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2008年4月6日 - 2008年4月12日の記事

2008/04/12

バラキレフ/交響曲第1番

バラキレフ/交響曲第1番ハ長調@エフゲニ・スヴェトラーノフ/フィルハーモニア管絃楽団(ハイペリオン:CDA66493)

 1991年3月15,16日の録音.
 バラキレフ(1837-1910)はご存知ロシア5人組の総帥的立場にあった作曲家だが,他人にはやたらと作曲を勧めた(リムスキー・コルサコフにはいきなり交響曲を作曲させたり,チャイコフスキーには「マンフレッド」を素材に作曲させたり)わりには,元々アマチュア作曲家として出発したことや,一時期音楽をやめていたこともあって当人の作品はそれほど多くも無く,また人口に膾炙している作品もあまり無い.

 この交響曲第1番は1864年に作曲が始められたものの,30年余り作曲が中断されてしまい,結局完成は1897年になる.何と後輩のチャイコフスキーの交響曲作品の作曲年代(1866年から1893年まで)がその間にすっぽり挟まってしまう(^^;)(おまけにバラキレフの作品が完成したとき,チャイコフスキーは既にこの世の人ではなかった!).何ともノンビリした話だが,作曲期間の長さに相応しく(?)この作品は演奏時間が45分ほどのはずなのに,聴いていると何時終わるとも知れぬ,実態以上の長さを感じさせる.聴きとおすのに,多少の忍耐を必要とするひとがいるかもしれない.

 ここでのスヴェトラーノフの指揮は,力任せになることを抑えた,堅実かつ献身的なもの.ロシアで学んでいない旧・西側出身の指揮者には,まだまだこのようにバラキレフを振るのは難しいかも,と思わせるに足る演奏である.

2008/04/11

リヒャルト・シュトラウス/管楽合奏のための組曲

リヒャルト・シュトラウス/管楽合奏のための組曲変ロ長調作品4(作曲者によるピアノ連弾版)@ベニョーニャ・ウリアルテ&カール=ヘルマン・ムロンゴヴィウス(アーツ:47262-2)

 1985年12月の録音.
 1884年に作曲された「管楽合奏のための組曲」を,作曲者自身がピアノ連弾に編曲したもの.CDの解説をちゃんと読めば編曲にまつわるいろいろな事情もわかるのだろうが,生憎読んでる暇が無い(^^;).いわゆる「ウィンド・アンサンブル」っぽい編成のための作品をリヒャルト・シュトラウス(1864-1949)は初期から晩年に至るまで幾つか作曲していて,中には「ソナチネ第2番」のような40分を超える大作もある.それらの作品がポピュラーではないのは,一連の交響詩のように派手な体裁をとらないからなのか,はたまたアマチュアの手に負えないほど難しいのか.昨今,中学の吹奏楽部でもヒンデミットを採り上げることもあるから,やはり作品に少々魅力が不足しているのかしらん?

 その,あまり演奏されない組曲の,さらに珍しいと思われるピアノ連弾版は,思ったよりも面白い聴き物なのであった(^^;).作品の骨格がしっかりしているので,骨組みだけのピアノ連弾でも充分聴ける音楽になっているというわけ.アルフレッド・カゼッラが編曲したマーラーの交響曲第7番の連弾版がつまらないことおびただしいことを考えると,さすがにシュトラウスは職人芸を身に着けていた,ということか.

2008/04/10

ストラヴィンスキー/春の祭典

ストラヴィンスキー/バレエ音楽「春の祭典」@ピエール・モントゥ/パリ音楽院管絃楽団(デッカ:440 064-2)

 1956年の録音.
 1913年5月29日,バレエ・リュスの公演で初演されたときに指揮をしたのが,他でもないこの録音を振っているピエール・モントゥ(1875-1964).「春の祭典」の初演は大スキャンダルとなり,演奏中から大混乱を来たしていたが,作曲家の回想に拠ればモントゥひとり落ち着きはらって自らの職務を遂行していたとか(^^;).

 ストラヴィンスキーは自らの指揮技術の不足に加えて,当時の著作権の関係もあってか,年がら年中「改訂」と称して「ペトルーシュカ」や「春の祭典」の楽譜を弄繰り回していたが(特にUSAに亡命してからの「改訂」には,著作権絡みの生臭い噂話もあるようで),モントゥは「これが私の『春の祭典』だ」と,頑として初演で振った版以外の「春の祭典」は振らなかったらしい.ここに聴く「春の祭典」が他の指揮者の演奏と幾分違う音が響くのは,こちらがオリジナルなのであろう.

 良くも悪くも,明快な棒で古きよき時代の雰囲気を伝える演奏.これを「古色蒼然」と受け止める聴き手がいても,僕にはちょっと非難できそうに無い(^^;).この作品の指揮法を発見したと伝えられるマルケヴィチ以降の,リズムの切れ味で勝負する「精密機械」のような「春の祭典」ではないからね.
 それでも,この録音の価値と魅力は色褪せることは無いと,僕は思ってますよ.

2008/04/09

マーラー/交響曲第6番

マーラー/交響曲第6番イ短調@マリス・ヤンソンス/ロンドン交響楽団(LSO:LSO0038)

 2002年11月の録音.
 ちょっと煮詰まり気味なときは,やっぱりマーラーに限る.第6番はカラヤン盤以来,30年近い付き合いで,今もなお「これだ!」という決定盤を決めることが出来ない名曲.
 このヤンソンス盤は,何となく,どことなく,オケが非力に聴こえるのが難.厚みが足りない.ロンドン交響楽団なのに,何故だろう?

それはダブスタです,委員長!

京都新聞 - 児童書全点購入は継続 滋賀県立図書館、開始20年で20万冊に

 滋賀県立図書館が1988年から児童書の「全点収集」を実施していたことを,不勉強なもので,この記事を読むまで全く知りませんでした(^^;).1988年は僕が就職した年で,まだ何処の団体にも加入していなかったからなのか,勤務先で購入している「図書館雑誌」を読んでいる暇も無いほど仕事で覚えることが多かったのか,当時のことはよく覚えていませんが,とにかく僕としたことが張り巡らしていたはずのアンテナに穴があったのは大変残念です.だから2006年6月に大和市立図書館の「児童書すべてそろえます」が話題になったとき,日図研や図問研が批判しなかったんですね.前川恒雄の息のかかっている滋賀県立図書館の真似事を,彼らが批判できるはずが無いのでした.やれやれ(sigh).

 まったく,滋賀県立図書館の「全点収集」のことを知っていたら,大和市立図書館のこともさることながら,1991年に「みんなの図書館」170号に掲載された伊藤昭治「浦安市立図書館の特定中小出版社の徹底収集についての疑問」について,あのとき,もう少しまともな攻撃が出来たものを,こちらの戦術ミスであたら機会を潰してしまったこと(某誌に提出した原稿が1年店晒しにあった挙句に掲載されずに終わった)が悔やまれます.1991年当時でも,僕の周囲で滋賀県立図書館の「全点収集」について語られていた記憶は無いのですが,「全点収集」という言葉を図問研や日図研関係者が使用していたこと(浦安市立図書館についても「全点収集」と言い換えていた)を疑問に思った時点で,その元ネタを探すべきでした.あー情けない!

 僕の考えるところ,「児童書」の全点収集が可で,「特定中小出版社の徹底収集」が不可とされるのは,現在はおろか,1988年なり1991年なりの時点で考えても,「ダブルスタンダード」の謗りは免れ得ないですね.京都新聞の記事で滋賀県立図書館は


「児童書は絶版になる周期が短く、その時代に出版される本を責任を持って収集し、保存していきたい」
とコメントしていますが,「絶版になる周期が短く」なっているのは人文・社会科学でも同じことですよ.何しろ昨年(2007年)リクエスト復刊された岩波文庫のヒューム『人性論』の第1巻が昨年中に品切れになり,現在では入手できない有様ですからね.

 僕の記憶に錯誤が無ければ,1990年ごろには既に人文・社会系の書籍も出版すら困難であることが囁かれ始めていた覚えがあり,助成金が無ければ出版できない専門書の状況が語られ始めていたはずです.現在では,例えば1000部を印刷し長期間をかけて販売し利潤を回収する,といった態の専門書出版の販売モデルは一部の出版社を除いて機能していないんじゃないでしょうか.社会科学系のある出版社が,やたらと大学の名前を冠したシリーズ物を出すのは,そのモデルの代替として大学からの助成金で出版を続けている実態を反映していると思うのですが,このあたりを図書館業界はどう考えているのでしょうね.


 ・・・・・・しかし,17年も遠回りさせられたのが,身から出た錆とはいえ,ただただ,ただただ悔しいです.これがために,反知性主義者や学級会民主主義者から嘲られ,あなどられることになったのですから・・・・・・.

2008/04/08

スクリャービン/ピアノ協奏曲

スクリャービン/ピアノ協奏曲嬰へ短調作品20@アナトール・ウゴルスキ&ピエール・ブーレーズ/シカゴ交響楽団(DG:POCG-10164)

 1996年12月の録音.
 スクリャービン(1872-1915)唯一の「ピアノ協奏曲」と銘打たれた作品である.1896年ごろから作曲された,スクリャービンの初期にあたる時期の作品で,短い序奏からピアノが神秘的に登場するあたりは如何にもロシアのピアノ協奏曲の伝統をくんでいるように聴こえる.後期の狂おしげなまでに官能的な動機やオーケストレーションは,まだここでは顔を出していない(^^;).むしろショパン風の雰囲気を漂わせるような旋律さえ聴くことが出来る.ピアノが前面に出すぎてオケが霞みがちではあるが,ラフマニノフとは多少路線は異なるものの,なかなか絢爛豪華な音楽である.

 さすがにピアノが前面に押し出される音楽だけに,ウゴルスキのピアノが情感たっぷり(と言っても昔のヒトのようなズブズブの情感ではなく,もう少しさらっとした感じではある)にスクリャービンを歌い上げると,それに引っ張られるように,ブーレーズがマーラーの録音とは別人のような(^^;)情感溢れる(あくまでブーレーズにしては,という枠内にとどまるけど)指揮を展開している.

2008/04/07

ラヴェル/ボレロ

ラヴェル/バレエ音楽「ボレロ」@ヘルマン・シェルヘン/ヴィーン国立歌劇場管絃楽団(ウェストミンスター:MVCW-18037)

 1957年5月の録音.
 えーと(^^;),恐ろしく下手なオケによる,かなりとんでもない「ボレロ」である.まるでタンブーランかトムトムのような音を立てるドラム(どう考えてもスネアは付いていない)は何と途中で止まってしまうし,ひとつのクレッシェンドしかないはずなのに,うねるようにクレッシェンド-デクレッシェンドが繰り返されるし,ソロの管楽器は時折実に情けない音を出すし.挙句にアンサンブルが崩壊しかけて縦の線が不揃いになるし,いったいシェルヘンは何を考えてこれを録音したんだか,どうにも理解しにくい不思議な録音にしか聴こえない.音楽を崩壊させることによって「スイスの時計職人」の鼻をあかせるとでも思っていたわけでもあるまいし(^^;).故・大木正興が聴いたら激怒するか罵詈雑言を投げつけるか,一言で切って捨てるかのどちらかであろう.

 僕は,そこかしこでクスクス笑いながら,シェルヘンのユルい演奏を楽しんでますけどね(^^;).

2008/04/06

チャイコフスキー/交響曲第6番

チャイコフスキー/交響曲第6番ロ短調作品74「悲愴」@ヘルベルト・フォン・カラヤン/ベルリン・フィル(DG:419 486-2)

 1976年5月5日,7日の録音.
 【ザルツブルクで記念式典 カラヤン生誕100年で - MSN産経ニュース】何でも4月5日がヘルベルト・フォン・カラヤン(1908-1989)の誕生日だったそうで,こちらも一日遅れで取り上げてみる.

 歌劇は聴かないのでよくわからないけど,常々,カラヤンの残した録音であとあとまで価値があるのは,オケに関する限り1にリヒャルト・シュトラウス,2にチャイコフスキー,3に新ヴィーン楽派のそれだろう.そこで今日はチャイコフスキーの中でも,7回もスタジオ録音を繰り返した「悲愴」を.とはいえ,7つの「悲愴」を全部聴いたわけでもないのだが(^^;),6度目の録音に当たる,この1976年盤を聴いておけば充分なんじゃないかと思う.それほど,この演奏はどこから見ても聴いても「完璧」という言葉に相応しい,キャリアの頂点にいたカラヤンによる録音である.音楽の内面を厳しく拒絶し,徹底的に音楽の外側を磨き上げることによる名演奏であり,この録音に欠けているのは「破調の美」という名の人情だけだろう.

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