2022年11月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

コメント・トラックバックの取り扱いについて

  • コメント・トラックバックをお寄せいただき,ありがとうございます.blog主が確認ののち,公開されますのでしばらくの間,お待ちいただくことがありますがご了承ください.当blogに無関係な内容のコメント・トラックバックはblog主の判断で削除されるものもあります.

「貸出至上主義者」度チェックβ版

ココログ


ほし2

« シューベルト/絃楽四重奏曲「死と乙女」 | トップページ | 学問と政治 »

2008/11/23

チャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲

チャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲ニ長調作品35@アンネ・ゾフィー・ムター&ヘルベルト・フォン・カラヤン/ヴィーン・フィル(DG:419 241-2)

 1988年8月15日,ザルツブルク音楽祭でのライヴ.
 昨日出かけた,近所のレコード屋でワゴンセールやってた中から買ってきた,帝王最晩年の貴重なドキュメント.ムターの相変わらずの美音はともかく,亡くなる約1年前(1989年7月16日死去)のカラヤンがここまで衰えていたことに驚く.音楽に力がまるで欠けていて,ともすると止まりかねない.ピアノが基調でフォルテにまったく迫力が無い上に,テンポが力無くダラダラと遅くなっている.なるほど,彼の場合は肉体の衰えが音楽の衰えに直結していたのだね.哀しいほどに.さすが,運動神経抜群を謳われていただけのことはある.

 ここでは明らかにムターがカラヤンの衰えに合わせて,あるときは寄り添うように,またあるときは奮い立たせるように弾いている.ここでのオケに前進する力が感じられるとすれば,それは指揮者ではなく,ソリストが放射しているものから来るものだ.フィナーレの終わりも「やっとこさ,ここまでたどり着いた(sigh)」という感じに聴こえてしまう.

 カラヤンに「人生の夕映え」は確かに来なかったようだ.

« シューベルト/絃楽四重奏曲「死と乙女」 | トップページ | 学問と政治 »

今日のBGM」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: チャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲:

« シューベルト/絃楽四重奏曲「死と乙女」 | トップページ | 学問と政治 »

UNIQLOCK

ついった

「愚智提衡而立治之至也」のはてなブックマーク注目エントリー

「愚智提衡而立治之至也」のはてなブックマーク人気エントリー

あわせて読みたい

  • あわせて読みたい

只今積読中

ココログ図書館ネタ