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2006/12/11

萎えた

 何だかどうでもよくなってきましたが.
 
 ・・・・・・結局,自分に都合の良いことだけが正しいとお考えの上に,相手を貶めることでしか自らの正しさを主張できないような方々には,何を言っても無駄ということが,つくづくよくよくわかりました.各界の権威による大層な言葉を持ち出して自らを正当化しているようですが,それこそ『市民の図書館』の正典化(=権威化)とは言い条,その実は自らの精神が硬直化していることを自らの手で如実にお示しになられているようです.
 そもそも僕の指摘は「抑圧されている」ことではなく,「抑圧していること」についてだったのですが.

 思えば今年の6月以降は,「公共図書館を論じようにも言葉が通じない」ことが多かったような気がしています.これが今年本厄のツケというものですかねえ.
 まあ本厄はともかく,この業界に真っ当な「批評」が生み出されない理由の一端が今年の後半,改めて理解出来たような気がしています.異見に基づく批判に対して,今年の後半に何度か出会った如く,『市民の図書館』が無謬であり正義であることを奉じ,立場を異にする相手を潰すためなら何をしてもいいと考え発言・行動するという,極めてnaiveでsensitiveな反応をする業界人が存在します.これでは,この業界で「批評」を萎縮や幻滅や失望が取って代わるのは当然の成り行きでしょう.斯界の健全な発展にとっては残念なことですが,彼らにとっては何より『市民の図書館』(とそれを信仰する自分)が無謬であることを維持することが大切であるわけですから,それも止むを得ないこと,というよりそれが「正義」なんでしょうね.


 「自分への痛烈な批判にも真摯に耳を傾けるのが賢者」某所で見た言葉ですが,ベンジャミン・フランクリンの言だそうです.自戒も含めてコピペしておきます.

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