2016年4月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

コメント・トラックバックの取り扱いについて

  • コメント・トラックバックをお寄せいただき,ありがとうございます.blog主が確認ののち,公開されますのでしばらくの間,お待ちいただくことがありますがご了承ください.当blogに無関係な内容のコメント・トラックバックはblog主の判断で削除されるものもあります.

「貸出至上主義者」度チェックβ版

民間図書館らしい企画を生み続けた船橋北口図書館を助けて下さい!(岡直樹) - READYFOR?

ココログ


ほし2

« 2008年6月8日 - 2008年6月14日 | トップページ | 2008年6月22日 - 2008年6月28日 »

2008年6月15日 - 2008年6月21日の記事

2008/06/21

演奏会用行進曲集@パリ警視庁音楽隊

演奏会用行進曲集@パリ警視庁音楽隊(カリオペ:CAL 9516)

 2000年の録音.
 ビゼーやシャブリエやサン・サーンスなどフランスの作曲家の作品が並んでいる中(作曲者への解説がブックレットにも無い「サン・キュロットのマーチ」「マレンゴの戦いのマーチ」などというものまである)で,「ラデツキー行進曲」やサリエリ,プロコフィエフ,ホルストはともかく,何故か最後がジョン・ウィリアムズの「レイダース:失われたアーク」なのが謎(^^;).
 吹奏楽という分野は,どういうわけだかオケ以上に「お国柄」のようなものが出るのだが,真面目なUKや,豪快なUSAのそれに比べて,フランスの吹奏楽は柔らかな音色とアンサンブルで,隣りのドイツの勇壮かつ剛毅なものとも全く違うのが面白い.

2008/06/20

ショスタコーヴィチ/絃楽四重奏曲第14番

ショスタコーヴィチ/絃楽四重奏曲第14番嬰ヘ長調作品142@ボロディン四重奏団(BMG/メロディア:74321 40717 2)

 1981年の録音.
 作曲家最晩年の1973年に作曲された,急-緩-急の3楽章からなる,約30分の作品.急がどちらも「アレグレット」なのが,如何にもショスタコーヴィチである(^^;).ディヴェルティメント風な楽想で始まる第1楽章は,途中で軋むような痛々しい叫びを上げながらも快速に,軽やかに進むが,途中から突然スローテンポの深刻な楽想に転じてしまう.まるでそれまでの軽快さが「強要された」とでも言わんばかりに.コーダで最初の楽想が回想されるように戻ってくるが,それは今にも消え入りそうであり,実際フッと消えてしまう.第2楽章は,同じショスタコーヴィチの交響曲第14番の緩徐部を思い起こさせる深刻な音楽.それがベートーヴェンの交響曲第5番もどきのピチカートがはじまるとアタッカで終楽章に入るのだが,これがまた何とも皮肉な音楽で,プロコフィエフだってこんな辛辣なジョークは飛ばさなかっただろうよ,と思わせる耳障りな音楽が展開する.それが3分ももたずにまたしてもスローテンポの,晩年のベートーヴェンのようなしんねりむっつりした楽想のトリオを挟んで,再び最初の皮肉な音楽が戻ってくるのだが,これもまた最初の勢いは失われていて,しんねりむっつりの影響を大きく受けたまま,さらに別の絃楽四重奏(何番だか忘れた)の楽想らしきモティーフが引用されたりしながら,息も絶え絶えに終わる.
 演奏については,僕がとやかく言うまでもない.ショスタコーヴィチの絃楽四重奏はロシアの絃でなければ再現できない,ということをわかっていただければ充分.

2008/06/19

リヒャルト・シュトラウス/英雄の生涯

リヒャルト・シュトラウス/交響詩「英雄の生涯」作品40@フリッツ・ライナー/シカゴ交響楽団(BMG:BVCC-1009)

 1954年4月6日の録音.ステレオ最初期の録音だが,驚くほどよく録れている.
 今日も今日とて,隣りの建物からはオケによるヨハン・シュトラウスが聴こえてきたのだが,あるひと曰く「無声映画のBGMみたいですね」(^^;).と言うわけで,今日は口直しにリヒャルト・シュトラウス.それも,とびきりアンサンブルの縦の線が揃っている演奏で.オーケストラのトレーニングというものが如何に大切かを思い知らされるような好演.こういう演奏を聴くと,昼間の欲求不満も吹き飛ぶというもの.

 なお,ヨハンとリヒャルトには何の関係もありません.1947年だったか,リヒャルト・シュトラウスがロンドンに行った際,記者から「〈青きドナウ〉を作曲したのはいつですか?」と真顔で尋ねられたことはあるらしいです.

2008/06/18

ラッスス/レクィエム

オルランドゥス・ラッスス/5声のレクィエム@ロンドン・アンサンブル・プロ・カンティオーネ・アンティカ(ドイツ・ハルモニア・ムンディ:88697 281822/24)

 例の50枚組中の1枚.
 ラッスス(1532頃-1594)は現在のベルギーに生まれ,主にミュンヘンで活動した作曲家で,「教会音楽の父」パレストリーナ(1525頃-1594)と並び称される後期ルネサンスの巨匠.非常な多作家であり,若い頃から既に「有名な作曲家」として遇されていた.またかなり洒脱な性格の人物だったらしく,とかくの逸話に事欠かない.

 レクィエムは4声のものと,この5声の作品が伝えられているそうで,この5声の曲は30分ほどの音楽.本人の洒脱な性格とは恐らく全く異なるのではないかと思われる,敬虔で祈りに満ち溢れている傑作である.

2008/06/17

ショパン/ピアノ協奏曲第1番

ショパン/ピアノ協奏曲第1番ホ短調作品11@マルタ・アルゲリッチ&シャルル・デュトワ/モントリオール交響楽団(EMI:5 56798 2)

 1998年10月の録音.
 このところ天気がいいものだから,勤務先も窓を開け放って風を通しているところなんだけど,隣りが芸術関係の学科が入っている建物で,あちらも窓を開けているものだから,時々いろいろな音楽が聴こえてくる.聴いたことの無い作品でも,30年もクラシックと付き合っているためか,ある程度「あ,こりゃドビュッシーか」「ラヴェルだ」「モーツァルトだろうな」と見当が付くようになっている(^^;).

 で,今日はまた下手糞なショパンらしき音楽(「バラード」だったと思うけど,ほとんど残骸)が聴こえてきて,いささか辟易してしまい,帰宅後は口直しに普段あまり聴かないショパンのピアノ協奏曲を引っ張り出す.1番のCDって,ひょっとしてこれしか持ってないかもしれない.正直,僕の場合はこれがあれば充分なような気がする.特段,これが「決定盤」とかそういう話ではなく,僕とショパンの関わりが,今のところまだその程度,ということなんだろうと思う.

年齢と感性

 ひょっとしなくても,ある種の本には「ある年齢までに読まなければダメ」「ある年齢時に読まなければダメ」なものがあるようだ.ある年齢までしか持ち得ない感性,ある年齢時にしか持ち得ない感性,そのようなものの持ち合わせがあって初めて,その内容と思想が理解,というよりは体得できる本というのがあるらしい.

 知人にそれを指摘されたのは,確か宮澤賢治の『銀河鉄道の夜』だったと思う.


「これは二十歳過ぎてから読んでもわからないよ」
すみません,大学4年になってから読んだので,さっぱり何が言いたかったのかわかりませんでした(>_<).『グスコーブドリの伝記』はまだわかりやすかったけど,幻想的な物語(「ファンタジー」って言うの?)は肌に合わないのかもしれない.宮澤賢治と並び称される新見南吉の民話調の作品の方が,25過ぎてから代表作を幾つか読んだにもかかわらず,僕にはなじみやすかったから.

 そんなこともあって,30代に入った頃から「文学」はほとんど読まなくなったんだろうと思う.実のところ,現存する「好きな作家」は辻井喬だ.流行りじゃないね(^^;).

 こんな「ワタシ語り」をしたくなったのは,もしも学生時代に『市民の図書館』を読んでいたら,自分が熱心な貸出至上主義者になったのかどうか,ちょっと考えてみたからで(^^;).僕は小・中・高と公共図書館と学校図書館のヘヴィユーザーだったところから図書館の隘路に迷い込んだ人間なので,学生時代も『市民の図書館』はおろか『中小都市における公共図書館の運営(中小レポート)』もまともに読んでない.学生時代でさえ,自分が図書館を運営する側に回るかも,という自覚が徹底的に欠けていたダメ学生(^^;).

 両方とも,腰をすえて読んだのは30代に入ってからで,そのとき『中小レポート』には,その溌剌とした精神に非常な感銘を受けたものの,『市民の図書館』はその官僚臭が鼻につく文体と,唯物史観に寄り添っているらしい単純な進歩主義(すべての図書館の頂点は公共図書館であり,公共図書館に収斂する)が,如何にも「時代」を感じたもの.その後,『図書館の発見』の初版と新版を読み比べて,明らかに新版が初版より劣化していることを当blogに書いてみたことがある

 恐らく,『市民の図書館』を今でも信奉している方々って,それを読むべき年齢時に『市民の図書館』と幸福な出会い方をし,その感激をそのまま今日まで大切に守り続けている人たちなんだろうなあ.これは皮肉じゃなくて,そのような信仰の書を読むべき時期にウォルター・リップマンの『世論』(岩波文庫)を読み耽って「ステレオタイプ」の勉強をしていた人間の,いささか複雑な感慨.恐らく,ストレートに信仰できる本など,もう読めないでしょう.

2008/06/16

シューベルト/交響曲ニ長調D.936A

シューベルト/交響曲ニ長調D.936A(未完)から第2楽章アンダンテ変ロ短調(ブライアン・ニューボールト補筆版)@ミヒャエル・ギーレン/南西ドイツ放送交響楽団(ヘンスラー:CD93.029)

 1998年9月5日の録音.
 マーラーの交響曲第6番と,アルバン・ベルクの「管絃楽のための3つの小品」作品6をカップリングしたCDの,余白にささやかに録音されているこの作品は,シューベルトが最後に手がけた交響曲と思われる作品で,恐らくはその早すぎる死の直前に作曲されている.本来は3楽章もしくは4楽章の交響曲の第2楽章として作曲されたはずの音楽だが,演奏時間が11分を超える,かなりの規模の緩徐楽章であり,内容的にも交響曲ロ短調D.759の第2楽章に勝るとも劣らない凄絶なものをたたえているためか,他の断片に比べて単独で取り上げられることがあるらしい.僕は以前,NHK-FMでシノーポリがこの作品を単独で取り上げているのを聴いて吃驚した記憶がある.あのときは確か,この作品とストラヴィンスキーの「3楽章の交響曲」ともう1曲(曲名を忘れた)という演奏会で,番組の解説者が「音楽の落穂拾いのような演奏会」と評していた.

 この演奏,おおよそ「ロマンティック」を削ぎ落としたギーレンの棒が,却って仮借なくシューベルトが「シューベルト」を超えようとしていた,その可能性の大きさと失われたものの儚さを気持ちが悪くなるほど表現しつくして,余すところが無い.年がら年中,聴きたいとは思わない演奏である.この曲の後に聴く,同じギーレンによるD.944(CD93.057)が何と現実的に響くことよ(^^;).

2008/06/15

ルベル/トリオ・ソナタ集

ルベル/トリオ・ソナタ集@アンサンブル・ルベル(ドイツ・ハルモニア・ムンディ:88697 281822/41)

 例の50枚組廉価盤から.
 ジャン=フェリ・ルベル(1666-1747)は,あのバレエ音楽「四大元素」で冒頭にペンデレツキもビックリの(?)不協和音を炸裂させた作曲家.このCDは,残されたルベルのトリオ・ソナタ7曲を集めたもので,リュリの弟子らしい,軽やかで朗らかな音楽を中心に展開していく,佳作ぞろいの録音である.ここでは,さすがに不協和音が炸裂することは無い(^^;).短調の作品でも,翳りがあまり感じられないところがフランス・バロックらしいところなのかな? そのあたりは勉強不足でよくわからない.

« 2008年6月8日 - 2008年6月14日 | トップページ | 2008年6月22日 - 2008年6月28日 »

平成23(2011)年東北地方太平洋沖地震

UNIQLOCK

ついった

フォト

「愚智提衡而立治之至也」のはてなブックマーク注目エントリー

「愚智提衡而立治之至也」のはてなブックマーク人気エントリー

あわせて読みたい

  • あわせて読みたい

只今積読中

はてなハイク

  • はてなハイク

MyMiniCity

ココログ図書館ネタ