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2007/02/22

日常(2007年2月22日)

 お仕事の日.最後の大文書を脱稿(sigh).いや疲れた.勤務先にビデオブースが持ち込まれる.別施設の中古だ(^^;).誰か使ってくれるといいのだが.え,宣伝に努めろと? イマドキVHSしか使えないのじゃあねえ.

 考えてみれば,例えばNDC(日本十進分類法)にしても,新訂7版から8版へ,また8版から9版への改訂時にも,なるべくこれまで作成してきた目録を修正せずに済むように改訂が施されてきたわけで(未だに7版を使って分類を振っている大学図書館もあるらしいし),それはNCR(日本目録規則)でもBSH(基本件名標目表)でも,改訂における基本的な姿勢には変わりが無いはずだと,使う側は思っていたわけでね(^^;).それは多分にカード目録の時代の修正の面倒さが根底にあったことで,コピー&ペーストや上書きでデータが修正できる現在においては,そのような考慮は克服されたと思うヒトもいるのでしょう.

 何でもフローベール『紋切型辞典』曰く愚か者とは「あなたと同じ考えを持たないひとのこと」だそうで.故に僕は愚か者ということになりますか(^^;).

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コメント

NDC について述べられているお話は、至極まっとうでNDC は日本の図書館ならびに学術(知識)分類のツールとして機能してきたし、今後も機能し続けると思います。

同時に、百年の計があってしかるべきでは、と現場を知らない人間は思ってしまうのです。

ちょっと土俵が違いますが、2002年2月に、千葉県柏市、鴨川市と埼玉県所沢市の市外局番がゴボウ抜きで 04 になりました。東京近郊の 04A-BCD-EFGH や 04AB-CD-EFGH の番号需要の偏りが主因と思われる珍事で、電話番号≒地理的階層(地理的整合)性が崩れたことにだいぶ経ってから気付き、何かの拍子で NDC を思い出したのでした。

>未だに7版を使って分類を振っている大学図書館もあるらしいし

 おそらく、もう変わっているとは思いますが、約20年前に就職活動のために埼玉県内の某私立大学を訪れた際、図書館を案内してくださった職員さんに、「うちはまだ6版を使っているのですよ」と告白されたことがあります。データ変換はできたとしても、ラベル貼替と書架移動が面倒というのが理由だったように記憶しています。歴史の長い図書館はそうなのかもしれないなと思ったしだいです。

>>ひらりん,へのさん

 これは非常に難しくてデリケートな問題なので,これ以上僕はようやりませんが,「たかが件名」と言うには事態は深刻だと,僕は受け止めています.「百年の計」は正にその通りで,既に論じている方↓もいらっしゃいます.
書物蔵 古本オモシロガリズム - いったい誰が政策論をやるの?件名標目表研究
http://d.hatena.ne.jp/shomotsubugyo/20070222/p2

あの文体は韜晦ですから,それに惑わされて大きな主題を見失う奴が業界に大勢いるのがなんとも,なのですが(^^;).

NACSIS-CAT使っていると,時々NDC9版以後に出版された書籍にも「NDC7」が使われているのですよ(^^;).これは恐らく,未だに7版用いているところがあるんだな,と.改訂も7→8,8→9と移行することも考慮に入れて行われてはいるのですが.

NDC改訂はまあいいとして米国のLCCやDDCは日毎改訂されていますよ。

>>コバヤシさん

 そうなんですよねえ(sigh).僕らが恥じなきゃいけないのは,日毎にツールを改訂するだけの体力を図書館業界がこの数十年の中でつけることができなかったこと,なのでしょう.そして,ツールが日毎に改訂されても果たして現場に,それに対応するだけの体力があるのかどうかも合わせて,これから何を考えなきゃいけないのか,ちと考えているところです.

 ただ,絶対的な正義の側からの問題提起は,それが往々にして善意からの発露であるだけに反論もしにくいし,面倒なことになる前に唯々諾々と従ったほうが楽だ,という面はあるんじゃないかと思うのですよ,僕は.そして,正義や善意はたびたび暴走するものだ,ということは「政策としての図書館」をめぐる議論が押さえておくべきことのひとつだと考えるのは,考えすぎなんでしょうか?

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