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民間図書館らしい企画を生み続けた船橋北口図書館を助けて下さい!(岡直樹) - READYFOR?

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2007年1月7日 - 2007年1月13日の記事

2007/01/13

レーガー/チェロ・ソナタト短調

レーガー/チェロとピアノのためのソナタト短調作品28@ハンス-ゲオルグ・ヤロスラウスキ&ウルリヒ・ウルバン(ベルリン・クラシックス:0031692BC)

 1898年に作曲された,マックス・レーガー(1872-1916)2番目のチェロ・ソナタ.伝記に拠れば,この年レーガーは軍隊を除隊したものの,心身ともに虚脱状態にあったとされるが,この作品を聴く限り虚脱状態の影は窺うことが出来ない.20代半ばにして形式が判然としない,甘い旋律を晦渋かつ重厚な編曲で包み込むレーガーらしいところが濃厚に(この「濃厚」もレーガーを形容する上で欠かせない言葉だ)現れている.演奏も,そうしたレーガーらしいところを十全に表現した佳演である.

「読書」は個人のもの

 こちらも昨日のエントリーの続き,というか蛇足のようなもの.

 僕が考える公共図書館の存在意義は以前,【愚智提衡而立治之至也: 公共図書館が保障するもの】にて明らかにしています.ここでも「読書」や「教育」や「福祉」よりは,民主制の維持に重きを置いて公共図書館の存在意義を説明していますね(^^;).僕は公共図書館が教育や福祉の一端を担うのは,あくまでもその存在意義からもたらされた結果のひとつに過ぎない,と定義しているので,まあそういうことになるのですが.

 で,これは公共図書館の存在意義として「読書」の効能を主張する向きがありますが,官≒政治の側から「読書」を云々されることには,違和感がぬぐえないのですよ僕は(公共図書館に勤務する方々の自己規定がどうあれ,公務員として公共図書館に勤務されている方々は公務員=官には違いありますまい).個人文庫の活動方針ならまだしも,公共図書館が読書について「人格の涵養」云々と言い出すのは『市民の図書館』擁護どころか,思想善導に勤しんだ戦前への回帰じゃないですか(^^;).

 「読書」はやっぱり,あくまで個々人の範疇で考えられ,止められるべきもので,それを「公共性」の支柱にしようというのは少々危険な匂いがしますが如何?

「図書館と出版不況」

 昨日のエントリーが,「図書館と出版不況」の話についてはどうにも中途半端なので,もう少し続けますよ.

 図書館(今回は公共も大学も含めての話なので「図書館」とします)と,【書評サイト Loud Minority: 図書館の中の人は出版不況怖くないんですか?】で問題提起されている「出版不況」との関係ですが,やはり図書館業界の多数派を形成している方々には,出版不況に対する懸念とか波及効果への恐れとかは,稀薄だと思います.以前,浦安市立図書館が「特定中小出版社出版物の徹底収集」を打ち出したときに現れた囂々たる(的外れな)非難を思い起こせば,そのように想定できます(^^;).出版流通が立ち行かなくなれば,もっとも被害を蒙る立場にあるのは図書館業界のはずですが.本が買えないんだから.

 僕は,図書館の機能の中に出版流通に対する,ある種の「メセナ」的な要素を含めるべき,という考え方を以前から持っていますが,この考え方は図書館業界でウケたためしが無いのですねえ(^^;).図書館運営に関して経済効率重視でフローの効果をより求めている方々は,図書館の持つストック機能を何だと思っているのやらorz.

 例えば,これは本の話では無いので例として,ここで持ち出すにはいささか不適当の謗りを免れませんですが,個人的に,本よりも音楽の方が話をしやすいので持ち出しますと,USAでUSA出身者による現代音楽(クラシック畑の)の録音が各社によって盛んに行われるのは,それをアーカイヴ/ライブラリーとしてUSA各地の図書館がお買い上げになるからだ,ということを聞いたことがあります.図書館によるこのような購入は,現在においては情報の公開と流通(クラシック畑の現代音楽の聴衆/マーケットは限られてますから)を促進するとともに,未来においては過去の記録のストックとして大切な資料となりうるわけです.その価値はその資料を必要とするひとが決めるもので,図書館側が決めるものではありません.何より,それを揃えておけば,あるときそれを必要なひとが現れたときにサッと取り出せることに,図書館としての最大の意義を見出すのが筋です.
 
 翻って,NAXOSが継続して出している「日本作曲家撰輯」というシリーズを,どれだけの図書館が継続して購入しているんでしょうか? 先日投げかけられた「新自由主義」の本場はUSAだと仄聞しておりますが,「新自由主義」とやらの下で経済効率と市場を優先しているはずのUSAで行われているらしいメセナ的な視点での公共図書館政策が,護送船団方式の本家であるらしい彼の国で,ナショナリズムも勃興しているはずなのに実現しないこの不思議(^^;).『市民の図書館』や『本をどう選ぶか』を奉ずる視点では理解できない経営政策でしょうけれども.

日常(2007年1月13日)

 お休みの日.朝起きたら10時を廻っている(-_-;).慌てて定期通院に.正月明けにしてはまあまあなんでないの? その後は食料調達に廻って帰宅し,読書したりネットしたり.

 河北新報【 「もったいない図書館」完成 福島・矢祭町が新設】ついにスタートライン.どのように成長していくのか,楽しみです.某Zunftの地方集会で矢祭町の件が取り上げられると仄聞してますが,価値否定のオンパレードになることを危惧しています.僕が集会に参加すればよいのですが,如何せん資金不足でクビが廻らないため今回は断念するしかありませんorz.

2007/01/12

「たかが読書」で読書は充分

 【書評サイト Loud Minority: 図書館の中の人は出版不況怖くないんですか?

 言及が遅くなりましたが,トラックバックありがとうございました.
 「図書館の中の人は出版不況怖くないんですか」と尋ねられたら,大方の公共図書館関係者は鳩が豆鉄砲食ったような顔をするのがオチなんじゃないかなあ,と少々悲観的な予感がします.何しろ出版流通業界に対する公共図書館関係者の無知と偏見は,最近でこそ鳴りを潜めてますが,10年ほど前まではそれは酷いものでした.いわゆる「出版不況」など,現在でも「対岸の火事」ほどにも痛痒を感じていないのでは,と受け止めざるを得ない節があります.

 もちろん,例えば児童サービス担当の公共図書館員が「いい絵本がすぐ品切れになる」ことに頭を悩ませている,ような事例はありますが,それを俯瞰的な視点で「出版」をめぐる円環の中に据えて考えられる公共図書館関係者は,それほど多くないと僕は見ています.これ,偏見かもしれませんが,業界誌の内容を一瞥すれば「ず・ぼん」と「図書館の学校」という出版流通にも軸足を載せていることが明らかな雑誌以外は,「図書館雑誌」でも「みんなの図書館」でも図書館関連本の書評(?)は掲載されても出版流通絡みの記事は年に何本も載りませんからねえ.

 これはお互い様な一面が確かにあって,著作権絡みで公共図書館を非難する文筆業者を含めた出版流通業界の方々も,三田誠広や室井佑月の過去の発言に見られる如く,恐ろしく公共図書館に無知で偏見を持っている場合が多かったですから(^^;).まあこのあたりは,時間が幾らかかろうとも,今後も引き続き対話を重ねていくことによって相互の認識と理解を計っていくしか無いでしょう.

 ちなみに,僕自身は「読書」にそれほどの権威も地位も格式も感じていないし,認めてもいません(^^;).読書による人格の涵養なぞ,そんなものは結果に過ぎず,そんなご大層なことを考えながら本を読むのは正直ゴメン蒙ります.本を読むのは,例えば旅先で鉄道の乗り継ぎの時間潰しに入った書店で見かけたタイトルに惹かれたり,デートの待ち合わせ場所にした公共図書館で偶然見かけたタイトルに興味を持ったり,で充分じゃないですか.『読む力は生きる力』(岩波書店)って本がありますけど,著者の主張は理解できますが,その通りにやろうとは思いません.読書はあくまでも個人の趣味,楽しみの範囲を超えて強制するものじゃありません.

 こう考えてくると結局,公共図書館の失速,就中『市民の図書館』路線の失速は,「読書」に過大な価値を背負わせたことにも一因がありそうですね.「読書」に公共図書館と近代市民社会の成熟を期待した『市民の図書館』の著者の意図は,見事なまでに社会の流れに取り残されてしまってます.それがいいとか悪いとか,ではなく,社会の変化に対応できるかどうか,が問題なんですけど,社会の変化も公共図書館の変化も共に「悪」と捉えているようでは,あまりに牧歌的なんじゃないでしょうか.


 ・・・・・・うーん,最初に意図したのとは違う流れのエントリーになってしまいました_| ̄|○ ホントは公共図書館の存在意義のほうに話を持っていこうと思っていたのですが,どうもいただいたTBからは話がずれていってしまいました.ゴメンなさいm(_)m

日常(2007年1月12日)

 お仕事の日.昨日の不調はリカバリーしたけど,仕事はあまり進まず(-_-;).受入業務などボチボチ.

 毎日新聞【中村紀洋:オリックス退団へ 双方の溝埋まらず】やっちゃいましたね(>_<).どっちもどっち,お互い様な結果だとは思いますが,どちらかと言えば球団側の非が大きいかな,と.何にせよ,蒔かれた種は早めに刈られるにこしたことは無いでしょうね.

ショスタコーヴィチ/交響曲第4番

ショスタコーヴィチ/交響曲第4番ハ短調作品43@ネーメ・ヤルヴィ/スコティッシュ・ナショナル管絃楽団(シャンドス:CHAN8640

 この録音を聴くのは久し振り.ヤルヴィがシベリウスやプロコフィエフで売り出したのと同じ頃の録音である.最初に聴いた頃に感じた清新さは案外早くに錆び付いたような気もするが(^^;),一見力演タイプながらも実は常に8割の力でコントロール,という趣きの演奏であり,4番のファースト・チョイスとしておススメできる優れた録音であろう.

モラルじゃない,ルールでしょう

 産経新聞【【溶けゆく日本人】救急車をタクシー代わりに

 記事の後半が,公共図書館での利用者による資料破壊の話.
 この連載自体は視点が,如何にも産経新聞らしい大都市圏在住の道学者あるいは自己中オヤジのそれなので,読んでいると(記事の意図とは恐らく違う意味で)不快になってくるのだが(^^;).それはそれとして,今回俎上に載せられている公共図書館のケースはホントに酷いもの.モラルじゃなくてルールの問題なんだから(ここを区別しないで曖昧なまま「モラル」を叫ぶのが,ファシズムに通じる産経流),警察を入れたほうがいいかもしれないところまで来ているのかも.

 図書館業界側がこれからも「モラル」を叫び利用者性善説で突き進めば最後,RFIDタグか何か使った,完全管理/監視の公共図書館でも建てるところまでいくのかしらん? 僕は以前,資料をあるべき書架に利用者が戻さなければ警告を書架が発するような,強烈に管理主義的な図書館施設をある意味「理想の図書館」のように書いた記憶があるけど,それこそコストパフォーマンスが高すぎて,『市民の図書館』信奉者をはじめとする経済効率優先な方々からは失笑されそうですね.

2007/01/11

日常(2007年1月11日)

 お仕事の日.寝坊して朝食を食べ損ねる(-_-;).昨日は早く寝たのに.おかげで仕事もはかどらず,あちこちに迷惑をかける.明日は取り返すよん.
 しかし最近,少々虚弱体質気味だ_| ̄|○

2007/01/10

日常(2007年1月10日)

 お仕事の日.受入業務と相互利用をいくつか.某所よりお申込の論文が指定の雑誌に見当たらず,ヘンだなと思ってあれこれ確認してみたところ,お探しの論文を掲載している雑誌の誌名が違う_| ̄|○ ある雑誌のフルタイトル(「○○○」)が別の雑誌のフルタイトル(「○○○雑誌」)にそっくり併呑されているために起きた,稀な間違い.

 東京新聞【神様お願い!!】はい,それはもう切実なものですよ.湯島には行ったし,わざわざお願いして太宰府天満宮のお守りを買って来てもらったし.当人が神頼みをあまり信じていないのが幸いですけどね(^^;).

 「図書館民営化」議論の絡みでもう少し書きたいことありますが,身体が言うこと聞かないので今日は寝ます.

求む,行動力ある図書館長

 東京新聞【行動力ある図書館長を公募 伊那市「読書離れ」に歯止め

 正直,月25万の1年契約では応募する気になりませんね(^^;).年俸1000万円の5年契約で如何ですか(^^;)? 

 冗談はさておき\(^^\)(/^^)/,はてブ「『市民の図書館』信奉者にはやりがいがありそう(^^;). 」とコメントしたのはしごく真面目な話.記事に


「幼い世代を含めた市民の「読書離れ」に対し、ユニークなアイデアを持ち、行動力のある館長の採用を目指す」
とあるのを見たからです.問題視されているのが「読書離れ」,即ち本の世界であるのであれば,思想としては時代遅れであっても,誰の目にも見える効果を出し易い『市民の図書館』の方法論は,(住民個々の「読書」の内実を問わなければ)充分な成果を挙げることが可能だろうと考えますが如何.『市民の図書館』を補完するものとして『本をどう選ぶか』『公立図書館の役割を考える』(共に日本図書館研究会)も備えておけば,それまで沈滞していた公共図書館でも,5年もあれば「貸出し」が活性化すること請け合いです.

 問題は,その次の一歩なのですが,『市民の図書館』信奉者は「貸出し」の活性化で思考が停まってしまうのが難点なのですね.『中小レポート』に漲る闊達な近代の精神があればまだしも,『市民の図書館』は(執筆当事に期待されていた近代市民社会が執筆者の期待通りに成り立っていないが故に)ストイックな殉教者,もしくはマテリアルの移動そのものに淫したフェティシズムの正典(Canon)と化してますから.

ヤナーチェク/グラゴール・ミサ

ヤナーチェク/グラゴール・ミサ@カレル・アンチェル/チェコ・フィル(スプラフォン:COCO-75316)

 古代教会スラヴ語の典礼文に基づくという,ヤナーチェク晩年の大作.いわゆる「ミサ曲」の伝統からは恐らく自由なところで作曲された,個性的な音楽である.
 アンチェルの録音は音こそ少々古びてはきているが(1963年録音),作品に対する共感と敬意が熱く語られる名盤.

2007/01/09

日常(2007年1月9日)

 遅ればせながら仕事始め.休みの間に申込が溜まった相互利用を手続きしたり,積み上がった郵便物を片付けたり,勤務先のウェブページの情報を更新したり.
 今日から学生アルバイトも更新.あまり詳細には駆けないけど,今年はちょっと不安なのだ(>_<).

 毎日新聞【工藤移籍:一貫性ないFA補強戦略】不良債権処理に,この手があったとはねえ(^^;).とは言え,この移籍が原政権の「不良債権処理」のみに終わることの無いように,ベイスターズと工藤公康は克己することを希望しておく.ベイスターズの鳴かず飛ばずな若手投手陣は,生きた教材を用いた勉強の機会を与えられたわけだから,なおのこと努力されたい.

ドヴォルジャーク/交響曲第7番

ドヴォルジャーク/交響曲第7番ニ短調作品70@リボル・ペシェク/ロイヤル・リヴァプール・フィル(ヴァージン:5 61853 2)

 まあ,どこから聴いてもブラームスの匂いが芬々とする交響曲(^^;).前後の交響曲と比較するまでもなく,どうにも「借りてきた猫」よろしきせせこましさを感じてしまう作品ではある.何しろ次に来る交響曲第8番が如何にもドヴォルジャークらしい大傑作なので,どうしても第7番は不利な立場に追いやられてしまうのだが,さて.

2007/01/08

日常(2007年1月8日)

 お休みの日.悪天候のため,食料調達程度の外出にとどめる.あとはひきこもってネットなど.

 気楽な休暇も終わって,明日から仕事だと思うと気が重い(>_<).今年は初日から開館する初めてのケースなだけに,どんな展開になるか想像も出来ないのが正直なところ.さて,どうなりますやら.

マーラー/交響曲第6番

マーラー/交響曲第6番イ短調@クラウス・テンシュテット/ロンドン・フィル(EMI:7 64476 2)

 今日は別の大きなエントリーを書いている間,ずっとこのCDを鳴らしていた.4枚組のこのCD,順番が7→6→8というヘンなもので(^^;),6番の終楽章が終わると余韻もあらばこそ,8番が壮麗に始まるのである.妙な話,7番や6番は僕にとってある意味血肉化していて思考の補助線になってくれるけど,8番はねえ・・・・・・_| ̄|○

公共図書館いるの? いらないの?

 年末年始にかけて「公共図書館の民営化」に関する議論(【MultiSynapse - はてなブックマークの[図書館]タグがちょっとだけ盛り上がっています(?)】)が随分と盛り上がっていたのですね(^^;).ふーむ.

 昨日今日と取り急ぎ,だだだだっと読んでみましたが.・・・・・・議論が成立する上で必要な「共通の土台」が無いような,もしくは,論者各々の予断と偏見がキツくて議論のブレが大きすぎる感じがします.

 今回は見たところ「公共図書館いるの? いらないの?」というところが本質で,民営化云々はその前菜だろうと思うのに,前菜もまた美味しい(^^;)ときているようです.

続きを読む "公共図書館いるの? いらないの?" »

2007/01/07

ショスタコーヴィチ/交響曲第7番

ショスタコーヴィチ/交響曲第7番ハ長調作品60@ネーメ・ヤルヴィ/スコティッシュ・ナショナル管絃楽団(シャンドス:CHAN8623)

 あまりの凄まじい荒れ模様なお天気に対して,なすすべなく自室で籠城のような格好になりつつある今晩.明日は大丈夫かと天を仰ぎながらショスタコーヴィチを,それも「レニングラード」を聴くのは,神をも恐れぬ所業か(^^;)? それにしても寒い寒い.

新年の・・・・・・

 新年の目標は「平穏無事」(^o^)/ ここ数年,ずっとこれだが今年こそは(^^;).そんなこと言うならblogに「図書館」のことを書きなさんな,と,ある知人に勧められましたが,まあ,そこはそれ.実は「図書館」とblogについて,早々からある目標を立て実行しようと思ってましたが結果は1日も保たなかったし,やっぱり業なんでしょうねえ(^^;).

 旧年中の図書館系blogの書き様を眺めていると,いわゆる「主流派」の方々ですとか,ある種の「良識派」「正論派」の方々には不快なことこの上ないblogなのでしょう,当blogは.当blogの中の人は何故そんな見方をされるのか,あまりよくわかっていませんが,当blogは言論に対しては言論で,理屈に対しては理屈でお返事を差し上げる,あくまでも裏表の無い「図書館論壇」を目指しますね.
 なお修正主義や不寛容,ファシズムなどには理屈抜きで抵抗することもありえますが,それは最後の手段ということで.


「相手に,殉教者と名乗る口実を与えることは,極めて危険な,そして強力な武器を与える結果になるものである」

(渡辺一夫)


この言葉は,図書館業界に限らず原理主義的な対立軸がはびこる昨今,ますます重いものとなっているような気がします.

 何しろ「俗論」だの「新自由主義」だの言われても正直ピンと来ませんし,「亡者」と言われても今のところは生きてますし,「嘘吐き」呼ばわりされたところで結婚前後の古い出来事を持ち出されやいのやいの言われても???なばかりでして.論争相手に対する姑息なラベリング,当てこすり,モラルハラスメントよりも考えなきゃいけないことが図書館業界には山積しているはずですので,今後は論争においてこのような不毛な対応は慎んでいただきたいものです.

日常(2007年1月7日)

 お休みの日.実家からクルマを駆って自宅に戻る.ヒドイ天気だ(-_-;).暖冬で雪じゃないのが,また何をかいわんや.年末の大掃除で,20年ばかり集めていたコピー類を最近のものを除いて本棚2段分,思い切って処分した山がベランダで雨に打たれている(ToT).明日は可燃物に出さないと.

 ようやっと,年賀状の整理をしました.出してない方からも届いていたので,まずはお返事賀状を作成.昨年の賀状を片付けていたら,うっかり出し忘れた知人を発見,こちらもあわてて作成(^^;).昨年,Personal Computerを新調し住所録もソフト買い直して新規に作成したため,ひょっとすると届いていない! 方がいらっしゃるかもしれません.このblog見ていたら,ご遠慮なく連絡くださいませm(_)m

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