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「貸出至上主義者」度チェックβ版

民間図書館らしい企画を生み続けた船橋北口図書館を助けて下さい!(岡直樹) - READYFOR?

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2007年11月25日 - 2007年12月1日の記事

2007/12/01

山下達郎/クリスマス・イブ

山下達郎/クリスマス・イブ(ムーン:WPCL-10059)

 1983年発表.
 今年で21年連続,オリコン100位以内に入っているとの由.元は20年以上前の作品なのに,何ともスゴイことである.JR東海の「シンデレラ・エクスプレス」のおかげだけじゃあるまい.
 そういえば以前,達郎ファンの知人が別のファンから1983年12月に出た限定盤12インチシングルを見せられて,大層悔しがったと聞く(^^;).僕は,その12インチシングルは伝説として聞くばかりで見たことは1度も無い.何故か「Melodies」のポスターは譲られて持ってるんだけど,その際もこの曲を聴いた記憶が無いんだから,先見の明がまったく無かったのね_| ̄|○

2007/11/30

坂本龍一/Tong Poo

坂本龍一/Tong Poo(ピアノ連弾版)@岡城千歳&ジューイン・ソン(プロピアノ:PPR224532)

 2000年1月の録音.
 「Tong Poo」はもちろん,「イエロー・マジック・オーケストラ」に収録されているYMO初期の傑作.現在もなお,情報番組のBGMなどで使用されているが,今日現在の音楽だと紹介されてもまったく違和感の無い快作である.
 坂本龍一自身の手によるピアノ連弾版を,壮絶なハイテンションでふたりのピアニストがわき目も振らずに突進していく.このテンポで,よくもまあ合わせられるものだと,妙なところで感心してみたり(^^;).爽快な好演.

2007/11/29

コルンゴルト/赤ちゃんのセレナーデ

コルンゴルト/「赤ちゃんのセレナーデ」作品24@ヴェルナー・アンドレアス・アルベルト/北西ドイツ・フィル(cpo:999 150-2)

 1989年6月の録音.
 グリーグ(没後100年)とガーシュウィン(没後70年)に隠れていたけど,今年はエーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルト(1897-1957)の生誕110年にして没後50年ではありませんか.気がつかなんだ.と言うわけで,今頃になって今年初めて(だと思う)コルンゴルトを取り上げる次第.せっかくなので,底抜けに明るい「赤ちゃんのセレナーデ」作品24(1928年)を.1928年に息子が生まれたことを自ら祝うために作曲された,喜びに満ち溢れる如何にもコルンゴルトらしい壮麗なオーケストレーションの作品です.この華麗なオーケストレーションの技術力が,彼の音楽の骨格そのものであり,それが骨の髄まで染み渡っていたことが,USA亡命後のハリウッドでの成功と,第二次大戦後の晩年の失意とをもたらすことになるのですが,今は得意の絶頂にあるコルンゴルトの,肩の凝らない軽妙さと華麗の上に華麗を重ねたような極彩色のオーケストレーションを楽しむことにいたしましょう(^^;).

2007/11/28

対象との距離,昨日の追記など

 【図書館員の愛弟子: 矢祭町立図書館の学問的評価に期待する(期待させて…)

 roeさんからは過分なお褒めにあづかりました.ありがとうございますm(_)m ただ,僕のはてなブックマークにも書きましたが,正直なところ「矢祭もったいない図書館」についてはご近所さん故,実際に足も運びましたが,あまりにもいろいろな話を聞いてしまい(矢祭以外の方からも),却って研究対象としては「距離」をきちんととるのが難しい状態にある,と言うのが現在の僕の立場です.マックス・ヴェーバーを持ち出すまでもなく,研究者が研究対象に対して「距離」をとれないのは,(特にフィールドワーカーとして)学問として成立させることの障碍になりますので,僕が矢祭や「全国ありがとう文庫」を研究の対象にするまでには,今しばらく時間がかかるだろうと思います.
 妙な喩えかもしれませんが,現在の僕にとって飯島真理や沢田聖子の歌が,もはや評価の対象を越えてしまっているのと,似たようなところがあるような気もします(^^;).

 以下,昨日のエントリーへの追記など.
 昨日のエントリーで秋田県の地元紙である秋田魁新報について触れなかったのは,記事データベースが2005年1月の記事からしか扱っていなかったからで,それ以上の他意はありません.それでも,念のため調べてみたら2005年から2007年の「<内外の歴史>7月3日」の欄にて,県内の出来事として


▽1999(同11)年 全国から古本を募る運動を展開してきた西木村の青年グループが「ひのきない本の家」をオープン
と載ってました.すでに秋田魁新報は,「ひのきない本の家」の誕生を,まるで歴史上の出来事とみなしているかのようです(^^;).なお,ここで「サラダハウス」という固有名を回避しているのは,恐らく中心人物が議員に転進したからかと思われます.

 そう,「成功か失敗か」という話ですが,基本的には,ある物事への評価と言うのはひとそれぞれですから,「全国ありがとう文庫」をどう評価するかは,評価する側がどの立ち位置にいるかで変わってくるだろうとは思います.例えば,現状において『市民の図書館』に基づく「貸出至上主義」に拠る公共図書館の拡大路線は破綻し,失敗に終わったと僕は評価しています.しかし一方では,「みんなの図書館」2007年12月号の特集記事のように,未だに『市民の図書館』が公共図書館の原典(誤記ではない)でありそこに依拠するのが成功への近道である,とする立場もあるわけです.
 それでも,「全国ありがとう文庫」が,少なくとも公共図書館業界における玄人中の玄人(と僕が評価しうる人物)が嘲笑したような「失敗」には終わらなかったことを理解するには,僕が昨日挙げた新聞記事と評価を見れば取り敢えず充分なんじゃないでしょうか? それでまだ不足があるとしたら,他に何が必要なのですか?

チャイコフスキー/交響曲第1番

チャイコフスキー/交響曲第1番ト短調作品13「冬の日の幻想」@イゴール・マルケヴィチ/ロンドン交響楽団(フィリップス:446 148-2)

 1966年2月の録音.
 「幻想交響曲」(DG)で,あれだけ色彩の饗宴をやってのけたマルケヴィチが,オケも録音会社も違うとは言え,随分とまた現実的な音楽を展開していることである(^^;).夢を見がちなチャイコフスキーが,絶えず現実に引き戻されているような雰囲気の演奏で,この作品が持つ若書きの独特な夢幻の雰囲気はどこかに置き去りにされてしまっている.ひた押しに生真面目に演奏しているのは好感が持てるのだけど,この作品の再現に大切な軽妙さが一向に醸し出されて来ないのが何とも,もどかしい.

2007/11/27

ショスタコーヴィチ/交響曲第14番

ショスタコーヴィチ/交響曲第14番作品135「死者の歌」@ギドン・クレーメル/クレメラータ・バルティカ(ECM:476 6177)

 2004年11月の録音.
 昨日取り上げたマーラーの交響曲第10番からの「アダージョ」(絃楽合奏版)とのカップリング.何しろ,初めて聴いたショスタコーヴィチの交響曲がこの第14番だったためか,この作品には一方ならぬ思い入れがある当方だが(だから先日のラトル盤には失望した),このクレーメル盤は「さすが」である.そもそも曲が奇を衒っているのだから,指揮者が屋上屋を架すような解釈をほどこさなくとも,作曲者の指示を履行しつつも緊張感の高い演奏を展開さえすれば,この作品は凄絶な響きをたたえた名演を生み出すことができるわけだが,このクレーメル盤も胃が痛くなるような緊張感が持続する好演奏である.惜しむらくは,時々フラット気味になるバリトンがいま一息か.

「全国ありがとう文庫」のことなど

 【図書館員の愛弟子: 昨今の図書館情報学における疑問:矢祭町立図書館】について.

 roeさんがここで取り上げている「秋田県北部でボランティアが同様に全国に寄贈を呼びかけ、失敗した事例」というのは,秋田県大仙市(元・西木村)全国ありがとう文庫のことだと思うのですが,結論から言えば,このプロジェクトは失敗していません(^^;).

 この件については以前,当blogでもチラッと触れていますが【愚智提衡而立治之至也: 玄人ばなし】,暇を見つけて朝日,読売,河北新報の記事データベースを引いてみたところ,2002年8月の時点で60万冊の本が届いていたようです.そのうち,30万冊余りが1998年2月から4月の間に届いてしまったことで,当初は1万冊を想定していた,図書館的な本の整理には素人であったメンバーが吃驚して「寄贈は打ち切り」と話したこと(河北新報1998年4月7日朝刊など)が,玄人筋には「失敗」と受け取られたのでしょう.

 実際,僕が聞いたこのプロジェクトへの玄人の嘲笑も,寄贈書が集まらないことに対してではなく,予想以上の寄贈書が来たことと,その整理ができないこと,寄贈書の中身がほとんど使えない本だったと伝えられたことへのものです.このうち,寄贈書の中身が本当に使えないものばかりだったのかどうかについては,その後の「全国ありがとう文庫」の活動や,また「矢祭もったいない図書館」で実見した蔵書を見る限りでは,少々疑義無しとしません.

 ところが,その後は日本青年会議所が運営するまちづくり市民財団が「まちづくり助成金」を拠出したり,朝日新聞の「天声人語」で取り上げられたり(もともと最初にこの話を取り上げたのは,1998年2月12日の朝日新聞夕刊だったそうで),1998年10月には11箇所の「引っ越し文庫」(当初の名称)が誕生します.1999年7月3日には全国ありがとう文庫檜木内交流学習館(ひのきない本の家)が開館し,2001年1月には地域づくり団体自治大臣表彰に選ばれるまでになっています.

 そして2002年の時点では,分館は36箇所に達し,60万冊にまで達した寄贈書を「同じように本がなくて困っている人たちに本を送り,恩返ししよう」というプロジェクトに発展しているようです.そのうちの1万冊は京都刑務所に贈られたとか(朝日新聞2002年8月12日夕刊).

続きを読む "「全国ありがとう文庫」のことなど" »

2007/11/26

マーラー/交響曲第10番から「アダージョ」

マーラー/交響曲第10番から「アダージョ」(ハンス・シュタッドルマイヤーとクレメラータ・バルティカによる絃楽合奏版)@ギドン・クレーメル/クレメラータ・バルティカ(ECM:476 6177)

 2001年10月の録音.
 このCD,マーラーの第10番の「アダージョ」とショスタコーヴィチの第14番のカップリング.これはこれまでありそうでなかった組み合わせじゃないかしら? 少なくとも,僕はこの組み合わせのCDは初めて見るもの.作品の雰囲気から考えると,既に誰かがやっていても不思議じゃなかったような気がしますが,どんなもんですかね.
 この「アダージョ」,管楽器が聴こえてこないなあと思ったら絃楽合奏への改作(英語では“adapted”という言葉を使っている)だそうで,それも随分薄いなあと思ったらメンバーが20人(10-4-4-2).それなら,むしろリヒャルト・シュトラウスの「メタモルフォーゼン」と組み合わせるのも一興かと思ったけど,「メタモルフォーゼン」はユーリ・バシュメットなら取り上げてもクレーメルは取り上げないか(^^;).
 で,その薄さがクライマックスの不協和音で,どうしてもインパクトに欠けてしまうのが,この演奏の欠点.あの,地獄の釜の淵をのぞくような凄みが感じられないのが惜しい.

2007/11/25

ドヴォルジャーク/交響曲第9番

ドヴォルジャーク/交響曲第9番ホ短調作品95「新世界より」@オットー・クレンペラー/フィルハーモニア管絃楽団(EMI:7 63869 2)

 1963年10月と11月の録音.
 「新世界」って,突拍子も無い録音(解釈)と言うのはあまり無いと思うのだが,この録音は,そもそもクレンペラーが「新世界」を振ったと言うところから問題だったりする(^^;).ベルリオーズの「幻想交響曲」やチャイコフスキーの4,5,6番の録音だって残しているのだから,「新世界」があっても不思議ではないのだが,それにしても全くドラマチックじゃない序奏にドラマチックな提示部が付いてくるという,ちょっと不思議な演奏である.ヴァイオリンが両翼配置なので,序奏でその効果を狙ったところがわかって面白い.また,他の録音に比べてクレンペラーの木管の音色が少々変わっているように聴こえるのは,僕の気のせいか? とにかく,木管の浮かび上がらせ方は独特だと思う.第1楽章の繰り返しが励行されているのもクレンペラーならではである.

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