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民間図書館らしい企画を生み続けた船橋北口図書館を助けて下さい!(岡直樹) - READYFOR?

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2008年3月16日 - 2008年3月22日の記事

2008/03/22

ハイドン/スターバト・マーテル

ヨーゼフ・ハイドン/「スターバト・マーテル」Hob.xxbis@ラースロー・ヘルタイ@アーゴ室内管絃楽団(デッカ:433 172-2)

 1979年録音.
 1768年ごろに書かれたらしい,ハイドン(1732-1809)初期の管絃楽と声楽による大規模な宗教曲.1781年4月にはパリで演奏されて成功を収めているようです.「スターバト・マーテル」は「哀しみの聖母」「聖母哀傷」などと訳され,イエスがゴルゴダの丘で磔刑に処せられた際の,母マリアの哀しみをうたう詩であり,パレストリーナやペルゴレージ,ロッシーニ,ヴェルディ,ドヴォルジャーク,プーランクらの大作曲家が曲を付けている名作です.

 この録音,自分でも購入した経緯を良く覚えていないのですが,アーリーン・オージェやアンソニー・ロルフ・ジョンソンといった有名どころの歌手が参加しています.残念ながら指揮者やオケには知るところがありませんが,よくまとまったアンサンブルで淡々と自然体な音楽が流れていきます.作品も過度に悲劇を強調するものではないので,この淡い味付けの演奏が良く合っていると思います.

リヒャルト・シュトラウス/英雄の生涯

リヒャルト・シュトラウス/交響詩「英雄の生涯」作品40@カール・ベーム/シュターツカペレ・ドレスデン(DG:POCG-2691/2692)

 1957年2月の録音(モノラル).
 ベーム(1894-1981)には後年,ヴィーン・フィルと録音した演奏もある(DG)けど,あれは既に晩年のベームでまさに「英雄の引退」を地で行くような演奏だったのに対し,こちらは全盛期のベームが古馴染みのドレスデンのオケと,ザッハリヒなタイプにおける最良の演奏を繰り広げる,といった態のもの.もちろん,モノラルにしてはそれなりに輝かしい演奏だけど,カラヤンやショルティなどと比較してはいけない(^^;).今時のひとには,キビキビとした,色気の無い演奏に聴こえるだろうか.1年後にはあの「ツァラトゥストラ」をベルリン・フィルとステレオ録音で残しているのだから,この「英雄の生涯」や,やはりドレスデンとモノラルで録音した「アルプス交響曲」もステレオで残しておいてくれれば,あのブラームスの第1番同様,剛毅で引き締まった好演として聴き継がれることになっただろうに,惜しいことである.

「編集」力の不在について

 「みんなの図書館」2008年4月号(372号)届く.特集は「神奈川の図書館」,多少イデオロギッシュなところはあるが,思ったよりも良い内容.「貸出サービス」を大々的に取り上げた文章も,そもそも未開の地に公共図書館のサービスを届けていく話であり,公共図書館未開の地を開拓するために貸出(「貸出し」ではない)が利用できるのは当然なので,僕の批判するところではありません.

 ひとつ,気になったのは特集のあとに続く「展示のチカラ」(一戸町立図書館職員一同)という文章.いや,文章そのものの内容ではなく,この号での扱い方がわかりにくい,ということ.確かに「みんなの図書館」では毎号掲載されるクロスワード・パズルが特集と,その他の話題(文章)の区切りを務めているのは,毎号読んでいるひとならわかるだろうけど,例えば初めてこの号で「みんなの図書館」を手に取ったひとに,それがわかると思います? 「みんなの図書館」を10年以上読んでいる僕でさえ,最初は「一戸町立図書館って神奈川の図書館なのかな?」と,とまどってしまったほど.ちなみに,「展示のチカラ」自体には一戸町立図書館の所在地等の記載は無く,最後にあるサイトのURLを見て,ようやく岩手県の公共図書館かと得心がいった次第.

 こーゆう場合は,もう少し親切な編集が求められると思うのだが如何です? 当方,常々「みんなの図書館」については,編集者が出しゃばり過ぎることに苦言を呈してきたが,だからといって編集者の構成能力が必要なところまで手を出すな,とは言ってない(^^;).このケースでは,提出された文章に当該図書館の地理上の場所を示す一文を冒頭に挿入するように校正をかけるとか,編集で導入部を作成して一戸町立図書館の紹介をするとか,やり様があるはずなんですよね.

 もっともこの4月号,毎号必ず掲載されていた図問研の活動報告さえ掲載されていないほど切羽詰ったところで編集されているようなので(^^;),あまり多くを求めるのは酷なのかもしれないけど,いささか誤解を招きかねない編集が行われているのは事実なので,取り急ぎ指摘しておきます.せっかくの良い内容がもったいないですよ.

2008/03/21

新入生オリエンテーションをめぐるよしなしごと

 年度末なので,〆とともに新年度のことをそろそろ考えなくてはならない時期に来まして(^^;).今日はもう学生もあまり来なかったので,雑用をこなしながら「新入生オリエンテーション」のことを,あれこれ考えているのでした.

 何しろ,これまでがあまりにも質量ともに脆弱なオリエンテーションを繰り返してきたので,そろそろ転換を図ろうかと,ここ数年いろいろ工夫をしてみたり,外圧を利用してみたり(全体会で演説をぶつ機会をもらえた)して動かない職員をなだめすかしてきました(もちろん,こちらの意を挺して行動してくれる職員もいますが).昨年度は全体会でパワーポイントを導入するだけの環境が整ったので,ようやく説明に活用してみました.昨年度,僕がしでかした失敗は「全体会」と「学内見学で図書館までやってくる学科毎の案内」の内容をきちんと区分けできなかったこと.そのため,どちらもがガイダンスなんだかオリエンテーションなんだか,よくわからない状況に陥ってしまった(-_-;).

 他所の大学図書館ですと,入学して一段落したところで図書館オリエンテーションを希望する学生に対して行ったり,既に図書館の利用法に関する講義を受講することが義務付けられたりしているのでしょうが,仮にウチでそれをやろうと思ったら僕の負担が増えるばかりで,僕が辞めた後にその仕事を引き継げるひとがいなくなってしまう危険性が高いんですよ.これ,僕が「仕事が出来る」と自慢しているわけでも何でもなく,スタッフがラインも兼ねて仕事している小規模図書館の実情はそんなものです,というだけのことです.昨年度,とある教員に頼まれて「レポート・論文作成の手引き」を講義時間内に解説してきましたが,これだって僕自身が出馬せずに済めば,いろいろな意味で組織内に「図書館の力」を認めてもらえるんですよねえ.現状,それが出来ないところに僕の悩みの種(のひとつ)があるわけで(誤解の無いように書いておくと,ある個人に対して,ある仕事が出来るだけの人格と識見があると認めることと,その個人にその仕事を任せると決断することの間には,海よりも深い裂け目があるのです).

 そんなこんなで,何とか現状の形式を維持しつつ,オリエンテーションの質を向上させるとともに,効率よく新入生に「大学図書館は何が出来るところか」及び「大学図書館ではどのように振舞えばよいか」というふたつのことを大学入学という人生の節目に舞い上がっている(?)新入生に伝える,という難事業を敢行しなければならないのですね.で,恐らく当blogに図書館関係のエントリーを目当てに来ている学生諸賢には信じ難いことと思われそうだけど,僕の経験上,ウチに来る学生で,高校までに公共図書館や学校図書館を頻繁に利用した経験のある学生は5分の1もいないのが実情です.だから,そもそも18歳に対して「図書館とは何か」ということから教えなければいけない,という面倒な作業から始める必要があり,しかも,この18歳は年齢が18歳というだけで,学問や知識の経験値が年齢相応になっているのかどうかは,いささか疑問無しとしないわけですよ.このあたり,僕はオルテガ・イ・ガセットの『大衆の反逆』の愛読者だから,どうしても懐疑的かつ悲観的(^^;).

 取り敢えず,まずは「ガイダンス」と「オリエンテーション」をきちんと分けて,ガイダンスは全体会で「図書館とは何か」「大学図書館は何が出来るところか」を騙り,オリエンテーションでは「大学図書館での振舞い方」を必要最低限伝授する,というところを基本に据えて,全体を俯瞰しながら制度の設計(と書くと大袈裟だな)をいま一度,叩き直してみましょうか.もっと詳しい話を聞きたければ,その機会を作ってくれ,と相手にお願いするのも一興.

J.S.バッハ/ヨハネ受難曲

J.S.バッハ/ヨハネ受難曲BWV245@フィリップ・ヘレヴェッヘ/ラ・シャペル・ロワイヤル管絃楽団(ハルモニア・ムンディ・フランス:HMX2951264/2951265)

 1987年4月の録音.ヘレヴェッヘにとっては旧録音になる.
 今日(3月21日)が2008年の「聖金曜日」であることを,つい2,3日前に知ったという間抜けぶりだが,当方クリスチャンというわけではないのでお目こぼしを乞うm(_ _)m

 一般的にJ.S.バッハの「ヨハネ受難曲」は「マタイ」に比べて表現が劇的,という評価であるようだが,このヘレヴェッヘは何処か静謐なものを感じさせる演奏である.僕のような不心得者にも,「敬虔」という言葉を思い出させてくれるあたり,見事な作品であり,見事な演奏であろうか.これ以上,今日は言葉は必要ないか.

2008/03/20

マーラー/交響曲第9番

マーラー/交響曲第9番ニ長調@クラウス・テンシュテット/ロンドン・フィル(EMI:CMS 7 64481 2)

 1979年5月の録音.
 今日3月20日は地下鉄サリン事件から13年【地下鉄サリン事件:きょう13年 「忘れないで」被害女性が会見 - 毎日jp(毎日新聞)】,イラク戦争開戦から5年【全米各地で反戦集会・デモ、イラク犠牲者を追悼 : イラク情勢 : 特集 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)】という,忘れるわけにはいかない出来事の起きた日なのですね.僕は,「死」を思いながら作曲されたこの作品を聴いて,事件や戦争に巻き込まれて亡くなられた方々に追悼のまことを捧げることにします.

 テンシュテットの録音は,今日の日に相応しい翳りと緊張感が沢山詰まっている,名演.

2008/03/19

シューベルト/交響曲D.944

シューベルト/交響曲ハ長調D.944(第9番)@ヘルマン・アーベントロート/ライプツィヒ放送交響楽団(ドイツ・シャルプラッテン:27TC-238)

 1950年1月11日の録音.
 どうもアーベントロート(1883-1956)というと,べた褒めに褒められて神格化されるか,ケチョンケチョンに貶されて貶められるか,周囲の評価が極端に別れがちという,不思議な指揮者である(^^;).この録音を聴く限りでは,マックス・フィードラーやヴィレム・メンゲルベルクのような「様式化されたロマン主義」の指揮者であり,フィードラーやメンゲルベルクのような強烈な個性に乏しい分,幾分軽量級で親しみやすいことは確かだが,「テンポが硬直化している」「表情付けが一本調子」「機知に欠ける」というような批判も受けやすいのであろう,と思われる.

 なお,ある本に拠ればアーベントロートがライプツィヒ・ゲヴァントハウスの指揮者だったとき,ゲヴァントハウスの合奏力は低下したそうで,この録音に聴くライプツィヒ放送響のアンサンブルも豪快なもの(^^;).オーケストラ・トレーナーとしてはいまひとつだったのかな,と思う.

公共図書館とフリーペーパー

 そんなわけで,地域メディアがRSS吐き出していれば,それを拾うことにより,何も料金取らなくてもある程度の地域情報を集め,サイトに掲載することは公共図書館でも技術的には充分可能だろうと思うのですが(^^;).例えば東北なら,河北新報岩手日日新聞社東奥日報のサイトはRSSを吐いているわけで,取り敢えずそのあたりから手を付けるもよし,もっとご近所さんの情報が必要なら,その公共図書館が立地する地域で配布されている「フリーペーパー」を活用するのも一案では.

 と書いてから,ふと気がついたのですが,そもそも現在の公共図書館が発信している「情報提供」って,「フリーペーパー」ほどの地域への浸透力が,過去も現在もあるのでしょうか? 

 僕のような田舎に住んでいる人間のところにも,15,6年前から毎週2誌の「フリーペーパー」が配布されるようになってましたが,ここ1,2年でスーパーや駅前に「フリーペーパー」専用の籠棚があちらこちらに増殖し,硬軟取り混ぜ(?)10数種の「フリーペーパー」がある公共スペースも少なくない状況が出て来ています.先日読んだ『フリーペーパーの衝撃』(稲垣太郎著/集英社新書/集英社/2008年1月初版/680円+税)がリポートしている状況が,首都圏から地方に大きな広がりを見せているのが,まさに実感できます.実は「大学」も「フリーペーパー」専用の籠棚を置く有力な場所でして,僕の勤務先でもいながらにして5タイトルほどの「フリーペーパー」を入手することが出来ます.性別に偏りのある大学なので,主に女性向けの記事が多い「フリーペーパー」ばかりなのが僕には難で(^^;),僕が利用するのは食事(ラーメン,居酒屋等)の情報程度ですが.

 先に挙げた『フリーペーパーの衝撃』でも,その広告効果について「信頼性の乏しさ」(77頁)が問題にはなっているものの,それまで存在した有料のタウン誌を駆逐し,街の書店までが「R25」を置き代目当てに置こうとする状況というのが存在するわけです.そのような状況に対して,公共図書館の情報発信,乃至は情報提供が地域情報を提供したい側,情報を受け取りたい側にとって有力な選択肢たりえるのかどうか,さらには「フリーペーパー」が百花繚乱に近い現下の状況に楔を打ち込めるほどのインパクトを持ちえるのかどうか,業界人は「フリーペーパー」について考えてみたら如何でしょうか.

学術機関リポジトリがRSSを吐いてないような気がする話

 SBMを利用したパスファインダーの計画は,あれ以降進展がありません.与えられたサーバ環境が問題の根源なので,SEさんも苦戦しているようで,音沙汰がありません.うーむ.

 当方,今日は休暇をもらった(昨日が卒業式→謝恩会で,謝恩会の終了時刻が読めなかったため)ので自宅から,勤務先のサイトに新しく実装された,サイトのリンク集に掲載したリンク先が吐いているRSSを拾って新着記事を掲載する機能について,幾つかのリンク先からRSSフィードをリンクに追加する作業を,ちょこまかとやっていたのですが,大学の学術機関リポジトリでRSS吐いているところは意外に少ないことに気がつきました.北海道大と京都大と名古屋大くらいなんですね.

 僕個人は,ブラウザにSleipnir使っているくせに,最近までRSSをほとんど利用していなかったのですが,ようやくこの頃7,8箇所のメディア(カレントアウェアネス・ポータルなど)についてRSSを拾うようになりまして,でもそれほど個人では使いどころも無いかな,と感じているところではあります.ですが,図書館のサイトのようなところが他所のRSS拾って記事を集めるのは,それなりに意味のあることのような気がしてきています.LCBritish LibraryのRSSを拾ってみたら記事が膨大でどうしてくれよう,と思ってもいますが(^^;).

 それはともかく,もう少しRSSを吐いてくれる機関リポジトリが増えてくれると学術的な記事が収集できて有難いかなあ,と思う昨日今日です.ちなみに自分の勤務先は図書館に紀要等に関する権限が絶無なので,そもそもリポジトリどころの話では無いのです.ふう(sigh).

2008/03/18

マーラー/交響曲第8番

マーラー/交響曲第8番変ホ長調@リッカルド・シャイー/アムステルダム・コンセルトヘボウ管絃楽団(デッカ:475 6686)

 2000年1月17日-20日の録音.
 今日は勤務先の卒業式と謝恩会があったので,まあこの作品が相応しいだろうと(^^;).シャイーの演奏はどこまでもビロードのように美しく,破綻はどこにも聴かれない.そこが「マーラーらしくない」と評するひとはいるだろうけど,僕は現在のマーラー演奏のスタンダードには,迷わずこのシャイーの演奏を押す.重きを置くところが違うひとには,例えばベルティーニの全集やテンシュテットの全集を押してもいいけど,最初にマーラーを聴くひとに対して彼らの全集を薦めると毒が強すぎやしないか(^^;).すべてにおいて高い次元でバランスのとれた録音ということでシャイーの全集を押すわけだ.
 この第8番もその例に漏れない.祝祭に相応しいスケールの大きさと,アンサンブルの練り込みがお見事.

2008/03/17

プロコフィエフ/ピアノ協奏曲第4番

プロコフィエフ/ピアノ協奏曲第4番変ロ長調作品53@アレクサンデル・トラーゼ&ヴァレリー・ゲルギエフ/キーロフ管絃楽団(フィリップス:PHCP-11089/11090)

 1996年7月の録音.
 例のパウル・ヴィトゲンシュタインに「この曲のどの音符も理解できません」と拒絶された,左手のためのピアノ協奏曲である.そのまま埋もれてしまい,プロコフィエフの死後,その作品表からこの作品を見つけ出した東ドイツのピアニスト,ジーグフリート・ラップ(1917-)がプロコフィエフの遺族からスコアの提供を受けて,1956年9月5日にようやく初演された.第二次大戦で右手を失ったピアニストであったラップによる録音も残されているが,僕は未聴.この録音のときなのかどうかはわからないが,ラップには録音中にディレクターから「ラップさん,そこはもう少し右手を効かせてください」と言われた,というエピソードがある.

 曲は4楽章からなる.如何にもプロコフィエフらしい,諧謔交じりの急速な楽章を両端に置き(しかも第4楽章は第1楽章のダイジェストみたいな内容),冴え冴えと美しくありながらラフマニノフ風の厚ぼったいロマンティシズムを慎重に避けているかのような第2楽章と,ちょっと不思議な感触の行進曲風な第3楽章からなる.確かに古典的な協奏曲の形式からは逸脱した奇妙な形の協奏曲ではある.演奏は,いささか正攻法で真面目に押し過ぎているような感じ.

2008/03/16

ドヴォルジャーク/チェロ協奏曲ロ短調

ドヴォルジャーク/チェロ協奏曲ロ短調作品104@ムスティラフ・ロストロポーヴィチ&エフゲニ・スヴェトラーノフ/ソヴィエト国立交響楽団(BBC:BBCL4110-2

 1968年8月21日,ロイヤル・アルバート・ホールでのライヴ録音.
 1968年8月20日の深夜,ソ連軍はチェコスロヴァキアに侵攻・占領し,いわゆる「プラハの春」と呼ばれたチェコスロヴァキア共産党による改革路線を共産主義の親玉たるソ連が叩き潰した,その当日にUKで敢行されたソ連の演奏家による凄絶なライヴの記録である.ロストロポーヴィチ自身がこの録音について,このCDに簡単な手記を寄せているが(2002年10月付),ロイヤル・アルバート・ホール中の数千人の聴衆が「Soviets go home!」と叫び,ソ連に対する抗議を表していた由.この録音の冒頭にも,何を言っているのかはよくわからないが激しい叫び声が残されている.もっとも,手記に拠れば反対側のバルコニーからは「Go to your basket!」と言い返す観客もいたという.ロストロポーヴィチも演奏中に投石があるのではないかと心配したほどで,演奏会前にマネージャーは彼の弾くチェロに保険をかけたとか.「私の人生の中でもっとも厳しい演奏会のひとつでした」
 演奏は,張り詰めた雰囲気の中,さすがに前のめり気味に始まるが,第2主題にさしかかるあたりでは落ち着きを取り戻し,と言っても非常な緊張感の中,胃の痛くなるような演奏が展開される.演奏中の観客は抗議行動を起こすことも無く,そして終楽章,最後のティンパニが鳴らされるとともに,ものすごい大歓声に包まれるのである.

諸井三郎/交響曲第2番

諸井三郎/交響曲第2番作品16@山岡重信/読売日本交響楽団(ビクター/タワーレコード:NCS608-609)

 1972年7月の録音.
 1937(昭和12)年から38年にかけて作曲され,1938年10月12日,ヨーゼフ・ローゼンシュトック指揮の新交響楽団により初演された.初演後久しく演奏されず,このレコーディングが2回目の演奏であったそうである(柴田南雄執筆のCD解説による).諸井三郎(1903-1977)の交響曲は先般,重厚晦渋な第3番作品25の録音が世に出ているが(ナクソス:8.557162J),この作品も第3番ほど晦渋ではないにせよ,内省的で重厚でマックス・レーガーを思わせるような重苦しさを漂わせる音楽が展開される.「闘争から勝利へ」というよりも「闘争に次ぐ闘争」という雰囲気なのは,やはり満洲事変からこちらの世界大戦の時代の反映でもあろうか.

 演奏は,手堅く作品を音にしてみました,というところだが,それでもこの作品の重苦しさや時代の苦悩は充分に伝えることが出来ていると思われる.いい演奏である.

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