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2007年6月10日 - 2007年6月16日の記事

2007/06/16

ブラームス/3つの間奏曲作品117

ブラームス/3つの間奏曲作品117@ヴィルヘルム・ケンプ(DG:POCG-90117)

 1963年12月の録音.さすがに今日は疲れているようで,珍しくブラームスの,それも晩年の小曲集(作品117,118,119)が1枚に納められいる,このCDを聴いている.ブラームス晩年のしみじみした憂愁を伝える,枯淡な味わいの好演奏である.
 それにしても,今日は1時間程度昼寝をするつもりで昼食後に横になったら,目覚めてみたら18時半だった_| ̄|○ いったい,何時間寝ていたんだろう? 疲れているのは,昨晩日付が変わるまで読書していたからだろうが.

星新一:1001話をつくった人

 読み終わって,深いため息とともに涙が溢れるのを抑えることができなかった.綺麗事に終わらない,素晴らしい伝記作品である.

 僕自身,一時期星新一の本はよく読んでいる.ファンだったと言っていいと思う.と言っても,そもそもの出会いがショートショートではなく,中学生のとき親父がクリスマスに買って来た単行本『明治の人物誌』というのが,恐らくは他の愛読者と異なるんじゃないだろうか.そのためか,何より大好きだったのは『明治・父・アメリカ』.ボロボロになって綴じも壊れた文庫本『明治・父・アメリカ』も,何かの理由で染みを作ってしまった『明治の人物誌』も,いまだに手元にある.『明治・父・アメリカ』は余りに状態がひどいので買い換えようかと思い,確認してみたら品切れで愕然としたのは,1,2年前のこと.

 と言うわけで,星新一の生涯を運命付けたその父,星一についてはまんざら知らないわけでもなかったのだが,『星新一』を読んで,星一のあまりの破天荒さと,その背後にあったと思しき闇の深さに改めて仰天させられる.これは大変な父親を持つ羽目になった一家の栄光と悲惨をひとりで背負い込み,父親とは別の世界で一流になったものの,ついに父親の残した闇から自由になれなかった息子の生涯を追って不足の無い本であろう.とにかく,「驚きの連続」の見本のような本であった.

 ちと不満があるとすれば,星新一が『明治の人物誌』で「先生とつけなければ書き続けられない」とその恩義を明らかにしていた花井忠(弁護士で,『明治の人物誌』に登場する花井卓蔵の養嗣子)に関する記述があまり見られないことくらいであろうか.
 と言うのも,まさか根岸寛一(映画人.戦前は日活で活躍し,戦中は満映,戦後は東映の基礎を築いた)の名前が『星新一』に出て来るとは思わなかったという,こちらの勝手な入れ込みがあるものだから.しかも,星新一は健康が悪化して自由が丘に引き籠った根岸のところをたびたび訪れ,何かと相談相手になってもらっていたというのだから驚いた.それにしては,恩義を公言していた花井忠の影が薄いのが不思議である.

 それにしても,星一もまた満洲につながりのある人間だったとは知らなんだ.二反長半の『戦争と日本阿片史』という本(ほとんど絶筆だったらしい)のことも知らなかった.星一の海外での事業については,ノンフィクション作家の上野英信が『人民は弱し官吏は強し』の内容について星新一に詰問状を送ったけど返事が来なかった,という逸話を「未来」だったかどこかの新聞だったかで読んだ記憶はあるけど.この上野の件は『星新一』には出て来ない.上野が出した詰問状は本人の手元に届いたのか,届かなかったのか,届いても破棄されてしまったのか,いささか興味があるところなのだが.

 この書評,星一がらみのことばかり書いているな(^^;).もちろん,日本SF史を学びたいひとには必読の文献だけれども,星新一の晩年が功なり名遂げた人のそれとは,とても思えない精神状況だったことも包み隠さず書かれていることが,この本の価値を更に高めていると思われるのは,何とも言えない気持である.

星新一
星新一
posted with 簡単リンクくん at 2007. 6.16
最相 葉月著
新潮社 (2007.3)
通常24時間以内に発送します。

2007/06/15

ブルックナー/ロマンティック

ブルックナー/交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」@オットー・クレンペラー/ヴィーン交響楽団(VOX:CDX2 5520)

 1951年3月録音.CDでは,一部で「怪演」「謎演」の名をほしいままにしている(^^;),ハンス・ロスバウト(1895-1962)が振るマーラーの第7番の録音とカップリングされている.
 クレンペラー(1885-1973)の「ロマンティック」は,晩年のバイエルン放送響とのライヴ録音でも60分を少し超える程度のテンポで演奏されているが,このヴィーン響との演奏は実に快速調.(恐らく)カットも無いのに全曲を51分半(!)で走り抜ける.表現も恐ろしくドライでおよそ感情移入というものが感じられない.要するに「ロマンティック」では全く無い演奏(^^;).ひょっとして,同時代音楽の果敢な擁護者であったクレンペラー,音楽演奏におけるある種の実験でもやっていたのかいな,と思わせないでもない.それほどクレンペラー自身の後年のブルックナー録音からも想像出来ない,ある意味凄まじい演奏ではある.

 クレンペラーの「ロマンティック」をお求めの際は,安いからと言ってこの録音から聴いてはダメです.フィルハーモニアとの録音(EMI)か,前記バイエルン放送響とのライヴ録音(EMIのが正規音源)のどちらかから聴き始めることをお薦めします.

2007/06/14

J.S.バッハ/ブランデンブルク協奏曲第4番

J.S.バッハ/ブランデンブルク協奏曲第4番ト長調BWV1049@カール・シューリヒト/チューリヒ・バロック・アンサンブル(コンサートホール/スクリベンドゥム:SC011)

 カール・シューリヒト(1880-1968)最後の録音になった1966年5月のブランデンブルク協奏曲全曲から.このアンサンブル,実はかなり名のある奏者の集まりだよ,という話を何処かで読んだ記憶があるが,確かにシューリヒト/ハーグ・フィルのブルックナーなど必ずしもよい音を録っていないコンサートホール盤としては,かなり深みとコクのある音で録音されているように聴こえる.演奏もなかなか温かみのある好演で,シューリヒトが自分の身の丈に合ったバッハを慈しみ,楽しんでいるかのようである.モダン楽器によるバッハなんて,と思っている方にも一聴をお薦めする.古楽派の切れ味とはまた一味違う,暖かなバッハである.

2007/06/13

ハルトマン/葬送協奏曲

ハルトマン/葬送協奏曲@イザベル・ファウスト&クリストフ・ポッペン/ミュンヘン室内管絃楽団(ECM:465 779-2)

 1999年7月と9月の録音.カール・アマデウス・ハルトマン(1905-1963)がナチス政権下のドイツで国内亡命を強いられていた1939年に作曲された,ヴァイオリン独奏と絃楽オーケストラのための作品.第3楽章に闘争的なアレグロ楽章を置くが,あとの3つの楽章はいずれも緩徐楽章であり,全編が悲痛な表情で一貫している.それはナチスの圧政への抵抗とも言われる.ある解説ではヤン・フスを始祖とするフス派のコラールが引用されているといい,別の解説ではロシア労働者運動の歌である「不滅の犠牲」という曲が引用されているというのだが,それらがどの箇所を指すのか,残念ながら僕にはよくわからない.それでもその苦しみと哀しみに引き裂かれる音楽に,強く共感するのは僕だけではあるまい.
 演奏団体が根拠を置くミュンヘンは,ハルトマンが戦後その本拠地とした街であり,戦後西ドイツにおける現代音楽の一面を代表するところにもなったわけだが,ここは同時にヴァイマール共和国期にナチスを育んだ街である.戦後長らくミュンヘンの歌劇場の復興に尽力したのは,かのハンス・クナッパーツブッシュである.

 この頃は,出来るだけ「図書館」というものから身も心も引くだけ引いてこのblogを更新している.現在の公共図書館の「現場」を論じる気も,現在の大学図書館の「技術」を論じる力も,今の僕には全く無いからね.ましてや新保守主義的な「図書館」像が跋扈し始めている現状を変えるだけの筆力も無い.
 それでも,今日遅まきながら読んだ「出版ニュース」誌掲載の『図書館戦争』を論じた文章の,馬鹿馬鹿しい限りの大はしゃぎぶりにはがっかりさせられたことが,今日この作品をBGMに選んだ理由だと言ったら,その文章の筆者はもとより彼の所属する団体の当事者たちは「またあの馬鹿が」とでも思うのだろうな(^^;).今更当人たちに向かって何事かを言っても無駄だから,ここで嫌味のひとつも言っておく.
 所詮「公共図書館」と「図書館の自由」をモチーフに借用し幻想を展開させただけのライトノベルを,運動系の方々がそこまで持ち上げることへのツケは,今後あなた方自身が払うことになるのだよ.

2007/06/12

尾高尚忠/フルート協奏曲

尾高尚忠/フルート協奏曲@ジャン=ピエール・ランパル&森正/読売日本交響楽団(デンオン:COCO-70507)

 1968年5月の録音.
 尾高尚忠(1911-1951)はNHK交響楽団主催の「尾高賞」に名を残す,作曲家にして指揮者.尾高家は澁澤榮一と縁戚関係にある旧家で,兄にマックス・ヴェーバーの『職業としての学問』を岩波文庫に翻訳した尾高邦雄(1908-1993)などがいる.戦中から戦後にかけてヨーゼフ・ローゼンシュトックのあとを受けて新交響楽団(新響)→日本交響楽団(日響)の指揮者として大車輪の活躍をしたのが祟って過労死した.
 この協奏曲は,最初フルートと室内楽編成のオケによる協奏曲であったものを,フルオーケストラ用に編曲している途中で尾高が亡くなったため,残された最後の数小節のオーケストレーションは尾高の弟子である林光(僕にとっては「水ヲ下サイ」を含む「原爆小景」の作曲者というよりは,こんにゃく座の座付作曲家のイメージが強い方)がまとめた.この作品については,この曲を知らない(と思う)ある教え子と偶然,誰かが終楽章を練習しているところを通った際,彼女が「何だか懐かしい感じのするメロディですね」と言ったのが想い出される.もう10年以上前の話だ.彼女は,今何処で何をしているのだろう(^^;)?
 なお,最初の小編成での初演の際,フルートを吹いたのはこの録音で指揮をしている森正(1921-1987)である.森はフルート奏者から指揮に転向し,名古屋フィルの音楽総監督としてその育成に力を注いだひと.

2007/06/11

J.S.バッハ:ヴェーベルン/6声のリチェルカーレ

J.S.バッハ/「音楽の捧げもの」BWV1079より6声のリチェルカーレ(ヴェーベルン編曲)@ピエール・ブーレーズ/ロンドン交響楽団(ソニー:SM3K45845)

 1969年6月録音.ブーレーズがもっともブーレーズらしい指揮を展開していた頃の,記念碑的ヴェーベルン全集から.何て言うのか,ヴェーベルンの編曲には,ざわついていた心が平らかにさせられる力があるような.それは元からバッハの音楽が持っている力なのかもしれないけれども,この編曲は見事なものだと思う.

 それにしてもこれ,しばらく振りに引っ張り出したCDだけど,今とは別人のブーレーズがホントにここにいるのには,ビックリさせられる(^^;).この頃のブーレーズは,実に怜悧かつ玲瓏な指揮をしていたものである.DGに録音するようになってからのブーレーズは,大指揮者よろしくブルックナーまで振るようになってしまったわけでorz マーラーの第2番など,その昔ドビュッシーやデュカスがマーラー自身が振る演奏会を中途で席を立ってしまったほどなのに,その第2番をブーレーズが振って人気を取るというのは,どういうことなんだか(-_-;).
 納得いかない話ではある.

2007/06/10

ウェーバー/クラリネット協奏曲第1番

ウェーバー/クラリネット協奏曲第1番ヘ短調作品73@チャールズ・ナイディック&オルフェウス室内管絃楽団(DG:UCCG-9470)

 1991年4月の録音.
 カール・マリア・フォン・ウェーバー(1786-1826)のクラリネットをフィーチュアした作品は,友人のクラリネット奏者ハインリヒ・ベルマンのために書かれたもの.この曲では劇的な第1楽章からゆったりとした牧歌的な第2楽章を経て,踊るように楽しげな終楽章(ただし中間部ではちと影が差す)にいたる,ベートーヴェン風な「暗から明へ」という曲調をとる.その旋律の豊かさと音楽の劇的な振幅の激しさが,恐らく歌劇作曲家として成功した要因のひとつなのかな.
 オペラを聴かない当方には,ウェーバーの魅力はいまひとつピンと来ないところがあるのだけど(^^;).どこか,安心して聴き流せない怪しさ(危うさ?)のようなものがこの曲に限らず,ウェーバーの音楽に感じられるのは,気のせいかしらん?

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