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ココログ


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2008年6月22日 - 2008年6月28日の記事

2008/06/28

J.S.バッハ/無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番(シューマンによるピアノ伴奏付き)

J.S.バッハ/無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番ニ短調BWV1004(シューマンによるピアノ伴奏付き)@ジャン=ジャック・カントロフ&ゴードン・バック(ナショナル・トラスト:CD 010)

 1996年9月26日と27日の録音.
 ご存知,あの「シャコンヌ」を含むバッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータに,ローベルト・シューマンがピアノによる伴奏を付したという,少々風変わりな作品(?)の録音.ここでのシューマンは,バッハの音楽には手を加えずに,ピアノで音楽を補強した,ということであるらしい.シューマンはバッハの無伴奏チェロ組曲やパガニーニの「24の奇想曲」作品1でも同様のピアノ・パートを付けている(パガニーニはデイヴィッド・ギャレットというヴァイオリニストがDGに24曲中,23曲を録音しているのを聴いたことがある.あの有名な主題を持つ24番のみ本来の無伴奏で録音しているのはヴァイオリニストの矜持なんですかね).全体的にピアノは控え目で,何のためにピアノを追加したのか,実のところよくわからない(^^;).

 まあ,作品は単に珍しいものを聴いた,という程度のもの(カントロフのヴァイオリンはさすが)だが,最後の「シャコンヌ」で俄然,ピアノが分厚く鳴り響く箇所があるのが如何にもシューマンらしい(^^;)ような気はする.

2008/06/27

ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ嬰ハ短調

ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ嬰ハ短調作品27の2(第14番)@ルドルフ・ゼルキン(ソニークラシカル:SRCR 1534)

 1962年12月の録音.
 中学生のときに初めて聴いた「月光」がこれで,そのままこれが「月光」の規範になって現在に至る(^^;).とにかく「鮮やか」の一言に尽きる演奏で,音は何処までも澄んで輝かしく,終楽章も完璧な技術を以って十全の響きである.これや「熱情」を聴くにつけ,全盛期のゼルキンが,ベートーヴェンのソナタをすべて録音し残さなかったことが残念でならない.

「大阪府立国際児童文学館廃止に反対するパブリックコメント」について

 既に報道等で伝えられているように,大阪府立国際児童文学館は現在,橋下徹府知事による『大阪維新』プログラム(案)中の財政再建プログラム試案 に基づく公の施設の方向性により,一方的に施設の廃止・大阪府立中央図書館への移転・統合という名のコレクションの解体,という未曾有の危機に直面しています.1984年,国際児童年を期に12万冊のコレクションを寄贈した鳥越信氏が未だご健在であるにもかかわらず,これまでの功績へのリスペクトも感じられぬ府知事により,大阪府が貴重な資産を失おうとしているのは残念を通り越して言葉がありません.

 この事態に対して危機感を抱いた方が,僕の関心をそちらに向けてくれたおかげで,この前代未聞の暴挙が行われることについての理解を深めることが出来,その危機感からパブリックコメントを作成,送付しました.急いで書き上げたものなので,制限字数を超過してしまい,3分割して送ったために文章が一部重複しております上に,数字の間違いなどもありますが,大局は外していないつもりです.大阪府立国際児童文化会館存続のパブリックコメントを推敲するために,当blogの読者の方で必要とされる方がいらっしゃいましたら,ご自由にお使いください.

大阪府立国際児童文学館廃止に反対するパブリックコメント(その1)
大阪府立国際児童文学館廃止に反対するパブリックコメント(その2)
大阪府立国際児童文学館廃止に反対するパブリックコメント(その3)

 そもそも成立する上で思想の異なる二つの施設を,単に活字媒体を扱っているからという理由で統合するのは,府立中央図書館にとっても迷惑この上ない愚挙です.公共図書館業界関係者のみなさまも,府立中央図書館を守るためにも大阪府に対して統合反対のパブリックコメントを送っていただきたく存じます.パブリックコメントの送付先はこちら↓です.

大阪府電子申込みサービス
https://www3.shinsei.pref.osaka.jp/ers/Uketuke/Form.do?tetudukiId=2008060006

 まったく,この貴重なコレクションが解体されるくらいなら,せめて日本学に関心のあるオイルマネーにでも売却し,合衆国もしくはヨーロッパにおける東洋文庫として活用していただいたほうが余程マシです.大阪府立国際児童文学館をここで潰したら,大阪府民末代までの恥になるでしょう.


参考:いま廃館の危機にある大阪府の国際児童文学館を応援します!

大阪府立国際児童文学館廃止に反対するパブリックコメント(その3)

 「大阪維新」プログラムの「改革プログラム」の中で,「公の施設の方向性」25番にあります大阪府立国際児童文学館の廃止,大阪府立中央図書館への蔵書の統合を見直していただきたく存じます.大阪府立国際児童文学館は,1984年の国際児童年を記念した施設としては恐らく国内最大級のものであり,日本のみならずアジアにも目配りの行き届いた,歴史的かつ国際的にも素晴らしい児童文学・マンガのコレクションを所有するのみならず,児童文学に関する図書館・博物館・研究機関の機能を併せ持った,他都道府県にその類例を見ない貴重な施設であります.なお,児童文学館を廃止の止む無きに至ったとき(その可能性は無いと信じていますが)は,コレクションは一括して売却するのが望ましいと考えます.1917年,三菱合資会社の岩崎久彌は中華民国総統府顧問であったモリソンのアジア・中国に関するコレクションを一括して買い取った結果が,現在の財団法人東洋文庫として存続しております.東洋文庫の歴史的,学術的価値はここで説明するまでもありません.この際,合衆国やヨーロッパの日本学の発展のために,海外の資産家への一括売却も視野に入れては如何でしょうか.その方が,府立中央図書館への無理な統合・移転よりも素晴らしい学術的貢献を後世,謳われることになるのは確実です.残念な事態が招来した際は,ご一考をお願いいたします.以上字数制限もあり意を尽くせませんが,後世に禍根を残さないためにも大阪府立国際児童文学館のコレクションを後世に残していただきたく,謹んでお願い申し上げる次第です.

大阪府立国際児童文学館廃止に反対するパブリックコメント(その2)

 「大阪維新」プログラムの「改革プログラム」の中で,「公の施設の方向性」25番にあります大阪府立国際児童文学館の廃止,大阪府立中央図書館への蔵書の統合を見直していただきたく存じます.資料の集約化は資料管理のリスクを増大化する結果になり,万が一にも自然災害(将来予想される南海地震,中南海地震)等により,ひとつに集約された拠点図書館が破壊されれば,その損失は計り知れないものになります(これは東海地震等で国際子ども図書館が損害を蒙った場合,府立国際児童文学館がそのバックアップたりえることをも意味しています).また,この統合により必要以上に早期の府立中央図書館の増改築が必要になるだけではなく,児童文学館を廃止した後の建物の解体撤去にも莫大な費用がかかることになり,これは結果として大阪の未来のための「負の布石」を打つことになります.それであれば,むしろ府立中央図書館から子ども資料室を引き上げ児童文学館に移転し,児童図書館・児童文学研究の拠点としての(子どもの「知のセーフティネット」としての)府立児童文学館,大規模な大人の「知のセーフティネット」としての府立中央図書館,ビジネス,法律,医療等市民活動に必要な支援活動を行う市民の「知のセーフティネット」としての府立中之島図書館という3館体制を整備し,必要に応じてその機能を融通することにより,吹田市・東大阪市・大阪市という大阪府内の一角に偏在することのない知のネットワークを構築することが可能になり,府知事のおっしゃる「知のセーフティネット」としての他都道府県に例を見ない,充実した府立図書館の業務が可能になると愚考いたします.後世に禍根を残さないためにも大阪府立国際児童文学館のコレクションを後世に残していただきたく,謹んでお願い申し上げる次第です.

大阪府立国際児童文学館廃止に反対するパブリックコメント(その1)

 「大阪維新」プログラムの「改革プログラム」の中で,「公の施設の方向性」25番にあります大阪府立国際児童文学館の廃止,大阪府立中央図書館への蔵書の統合を見直していただきたく存じます.大阪府立国際児童文学館は,1984年の国際児童年を記念した施設としては恐らく国内最大級のものであり,日本のみならずアジアにも目配りの行き届いた,歴史的かつ国際的にも素晴らしい児童文学・マンガのコレクションを所有するのみならず,児童文学に関する図書館・博物館・研究機関の機能を併せ持った,他都道府県にその類例を見ない貴重な施設であります.これまで出版社等の協力を仰ぎつつ築き上げたコレクションは70万冊と言われておりますが,これは東京都にある国立国会図書館付属の国際子ども図書館(ちなみにこちらは「子ども読書年」を記念して設置された施設であり,府立児童文学館とは設立の意義も内容も大きく異なります)における約28万冊を遙かに超える点数です.この児童文学館のコレクションは改革プログラムが実行され一たび解体されれば恐らく,二度と構築することは不可能であり,大阪府知事が危惧している将来世代の児童文学・マンガ研究者に大きな負担を強いることは確実であり,日本の児童文学研究史に大きな禍根を残すことになることは確実であります.また,大阪府立中央図書館へのコレクションの移転は,府立国際児童文学館と府立図書館という,その成立時から異なる思想により構築された資料の運用を府立中央図書館が単独で担うことになり,これは府立中央図書館にとって運営の多大な非効率を生み出すことになります.図書館において「集約化」は必ずしも「効率化」には結びつきません.そこのところをよくお考え頂き,児童文学館の存続をお計り頂きたくお願いいたします.

2008/06/26

マーラー/交響曲第6番

マーラー/交響曲第6番イ短調@ジョージ・セル/クリーヴランド管絃楽団(ソニークラシカル:SBK 47654)

 1967年10月の録音.音質がイマイチなのはセヴェランス・ホールのライヴだからか.

 頭を使う必要があるときは重なるもので,明日の補講のネタとか,とある物書きとか,言葉探しとか,取り敢えずひとつひとつ片付けていくしかないだろう,と.幸い,物書きと補講ネタを若干かぶらせることに成功したので,まあ内容の筋道は立ったと.そんなときにマーラーを聴くのは変な奴だと思われそうだが,6番はもう30年近く同伴してもらっているので,沈思黙考するときには頭の中身の整理に役立つのである.特に,このセルの演奏は誰かが「批評の産物」と形容したほど,四角四面なフレージングで面白くない演奏なので,こーゆうときには却って邪魔にならない.アンサンブルはセルらしく完璧だし,余計なことを考えなくてもいいのも助かる.

2008/06/25

ヴァーグナー/ジークフリートの葬送行進曲

ヴァーグナー/楽劇「神々の黄昏」から〈ジークフリートの死と葬送行進曲〉@クラウス・テンシュテット/ベルリン・フィル(EMI:5 68616 2)

 1980年10月の録音.
 とある方から,瀕死の状態にある物件について意見を求められており,とにもかくにも現在それに全力を傾倒中です.最初は漠としたイメージしかその物件には持っていなかったのですが,いろいろと情報を頂いたりこちらで収集したりしているうちに,徐々に方向性が見えて来たようです.

 ただし,最悪の場合,資料の散逸を防ぐ(コレクションとしての価値を保たせる)ためには,中華民国総統府顧問モリソンの蔵書を岩崎久彌が買い取って,現在の財団法人東洋文庫の基礎を築いたようなことも想定しておかなければならないかもしれません.つまり,外国資本による購入→コレクションの海外流出も止む無しというところまで踏み込まなければ,デマゴーグの暴走に対抗するだけの論理を展開できるかどうか,不安もあります.

 それにしても,図書館業界関係者は,この物件について何をどう考えているのか,これまた不安です.日本図書館研究会や,現理事長がそちら方面の出身であるはずの日本図書館協会は動いているのでしょうか?

 さて,また思案と執筆(まだ思案がほとんどですが)に戻ります.

2008/06/24

レーガー/無伴奏チェロ組曲第1番

レーガー/無伴奏チェロ組曲第1番ト長調作品131cの1@グイド・シーフェン(アルテ・ノヴァ:74321 65428 2)

 1999年1月の録音.
 当代きってのJ.S.バッハ通として知られていたマックス・レーガー(1873-1916)による,3曲の無伴奏チェロ組曲のひとつである.冒頭など,ホントにバッハの無伴奏チェロ組曲第1番にそっくり(^^;).レーガーの作品に漏れず,ロマンティックな響きをたたえているが,チェロ1本ということもあるのか,晩年の平明な作風が始まっているのか,音楽はそれほど晦渋ではなく,レーガーにしてはわかりやすい部類に属する.何処に連れて行かれるかわからない,あの分厚い響きは影を潜めている.

 ちなみに作品131aが無伴奏ヴァイオリンのための前奏曲とフーガ(6曲),作品131dが無伴奏ヴィオラ組曲(3曲)というのだから,さすが多作でならしたレーガー(131bは何だろう?).ところで作品132は,かの「モーツァルトの主題による変奏曲」である.

2008/06/23

ウェーバー/ピアノ協奏曲第1番

ウェーバー/ピアノ協奏曲第1番ハ長調作品11@ペーター・レーゼル&ヘルベルト・ブロムシュテット/シュターツカペレ・ドレスデン(ドイツ・シャルプラッテン:TKCC-15156)

 1984年9月の録音.
 カール・マリア・フォン・ウェーバー(1786-1826)の音楽は,僕にはあまり相性がよくないようで,今に至るまでよく理解できないところばかり(^^;).軽やかで,聴いていて気持ちがいい音楽なんだけど,聴いた後で「だから何?」と謎をかけられたような気分にさせられる.どこか,つまらないのですよね.さて,その理由は何なのだろう?

2008/06/22

マーラー/交響曲第10番から「アダージョ」

マーラー/交響曲第10番嬰ヘ長調から第1楽章「アダージョ」@ジュゼッペ・シノーポリ/フィルハーモニア管絃楽団(DG:POCG-1148/1149)

 1987年4月の録音.
 そもそも僕がシノーポリ(1946-2001)に注目したきっかけは,1981年だったかにシュトゥットガルト放送交響楽団の演奏会がNHK-FMで放送されたときで,そのときの曲目はシルヴァーノ・ブソッティ(1931-)の「ラーラ・レクィエム」とこの「アダージョ」である.あとで気がついたのだが,既にDGにはブソッティ(「ロレンザッチョ交響曲」など)を録音しており,最初期のシノーポリは後年のような「普通のレパートリー」を普通に振る指揮者ではなかったのであった(^^;).実際,この「ラーラ・レクィエム」の演奏時も,終了後は拍手とブーイングが飛び交う凄まじいものだったと記憶する.

 で,この「アダージョ」も一般的には演奏時間が23,4分ほどのところ,前記シュトゥットガルトとの演奏が29分を超え,このフィルハーモニアとの録音にいたっては32分もかけている.この粘着質なところと,その奇妙な分析癖と,実際の演奏の熱狂が全く違うところで成立しているところが,この指揮者のユニークな所以で,それ故マーラーやシューマンの第2番(ヴィーン・フィルとの録音),エルガーなどの録音が成功していたのだが,ブルックナーなどがサッパリだったのは,シノーポリの手法が常にどのような音楽を相手にしても通じる代物ではなかったことを示していたと思う(録音で残っているブルックナーは,何故か粘着質気質がすっかり失われて,ただの壮麗な音のがらんどうに堕している).本人の意向だったのかレコード会社の戦略だったのか知らないが,普通のスター指揮者として,ジュリーニやアバドの系譜に無理やりつながろうとしたことが,結果として失敗であったことが惜しまれる.

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