空間があるのも,来館後まっすぐレファレンス・デスクに尋ねてに来るユーザーを想定してのものである.

以上


 さて,すっかり硬くなっているか,それとも少しは柔らかなところが残っているか,この頭? 自分では判断できませんわ(^^;).
 それにしても,まだ駆け出しの頃(いや,今でも「駆け出し」は駆け出しですか),ある老図書館人から「図書館建築の思想的な寿命は20年がいいとこ」と言われたことが,築40年を超えた建物に勤務していると,実に納得できます(^^;).先日の耐震補強に伴う改装で壁が増えて職員,ユーザーともにますます使いづらくなってしまい,この回答のような施設は夢のまた夢です.ル・コルビュジェじゃないけど,図書館建築の理想は「白い箱」だよな,と思う今日この頃ですよ.
 お目汚しでしたm(_ _)m

シューベルト/グランド・デュオ

シューベルト/ピアノ連弾のためのソナタハ長調D.812@ヤーラ・タール&アンドレアス・グロートホイゼン(ソニークラシカル:SRCR 1677-1678)

 1995年6月26日から30日の録音.
 シューベルトの作品は,その早すぎた晩年に向かって大曲であればあるほど,どんどん長くなっていくのだが,1824年に作曲されたこのソナタも長い長い(^^;).全曲を演奏するのに40分かかる(最晩年の作品である連弾曲「人生の嵐」D.947にいたっては17分前後かかる.これが4楽章のソナタだったら全曲演奏するのにどれだけかかったことか).その大きさゆえにたびたび「交響曲の下書き」説が唱えられるが,どうも聴いているとピアノ曲として作られたとしか考えられない技巧がこらされているように聴こえるので,これはやはり原曲のとおりがシューベルトの意図だったのだろう.
 規模からすると,理由も無くベートーヴェンの「ハンマークラヴィーア」のようないかめしい音楽だと思われるかもしれないが,シューベルトの連弾曲はほとんどが作曲家と友人が楽しんで弾くことが目的のハウスムジークのようなものであり,この作品もその例に漏れない.翳りはあるがそれほど深刻なものではなく,作品の彩り程度のものにとどまる.全体的に温かみのある,おだやかで明るい作品である.

2008/07/07

ドヴォルジャーク/新世界より

ドヴォルジャーク/交響曲第9番ホ短調作品95「新世界より」@西本智実/ブダペスト・フィル(キング:KICC694)

 2008年3月29日から31日の録音.
 「新世界」に関しては当方,カレル・アンチェル/チェコ・フィル(スプラフォン)を中心に,右にはフリッチャイ/ベルリン・フィル(DG),左にはポール・パレー/デトロイト交響楽団(マーキュリー)という両極端を判断の座標に据えている.西本の演奏はアンチェルとフリッチャイの間の線.もう少し豪快に振るのかと思っていたら,意外にそうでもない(^^;).アンサンブル重視の,丁寧な演奏である.それも楽章を追うごとにドライヴが慎重になっていくので,終楽章があまり盛り上がらないように聴こえるのは気のせい? 

 あのクルマのCMから受けた印象のおかげで,豪快かつ躍動感溢れる演奏をこちらが期待しすぎたのかもしれない.単に作品と相性がよくないだけなのかもしれないが,残念ながら「悲愴」や「革命」ほどはおススメできない.

2008/07/06

ショパン/ピアノ協奏曲第1番

ショパン/ピアノ協奏曲第1番ホ短調作品11@ダン・タイ・ソン&フランス・ブリュッヘン/18世紀オーケストラ(フレデリック・ショパン協会:NIFCCD004)

 2005年9月8日,ワルシャワのフィルハーモニー・コンサート・ホールでの録音.

 ここでダン・タイ・ソンが使用しているのは1849年(まさにショパンが没した年だ)製のエラール.このCDを購入したのは,古楽オケと古楽器によるショパンの協奏曲だったから.そして先日こんなことを書いたにもかかわらず,このCDを購入する気になったのは,春秋社のPR誌「春秋」2008年6月号掲載の「コンサートをつくる-「静岡文化芸術大学の室内楽演奏会」全三回を終えて-」(小岩信治)が頭の片隅に引っかかっていたからだろう.その演奏会の中で,ショパンのピアノ協奏曲第1番のピアノ六重奏版(ピアノ+絃楽五重奏)が取り上げられているのだが,そこでは浜松市楽器博物館が所蔵している1830年製のプレイエルが用いられて,演奏の上で相当な効果を挙げたことが紹介されている(なお同内容のCDも発売されている由).

 確かにオケも薄いが,ピアノも同程度に響かない.というより,オケが強奏するとピアノが霞んでしまう(^^;).なるほどショパンは,このような響きを想定してこの協奏曲を作曲したのだろう.とは言え,このエラールの響きがショパンの音楽には物足りないこともまた確かで,そう思ってしまうことが既に近代のピアニズムに絡め取られてしまっているのも承知の上で,やっぱりこの曲では輝かしいピアノの音色を聴きたくなってしまうのである.困ったものだ(sigh).

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