これとそのブクマから始まる,一連の話なのですが,取り敢えず元ネタのblog主が図書館業界(そうそう,自慢じゃないけど,僕は20年前から「図書館業界」って言ったり書いたりしてますよ.彼のblogが「業界」呼称の先駆みたいに思われるのは心外だな)の労働環境について一家言を持っているらしいことはわかりました.ただし,他業界の労働環境にどの程度通じているのかはよくわかりませんが.図書館業界の非正規雇用に言及するヒトが,他業種の非正規雇用(保育士とか幼稚園教諭とか,委託とか指定管理者とかという点では図書館の後塵を拝してますが,非正規雇用の蔓延という点では10数年前には図書館を遙かに凌駕してましたけど,そのことを10数年前にある会合で指摘されたらモノの見事にスルーされてしまい,それ以来,ある労働組合系図書館業界団体には含むところがありますのよ)に言及している例を(rajendraさんなどの他には)あまり知らないので.
それにしても正直なところ,他所のblogを批判するのに,何を以って「高い理想を掲げて」と言っているのかが何度読んでも,よくわからないのです.元ネタの続きも書かれていますが,(少なくとも僕が理解するために)肝心なことはほとんど明らかにされていないばかりか,わからないことだけが増えていくという(^^;).で,取り敢えず労働環境に一家言を持ち,「ず・ぼん」への言及もあるところから推定するに,日図研や図問研の発想に近しいところに元ネタを書いたblog主の,「あるべき図書館の労働環境」≒「あるべき理想の図書館像(≒『市民の図書館』)」があるのかな,と.そうでなければここで
図書館の状況に対して批判的なことを主張すると、反論としてその状況を現状追認する人がいます。そうした現状追認の意見ってわざわざ表明して何か役に立つんですかね。で、こうした主張をする人間とかつて議論をしたことが複数回あるんですが、彼らのイメージする理想の図書館は、現在の利用者から苦情が出そうな劣悪なものだったり、断片的な印象に基づく図書館だったりします。前提となる基本的な知識がないと議論は成立しない。だからその後この手の批判をする人に対しては逃げることにしています。
とは書かないでしょうから.ここで
「現状追認」と非難されている人々の中に僕がいるのか,はたまた元ネタの
「高い理想を掲げて」の中に含まれているのかさえも,本当によくわからないのですよ.元ネタのblog主が日図研≒図問研系の方なら,僕は恐らく前者に含まれているでしょうが,何せ
元ネタと
続きのエントリーにおける「理想」という言葉の含意が混乱しているようですから,そこのところは何とも判断しかねるところです.
この,何故元ネタにおいて「理想」という言葉の含意が混乱している理由を考えるに,元ネタのblog主に図書館をめぐる「思想」もしくは「戦略」が欠けているからなんじゃないでしょうか? 恐らく,こんなことを彼のblog主は,僕には言われたく無いだろうと思いますけど(^^;).でも結局のところ,以前僕が別件で指摘したように
短期的な戦術を作成する術は持ち合わせていた(その具体的な戦術文書が『市民の図書館』であり,戦術を実行するための指南役が伊藤昭治を中心とする日本図書館研究会読書調査グループであったわけです)ものの,長期的展望に立った戦略/グラウンドデザインは持ち合わせていなかったし,ましてや戦略を構築するだけの知恵も度量も彼らが持ち得なかったことが,現在の公共図書館を廻る言説のダメダメさを招いているのですね.
を,まさに地で行くような言説に陥ってしまっているのではないでしょうか? だから
「この手の批判をする人に対しては逃げること」になってしまうのでしょう.相手を説得するのに賞味期限切れの言説を持ち出し「Eine Zunft, eine Bibliothek, ein Fuhrer!」と言って議論を排除する以外に手が無いでしょうから.
他のblogはさておき,今や僕が当blogで図書館を取り扱う際に僕が考えていることは,賞味期限が切れ袋小路に陥っているにもかかわらず,もはや「宗教的な」としか形容しようの無い情熱で支えられている「思想なき実践」「排除の論理」の帰結である図書館の現状を変えるための一助となることであり,そのための下支えとなるような「思想」を何らかの形で紡ぎ出すことです.ある意味,「高い理想」よりハードルは高いかもしれませんが,それを書こうと努力するだけの価値が「図書館」にはあると考えてます.
・・・・・・「空虚な中心」に向かって書くのは疲れます(^^;).
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