健全な批評と不健全な創造
茂木健一郎が「ちくま」で連載している「思考の補助線」第9回の「批評性と創造」(「ちくま」419号[2006年2月]掲載)は,一般的な日本人が「創造」を考える時に「批評」が欠けていることを鋭く指摘している.
僕は先程,公共図書館に関する「価値の普遍を思考する厳しい批評性を伴わない自己陶酔的な作品」を読了したところである.その本,即ち新版『図書館の発見』(前川恒雄著/NHKブックス1050/日本放送出版協会/2006年1月初版/本体920円)の内容については別稿で取り上げるが,部分的には首肯できる内容が書かれているとはいえ,それはまさしく茂木が言うところの「真摯な批評というものを許容する精神的雅量に乏しい」(37頁)創造の産物であり,「一種のモラル・ハザード」が宗教的な境地にまで昂進した堅い信念の下に推し進められていると言えるだろう.
「(前略)美とは何か,真実とは何かという批評性を放棄してしまった創造が,一種のモラル・ハザードに陥ることは見てとりやすい理屈である.(中略)価値の普遍を思考する厳しい批評性を伴わない自己陶酔的な作品に付き合わされても,そこにある種の風合いさえ感じてしまう.」(37頁)
僕は自分が「健全な批評」を書いているとは毛頭思っていない.それでも,そもそも「批評」が存在しない公共図書館業界(あるのは「信仰告白」でなければ「異端尋問」ばかりだ)に対して,僕のような言論によりその不健康な状況に一石を投じることが少しでも可能であれば,幸いである.
前川 恒雄著 / 石井 敦著
日本放送出版協会 (2006.1)
通常24時間以内に発送します。
日本放送出版協会 (2006.1)
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