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2007年7月29日 - 2007年8月4日の記事

2007/08/04

ドビュッシー/ヴァイオリン・ソナタ

ドビュッシー/ヴァイオリン・ソナタ@ジャック・ティボー&アルフレッド・コルトー(EMI:CE30-5741)

 1929年の録音.マーラーの交響曲第2番の演奏会を,途中で席を蹴って出て行ったドビュッシー(1862-1918)は苦手中の苦手なので,ウチのCDライブラリーを探し回って,結局この録音しかないのであった.録音年から言って当然,電気録音初期のモノーラルであるが,曖昧模糊とした進行と謎めいた雰囲気が身上のドビュッシーには,作曲家と同時代の空気を吸っていたティボー(1880-1953)とコルトー(1877-1962)による演奏が相応しいところもあるだろう.
 
 さて,ドビュッシーは第1次大戦が始まると,「フランスの作曲家」としてドイツの侵攻に対抗すべく,「様々な編成による6つのソナタ」を作曲する計画を立てる.既に病魔に冒されていたドビュッシーは,それでも「チェロとピアノのためのソナタ」「フルート・ヴィオラとハープのためのソナタ」(ともに1915年)を書き上げ,次いで1917年に完成させたのがこの「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」である.ドビュッシーはここで力尽き,残る3曲のソナタは未完に終わる.

 この録音,ティボーのこぼれるような美音はある程度堪能出来るものの,曲についてはこのコンビを以ってしても,残念ながら僕にはよくわからない.残念なことだが.

2007/08/03

ヨハン・シュトラウス1世/ラデツキー行進曲

ヨハン・シュトラウス1世/ラデツキー行進曲作品228@ハンス・クナッパーツブッシュ/ヴィーン・フィル(デッカ:440 624-2)

 1957年録音.当時のデッカ独特の生々しい音で録られている.演奏は指揮者の名前から想像できる通りの,威儀のある荘重なもの.

 この行進曲はヨハン・シュトラウス1世(1804-1849)が1848年8月,「イタリア戦線での勝利と傷病兵のため」の演奏会で初演された.ヨーゼフ・フォン・ラデツキー伯爵(1766-1858)率いるオーストリア帝国軍のサルデーニャ王国軍に対する勝利と凱旋を祝して作曲したものである.当時のヴィーンは,メッテルニヒ政権を打倒した3月革命の余韻が今だ覚めやらず,労働者と学生を中心とした革命派は先鋭化し次第に孤立していた.最終的には同年10月にフランツ・ヨーゼフ1世によって革命派は鎮圧されることになる.革命勃発当初は革命派のために音楽を書き,革命派を鼓舞していたシュトラウス1世だが,この頃には革命派から離れており,ハプスブルク家を支持する市民階級の側に廻っていた.そこで,ラデツキー伯爵の凱旋を祝う行進曲を書いてハプスブルク家への支持を明らかにしたわけだが,このことによって失ったものも少なくなかったらしい.

 この作品,行進曲,と言ってもスーザのそれのような軍楽隊のためのものではなく,目的が示すようにセレナードの伝統を受け継いだ祝祭的な性格の音楽であり,そのリズムは当時流行していた「カドリーユ」という舞踏のものを用いている.現在では当初の目的など忘れ去られてしまい,ヴィーンの「ニューイヤー・コンサート」の掉尾を飾る名曲として,華やかに明るくコンサートに華を添えている.

2007/08/02

アーノルド/戦場にかける橋

アーノルド/組曲「戦場にかける橋」(クリストファー・パーマー編)@リチャード・ヒコックス@ロンドン交響楽団(シャンドス:CHAN9100)

 1992年1月の録音.LSOやRPO,LPOなどロンドンのオケには古くから映画音楽を担当したり演奏したりしてきた伝統があるためか,ここでもヒコックスとLSOは手抜きどころか,熱のこもった演奏を繰り広げている.

 この組曲は,マルコム・アーノルド(1921-2006)が担当した映画「戦場にかける橋」(1957年公開,原作:ピエール・ブール,監督:デヴィッド・リーン,出演:ウィリアム・ホールデン,アレック・ギネス,早川雪洲ほか)の音楽を,クリストファー・パーマーが演奏会用に編曲したもの.パーマーはアーノルドの他の映画音楽や,ウィリアム・ウォルトンの手がけた映画音楽の組曲化も行っている.この「戦場にかける橋」では,もちろん「クワイ河マーチ」(ケネス・アルフォードの行進曲「ボギー大佐」の転用)も含めての組曲化である.

2007/08/01

プロコフィエフ/アレクサンドル・ネフスキー

プロコフィエフ/カンタータ「アレクサンドル・ネフスキー」作品78@ネーメ・ヤルヴィ/スコティッシュ・ナショナル管絃楽団(シャンドス:CHAN8584)

 1987年8月の録音.当時売り出し中だったヤルヴィによる力演である.
 アレクサンドル・ネフスキー(1220-1263)はウラジーミル大公国の大公だった実在の人物で,中世ロシアの英雄と讃えられ,また東方正教会の聖人に列せられている.アレクサンドルの当面の敵はドイツ騎士団とスウェーデンであり,アレクサンドルはモンゴル帝国のバトゥを味方に付けてドイツ騎士団等と対峙し,ノヴゴロド公だった1242年には襲来したドイツ騎士団を「氷上の戦い」と後世形容されるチュド湖上の戦いで撃破する.その戦闘をセルゲイ・エイゼンシュテインが1938年に映画化したのが映画「アレクサンドル・ネフスキー」である.その映画で音楽を担当していたのがプロコフィエフで,プロコフィエフはその映画音楽を転用してカンタータを作り上げる.それがここに聴かれるカンタータ「アレクサンドル・ネフスキー」なのだが,クライマックスの「氷上の戦い」など聴いていると,プロコフィエフと言うよりはショスタコーヴィチのようなオーケストレーションであり,「プロコフィエフには何人ものオーケストレーション担当者がいて」云々と噂されたのもむべなるかな,と思わせる.プロコフィエフらしい諧謔味はあまり感じられない.

2007/07/31

ベートーヴェン/ウェリントンの勝利

ベートーヴェン/交響曲「ウェリントンの勝利,あるいはヴィットリアの戦い」作品91@アンタル・ドラティ/ロンドン交響楽団(マーキュリー:434 360-2)

 1960年6月の録音.わざわざニューヨークはウェスト・ポイントにある合衆国陸軍学校からナポレオン戦争当時の青銅製のカノン砲とマスケット銃を借り出して使用するという凝り性な録音である.

 この作品は1813年6月13日にウェリントン公がスペインのヴィットリアでナポレオン軍を大破したことのお祝いとして作曲される.元々は「パンハルモニコン」というヨハン・ネポームク・メルツェル(1772-1838,メトロノームの発明者として音楽史に名前を残す)が発明した大型の自動合奏楽器での演奏を想定した作品で,この頃メルツェルがベートーヴェンと計画していたイギリス旅行で披露するのが目的だったという.
 ベートーヴェンはパンハルモニコンのみならず,普通の管絃楽(ただし,ほぼ4管編成という大型のオケ)でも演奏できるようにした編曲譜を作った.管絃楽版が出版されたのと同時期に出版された様々な編曲版(トルコ風軍楽,絃楽五重奏,ピアノ三重奏,2台ピアノなど)にどの程度作曲者自身が関与していたのかは,手元の資料ではあまりよくわからない.初演時に演奏されたのは管絃楽版で,中心に大オーケストラを,左右にUK軍とフランス軍を象徴する軍楽隊を配置する,おまけに本物の火器を使用する,という当時のベートーヴェンにしては芝居っ気たっぷりな(^^;)舞台構成をとる.

 曲調は実に娯楽的,というか,肩の凝らない音楽で,実際にカノン砲やマスケット銃が炸裂していても,肉弾相打つ,と言うよりはどうにも剣道の練習をやっているような雰囲気で進むのが,何やらウェリントン公,あるいはナポレオン麾下の将軍たちの華麗な肖像画を連想させて,どこか可笑しい.この作品が大当たりをとった,という話がわかるような気がする.

柏崎市立図書館,8月1日より一部開館

 ソフィアセンター(柏崎市立図書館)が,明日8月1日より一部開館することが,ホームページに告知されました.詳細は,下記のリンク先(pdfファイルです)をご参照ください.

http://lib.city.kashiwazaki.niigata.jp/osirase/itibukaikan.pdf

開館時間や休館日の変更,利用できない資料群もあるようですが,まずは開館にこぎつけることができたことを喜びたいと思います.関係者の皆様,お疲れさまでした.

 私事ではありますが,数年前に某図書館の資料を勤務先で借り受けて利用者が破損してしまった際に,柏崎市立図書館にはいろいろとお世話になった記憶があります.本来ならば現地に入ってボランティア活動すべき立場にあるのでしょうが,公私とも諸事多忙な折でであり,止むを得ず情報の収集と提供にて,罹災者のお役に立てればと願っているところです.
 被災地において,一日も早い水道と都市ガスの復旧がなされることを祈念しています.

2007/07/30

ショスタコーヴィチ/交響曲第8番

ショスタコーヴィチ/交響曲第8番ハ短調作品65@ベルナルド・ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管絃楽団(デッカ:444 430-2)

 1982年の録音.西側でのフロンティアとしての価値以外には,現在ではあまり高い評価の出来ないハイティンクのショスタコーヴィチ全集の中では,好演の部類に入る録音だろうか.統制された狂気が支配するムラヴィンスキーとも,暗い情念が交錯するコンドラシンとも,マッシヴでひた押しに押すヤルヴィとも異なる,如何にもハイティンクらしい距離を置いた(4番あたりではマイナスに働いている)解釈が,ここではプラスに働いていると思う.アクの強さには欠けるものの,マテリアルな音響に堕さずに,作品の内側も目配りが行き届いている.

2007/07/29

ラフマニノフ/ピアノ協奏曲第3番

ラフマニノフ/ピアノ協奏曲第3番ニ短調作品30@ヴラディーミル・ホロヴィッツ&ユージン・オーマンディ/ニューヨーク・フィル(BMG:82856 59411 2)

 1978年1月8日,ホロヴィッツ(1903-1989)が20数年ぶりにオーケストラとの共演を果たした際のライヴ録音.ホロヴィッツは,ラフマニノフのピアノ協奏曲は第3番しか弾かなかったそうで(ルービンシュタインは逆に第2番しか弾かなかったらしい),作曲家自身に「私よりも上手い」と認められていたほどだったそうだ.

 何でも,このときホロヴィッツは共演するオケと指揮者をNYPとオーマンディでなければダメ,と言ったらしく,それまでNYPを振ったことのないオーマンディが急遽引っ張り出されてぶっつけ本番に近い形で指揮したとか.それにしては,オケはあちこち弾き崩しテンポもいたるところで自由に伸び縮みさせるホロヴィッツによく合わせている.ホロヴィッツのクセをよく飲み込んでいたオーマンディの棒さばきの上手さ故か.ホロヴィッツは,良くも悪くも天衣無縫な弾きぶりで,ミスタッチがあろうが音が濁ろうがおかまいなし(^^;).どうでもいいところは弾き飛ばし,自分の気に入ったパッセージはガンガン弾き,如何にもホロヴィッツらしい見事さである.

J.S.バッハ/前奏曲とフーガ変ホ長調BWV552(シェーンベルク編曲)

J.S.バッハ/前奏曲とフーガ変ホ長調BWV552(シェーンベルク編曲)/レナード・スラットキン/BBCフィルハーモニック(シャンドス:CHAN9835)

 読売新聞【鈴鹿8耐、加賀山・秋吉組が優勝

 祝・ホンダ11連覇阻止,スズキ優勝! それもヨシムラだよね.いやー,オメデトウ!

 誰かさん(^^;)の影響で多少オートバイ,それも鈴鹿8時間耐久レースが実は好きです.以前はNHK-BS1でも放送していたのですが,最近はスカパーしか生中継してくれないので,まさか鈴鹿8耐のためだけにスカパー入れるわけにもいかず,何処かがホンダの連覇を阻んでくれないかなあ,と期待するだけなのでした.いやーよかったよかった.

朝青龍「仮病」疑惑騒動

 報知新聞【朝青龍、巡業「半永久的」追放…仮病疑惑
 サンスポ【【大相撲】朝青龍、仮病でサッカー…夏巡業から締め出し

 以前,石井代蔵の本で読んだのだけど,昔々の大相撲では年2場所しかなかった「本場所」はあくまで力士の力量を測る試験,試験で好成績を挙げた(本場所で番付を上げ人気の出た)力士を巡業で売り,人気力士の名前で巡業を売ったものなのだそうだ.巡業は大相撲の重要な収入源であり,ある意味本場所よりも大切なものであった,と.そのような伝統のある巡業を,「骨折」の診断書を提出して休場したはずなのに,師匠も知らぬ間に国外に脱出してサッカーの試合に出場していたとは,何をかいわんや,というところが日本相撲協会,横綱審議委員会,巡業の勧進元,大相撲ファンの大方の思いだろうか.抗議の電話やメールが協会や勧進元に寄せられるのも,もっともな話である.

 しかし,正直なところ僕のような素人から見ても「北の湖体制」になってからの日本相撲協会執行部は,朝青龍の不祥事に対しては腑抜けでおおよそ威厳というものが感じられない.そもそも朝青龍の師匠と言えば「大ちゃん」こと元大関朝汐の高砂親方,現役時代の相撲を覚えている身からすると,失礼ながら「横綱」朝青龍を制御できるだけの人格者とも思えない.この不祥事のケリを,北の湖や高砂がどのようにつけるのか.朝青龍に引導を渡す(引退,最低でも年内の本場所・巡業の出場停止)ことが出来れば,他の外国人力士(誰とは言わないが)に対しても一罰百戒の効果があるだろうが,恐らく北の湖では無理だろうな,残念ながら.

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