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2006/06/08

「上からの」図書館論・「下からの」図書館論

 【かげうらきょうのブログ: オープンラボ/オーバーフィッティング

 公共図書館業界のヒトがよく言う「現場と研究の乖離」ってヤツですが,僕はそもそもそれが当たり前だと思ってます.大体において研究で100やったものを,100すべてを現場に還元できるわけがないし,その必要も無いですよ.中にはこの乖離を日本の公共図書館業界特有の病理みたいに騒ぐ方もいますが,雑誌の受入もやったこと無いんでしょ(^^;).現場にいたくせに.

 それを現場上がりの戦後派業界人が何を勘違いしたのか,「研究者は現場が元気になるような研究をやるべきだ」などとこれまで言って来た訳です.要するに抽象的なな理念や高度な技術より,「運動」に貢献する内容のみ「学問」として認めよう,と言う態度できたわけですね.

 しかるに,こーゆうことをこれまで声高に表明し実行して来た連中が,結局は公共図書館に市場主義を招き入れる結果に終わり,研究はもとより現場もダメにしてきたのが,日本の戦後公共図書館業界というところでしょう.現場発の「下からの」図書館論はこれまでのところ,ある時期には成果を挙げたものの,その成果に自らが酔いしれているうちに失敗に終わってしまいました.その失敗の反省をすることなく,未だに新版『図書館の発見』を祭り上げているのでは,幾ら何でもこの業界は「手遅れ」と言われても仕方が無いですか(sigh).

 さて「上からの」図書館論は,これからどのような地平を目指し,導き出すのか,ある意味正念場に差しかかっていると言えます.「公共図書館」という概念自体が「不要不急の施設」として存亡の危機に陥っている公共図書館を,内側から建て直すには,ある種のアカデミックな裏付けは不可欠になってくると思うのです.その試みのひとつが「これからの図書館像-地域を支える情報拠点をめざして」だと捉えています.

 でもホントは,テクニカル・メカニカルなことよりも大切なことを「上からの」図書館論が説く必要があるんじゃないか,と僕は密かに考えているのですよ.現場発の,「下からの」図書館論が遂に説き得なかったことを.

 ちなみに,ここで「上からの」「下からの」と言っているのは,柴田南雄がブルックナーの交響曲演奏について「フルトヴェングラーやカラヤンの上からの演奏,クナッパーツブッシュやケンペ,ヨッフムらの下からの演奏」と表現したのと同様に,「ものの見方」を表現するための一種の比喩であり,業界内での立場や権力のことを言っているのではないのですよ.
 こんなことを改めて説明するのは,書き手としてはすこぶる興醒めなのです.しかし,何でも白日の下に引きずり出して説明させたがるヒトがこの業界には確実にいるものですから,馬鹿馬鹿しいことですが一言断っておきます.

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