2016年4月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

コメント・トラックバックの取り扱いについて

  • コメント・トラックバックをお寄せいただき,ありがとうございます.blog主が確認ののち,公開されますのでしばらくの間,お待ちいただくことがありますがご了承ください.当blogに無関係な内容のコメント・トラックバックはblog主の判断で削除されるものもあります.

「貸出至上主義者」度チェックβ版

民間図書館らしい企画を生み続けた船橋北口図書館を助けて下さい!(岡直樹) - READYFOR?

ココログ


ほし2

« 日常(2006年3月13日) | トップページ | 日常(2006年3月14日) »

2006/03/14

「図書館」間の機能分化(おさらい)続き

 【承前

 恐らく,そうではあるまい.記事の登場人物たちは,都道府県立図書館も,市町村立図書館も,同じ「公共図書館」としてカテゴライズしているから,このような騒動(?)に立ち至ったのだと考えるべきである.

 その原因はいくつも考えられるのだが,ことを業界の内部に求められ,考えられることに絞ると,『市民の図書館』に基礎を置く貸出至上主義が,図書館サービスの根本をあくまでも単独館で充足できる(させる)ことにこだわったことに大きな原因があるのではないか.そのため公共図書館の「ネットワーク」(注1)が,現物貸借を中心にした「物流」として限定的に捉えられたのと,貸出至上主義が奇妙にこだわった「予約」(注2)の重要性が,現在の人気商品をどのように確保するか,と言う視点から考えられていたことが大きいと思う(注3).

 しかもこの限定的な意味しか与えられなかった「ネットワーク」でさえ,物流と言う可視化されうるものであったにもかかわらず,必ずしも住民の目に明確に提示されてこなかった嫌いは無いか.表現を変えれば,「利用者の善意」という不確実なものを当てにしていた貸出至上主義者は,「ネットワーク」というバックヤードを演出することを怠り,市町村立図書館が単独で存立しうると言う幻想をばらまいてきたのではなかったか(注4).

 いまひとつ,都道府県立図書館の役割を軽視し市町村立図書館の役割を過大に宣伝しなければならなかった理由が業界にはある.それは戦前戦中の「忌まわしい」記憶である.細部の説明は他書に譲るが,往事に都道府県立図書館が思想善導の担い手として市町村立図書館を下部に置きコントロールする仕組みが存在したことが,未だに公共図書館のネットワーク化を阻害する要因になっているフシがある.少なくとも僕より2世代くらい上までの研究者や現場の業界人が,正面切って公共図書館のネットワーク化について具体策を提示しきれなかったことには,上記の記憶に対する心理的な何かもあったのではないか(注5).

 都道府県立図書館がその任を追うべきデポジット・ライブラリー(保存図書館)の機能については,多摩むすびによる共同保存図書館基本構想の運動があり,これはこれで評価できるものではある.しかし,これとても都立図書館再編へのアンチテーゼとして出現した,と言う経緯があるためか,必ずしも都道府県立図書館の機能を再考するための有力な手がかりとは看做されていないように感じられる.

 迂遠なことかもしれないが,まずは『市民の図書館』を克服し,「知識の提供と流通」に重点を置く,新たな公共図書館政策を策定・提示していく中で,都道府県立図書館と市町村立図書館の明確な機能の分化を明文化し,図書館業界はもとより,政治と行政に働きかけ意識の変革を目指すのが最善の方策だと思うが,時間が残されているかどうか.業界人が変われば,望みはあるような気もするのだが・・・・・・・・・・.

注1:この「ネットワーク」という言葉も,業界の内外を問わず,陳腐化が著しい(^^;)ため,(少なくとも僕の意識の中では)使用するのが非常に難しい言葉になりつつある.ここでは取り敢えず,インターネット以前から存在する意味で使用している.

注2:貸出至上主義を中心に依然として存在する,図書館業務における「予約」の高評価,もしくは高い位置づけは誤りだと思う.ましてや一時期,貸出至上主義者によって唱えられた「貸出の次は予約」だの「予約率を3パーセントまで上げよう」というスローガンは,屁理屈を通り越した無茶苦茶以外の何者でもない.

注3:「予約」が人気商品の補填としてもてはやされたことが,「予約」が本来持つべき「蔵書の補完」としての機能を見誤らせ,それがひいては東京都による都立図書館再編論議にまで影響していると見るのは,穿ち過ぎだろうか.

注4:故に,市町村立図書館の業務委託,指定管理者委託に反対する図書館原理主義者,貸出至上主義者どもが「ネットワーク」「相互利用」の重要性を説くのは,これまでの怠慢を糊塗するための欺瞞とほとんど変わるところが無い.

注5:例えば,塩見昇が自らの論証を固めるために用いるステレオタイプであるところの「研究者と県立図書館の関係者」vs「市町村立図書館の関係者」という図式.この図式は僕が以前も指摘したようにそもそも有効ではないのだが,この図式が有効だと言う意識を戦前戦中の「記憶」が補強しているような気がしてならない.なお,都道府県立図書館が過去において(あるいは現在もなお)市町村立図書館の補填として機能してきたことについては,話としてはいくつも聞いてはいるものの,活字資料としてどれだけ記録が残っているのか,時間があれば精査してみたい.「昔は貧乏だったから」では片付けられまい(^^;).

« 日常(2006年3月13日) | トップページ | 日常(2006年3月14日) »

図書館」カテゴリの記事

コメント

うーむ直球ですなぁ。GCWさんは問いが正しいから,ついわちきなりの答えを出したくなってまう… ここらへん図書館史のオモシロネタの宝庫なのだ。できれば隠しておきたい(^-^;)んだけどちょっとだけ。
中央図書館制度については,戦後の途中まではむしろ良いことと業界では受け取られていたという事実がある。これが悪の制度とされたのは清水正三氏がさかんに鼓吹したかららしい。ご自身の東京市立での体験からそう言ってたらしいが,全体として(特に地方で)ほんとに悪い制度だったのかは,まだ,だれもまともに調べていない。実は一定程度,図書館の発展にプラスではなかったかとの憶測も。
市町村立と都道府県立の機能分化については,「中小レポート」と併走していたはずの,まぼろしの「県立レポート」の失敗が効いている。その結果,業界内では,県立は市立からみてこうあってほしいもの,ということでしか機能が語られなくなった。
あとは,日野を出たあとの前川御大がやった滋賀県立の「成功」をどうみるかですねー 一応は成功とみるべきですけど,その成功がむしろ県立の機能の再定義をむずかしくしたとわちきは見てますよー

>>書物奉行さん

 うわ,有益なコメント感謝ですm(_)m そうですか清水正三さんですか.薬袋先生の本でもチラッと清水さんの戦争体験が,という話が出て来ていましたっけ.
 まぼろしの「県立レポート」というのは初耳です(*_*).そんなものがあるなんて話,実はワタシ以前,「中小レポート」の編集委員だった某氏と10年ほど昵懇だった時期があるのですが,聞いた記憶がありません.酒にまぎれて僕の記憶が失われてしまったのかしらん(^^;),と思えるくらい付き合うのが大変な酒豪の先生でした.この方からは「吉原レポート」の話とか聞いたのに,文章化できるほどの記憶が無いのが悔しいです(-_-;).
 これは『『中小都市における公共図書館の運営』の成立とその時代』を真面目に読まなければダメですね.頂き物なので,ついつい読まずに本棚の飾り物と化していましたが,いま手に取ったら読めるかもしれません.

わちきのブログ記事は大幅加筆して3/15に移しましたです~
「10年ほど昵懇」って… うーん意味深ですなぁ。

>>書物奉行さん

 3月15日の記事,読みました.いろいろご教示ありがとうございますm(_)m

 あ,「10年ほど昵懇」はあまり深い意味ありません.僕が今の勤務先に就職してから10年ばかり,勤務先にその方が常勤で出講していたんですよ.で,よくタダ酒をご馳走になっていました(^^;).10年ほどして,もうトシなので,ということで引退されたんです.
 今年も1度くらいは会う機会がありそうなので,今度会ったら「まぼろしの県立レポート」について尋ねてみようかしらん.

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/38016/9090564

この記事へのトラックバック一覧です: 「図書館」間の機能分化(おさらい)続き:

« 日常(2006年3月13日) | トップページ | 日常(2006年3月14日) »

平成23(2011)年東北地方太平洋沖地震

UNIQLOCK

ついった

フォト

「愚智提衡而立治之至也」のはてなブックマーク注目エントリー

「愚智提衡而立治之至也」のはてなブックマーク人気エントリー

あわせて読みたい

  • あわせて読みたい

只今積読中

はてなハイク

  • はてなハイク

MyMiniCity

ココログ図書館ネタ