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2006/04/05

かくも長き不在

 先日,こんなエントリーを上げ,国会図書館改革の迷走にかこつけて「貸出至上主義」を免罪するかの如き言動について取り上げたが,あのエントリーは目前の敵(^^;)に過剰に反応する余り,肝心なことを書き落としてしまったよ(^^;).

 そもそも,国立中央図書館の思想/構想が不在だというのは,東京上野に建設された帝国図書館(現在の国際子ども図書館)の挫折に象徴される歴史的な経緯があるわけで,国立中央図書館の思想/構想の不在の方が貸出至上主義よりも遥かに長い歴史を持っているのですから(^^;).それを葦岸堂の中のひとのように(故意か無意識かはともかく)隠蔽して一足飛びに「貸出至上主義」批判への非難の材料として国立中央図書館の不在を持ち出すのは,あまりに短絡的なんじゃあないかしらん.

 むしろ「貸出至上主義」は国立中央図書館の不在と都道府県立図書館の存在意義のあいまいさの間隙を縫う形で,それらの不在を補うために形成された主張という面が全く無いとは言えないでしょう.それが貸出至上主義者による,いわゆる「予約」の高評価につながってくるわけですね.まあ,それはそれでよかったんですよ.貸出至上主義は日本経済の高度成長期に寄り添うことにより,公共図書館業界に大きく貢献したわけだし.

 ところが,「貸出至上主義」を牽引したみなさんはそれがあまりに上手くいったものだから,「貸出」を方法ではなく思想と考え,手段ではなく目的と捉え,戦術ではなく戦略だと勘違いした.初めの一歩を到達点だと思い込んだ.芋虫は脱皮して蝶になるわけだけど,言うなれば貸出至上主義というのは蝶になることを目指すのではなく,巨大な芋虫を作ろうとしたんですよ.

 結局,貸出至上主義は「図書館認識の不在に何も訴えることができていない」どころか,国立中央図書館の歴史的な不在を糊塗することさえ出来なかったということです.「世間の認識を誤らせたのだ」どころか,そもそも国立中央図書館の思想/構想など射程にさえ入っていなかったんじゃないんですか,貸出至上主義には.

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