森有礼,銀座煉瓦街に図書館を開く?に至る前史(その2)
(承前)
森有礼はUSAでチャールズ・ランマン(Charles Lanman,1819-1895)という人物を1871(明治4)年9月から1972年8月までその秘書として雇う.このランマンは,先に挙げた小倉親雄「森有礼の文政と図書館」(「ノートルダム女子大学研究紀要」15,1985)に拠れば「連邦政府の内務部(Interior Department)ならびに米下院(House of Representative)図書館の館長経験者で(中略)1864年の末,議院図書館長(Librarian of Congress)のスティーヴンソン(John G. Stephenson,1828-1883)の勇退に伴う後任館長の選考に際しては(中略)有力候補として,強力な推挙を受けている(後略)」(24頁)(注1)人物である.
森はランマンに『Life and Resources in America』という本を執筆させ,その緒言を書き全編を監修した.森は『Life and Resources in America』を日本語に訳して出版する腹積もりだったらしいが,それは果たされず,日本からUSAへの留学生の間で原著が読まれるに留まったらしい.その一章「Educational Life and Institution」でランマンは公立小学校制度を解説する中で学校図書館(School Libraries)に言及しているという(注2).さらにUSAの教育制度を説明する中では大学図書館,また女子教育や婦人専用の図書館・文庫類についても触れ,女性の教育業務への進出例として図書館司書への採用が取り上げられている由.
また,森は当時親交のあったジョゼフ・ヘンリー(Joseph Henry,1797-1878,森の国語廃止論に影響を与えたと目されるひとり)を介して,スミソニアン協会(Smithsonian Institution)に関する知識を得ていたとも推測されている.ヘンリーはニュージャージー大学(現在のプリンストン大学)の教授からスミソニアン協会の初代会長(この場合,Secretaryを「書記長」あるいは「書記官」とは訳せまい)に就任し,現在のスミソニアン協会の基礎を築いた.スミソニアン協会のサイトには〈The Joseph Henry Papers Project〉なるコーナーが置かれているほどの貢献をしている人物.
面白いのは,あの「廃刀論」を著した森が,スミソニアン軍事博物館に日本刀を寄託している事実があることである.もっとも,この日本刀は「廃刀論」に怒り,森を暗殺すべくUSAまで追いかけてきた某氏(その名は「Mr. Kondo」と森の陸軍長官宛寄託願文書にはあるそうだ)が考えを改め,森に提供したものだったらしい.
更に森は,1872年2月3日付でUSA各界の有力者15名に,将来の日本の教育のありかたについて質問状を出し,その回答に自ら緒言として「日本略史」を付した形で出版している.『Eucation in Japan』と名づけられたこの本もまた,日本語訳を刊行する意図が森にはあったが,これも森の生前には翻訳も出版もされず,戦前にはその一部が翻訳・紹介されるに留まる(注3).その回答の中で,図書館への言及という点から注目されるのは,クーパー学院(Cooper Union)の創設者ペーター・クーパー(Peter Cooper,1791-1883)からの回答である.
注1:引用文中,「連邦政府の内務部(Interior Department)」とあるのは現在の合衆国内務省(U.S. Department of the Interior)であり,その図書館とは内務省図書館(U.S. Department of the Interior Library)を指すものと思われる.
注2:「Educational Life and Institution」は宣文堂書店版『森有礼全集』第3巻に掲載されているが,現在コピーが手元に見当たらず原文は確認していない.ここにおける内容の要約は,小倉論文所収の要約をG.C.W.氏がさらに簡略にしたものであり,文責はG.C.W.氏にある.
注3:『Eucation in Japan』の全訳は『学制実施経緯の研究』(尾形裕康著/校倉書房/1963年初版)の巻末に掲載されている.なお,尾形は元・宮内省図書寮編修官.
(この項,更に続く)
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