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2006/02/28

「役に立つ公共図書館」が排除するもの

 はじめにお断りしておきます.当blogの【図書館】カテゴリーは,単独のエントリーごとになるべく完結するように書いてはいますし,続き物についてはリンクやトラックバックを利用して出来る限り関連をわかりやすく整理するように努力しています.しかし,以前に書いたエントリーからの積み重ねを前提に端折って書いているところもありますので,【図書館】カテゴリーにあるエントリーを俎上に載せてご議論いただくときは,出来れば俎上に載っているエントリー以前のエントリーも,背景として参照してもらえるとありがたいです.

 で,【愚智提衡而立治之至也: 「役に立つ公共図書館」の呪縛】についてdoraさんが【DORAの図書館日報: キーワードは「発見」】を書いてくださったところに付いたnora-takaさんのコメントなんですが.
 そういう読まれ方をするのは,ちょいと心外だったりします(^^;).

 いつだったかの「図書館雑誌」の巻頭言で「図書館は要らない」というニーズが多数を占めたとき,図書館側はどう対処するのか?」という問いが投げかけられていたことがあります.僕が図書館業界(特に公共図書館)を考えるとき意識的にせよ,無意識にせよ常に念頭においているのはこのことなんです.つまり,役に立とうが立つまいが,「図書館」と言う概念乃至存在は市民生活において警察や消防と同様に必要なものなんだというところまで,その存在を確立しなくちゃダメなんじゃないか,と.ある地域において「役に立たないから要らない」というニーズがたとえ多数を占めても,図書館という存在は市民生活/社会を成立させるための,維持するための必要かつ十分な基盤なのだから潰してはいけない,と為政者を含めた地域住民に考えてもらえる,というところまで持っていかなくちゃいけない.

 それを,今の業界の多数派の如く図書館原理主義や功利主義から導かれた発想で達成しようというのは,まずもって不可能だろうと思ってます.そういう意味で,現状では日本図書館研究会読書調査研究グループの貸出至上主義も,にわか仕込み(右へ習え式)のビジネス支援も「同じ穴の狢」じゃないですか(^^;).そこには必ずと言っていいほど「排除の論理」が内在しているからです.貸出至上主義の代名詞と言える「読まれない本は本ではない」という言葉がその典型ですが,「役に立つ」ことが社会において目的とされたときに必ずと言っていいほど「不要不急」を錦旗とした排除行動が発生してます.それは日図研や図問研のような業界ギルドにはびこるセクト主義やファッショに限らず,世界史を繙けばいくらでも例を見出すことが出来ます.

 ですから他の方は知らず,僕は「役に立つ」「役に立たない」という次元の低い二元論で図書館を論じているわけではありません.業界の内外で「役に立つ」ことを図書館の至高の目的となす連中が,「役に立たない」ことを理由に別の立場に立つ図書館および業界関係者を排除する発想に異議を唱えているのです.いまひとつ,現在の図書館業界,特に公共図書館業界で幅を効かしている「公立図書館こそ世界で最高の建物」と言わんばかりの図書館原理主義的な発想にも異議を唱えます.グスタフ・マーラーの言をもじれば「図書館は世界のようなものでなければなりません.それはすべてを抱擁せねばなりません!」もしこのような言い方が許されるとしたら,それは世界の「頂点」としてそうあるのではなく,世界の「基礎」としてそうあるべきなのです.先日指摘した赤木かん子のように,そこを勘違いしているひとがこの業界には多過ぎます.


 ・・・・・・・・・正直なところ,こーゆう「解説」の類は今,あまり書きたくないんです.理想と現実の落差のあまりの激しさが,恥ずかしいから(^^;).今回はそうも言ってられないので止む無く執筆しましたが,こーゆうことを書いても恥ずかしくない程度に,おのれとおのれの勤務先を充実したいものです.

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コメント

どうも、お馬鹿な私の為に解説ありがとうございます。
>図書館という存在は市民生活/社会を成立させるための,維持するための必要かつ十分な基盤なのだから潰してはいけない,と為政者を含めた地域住民に考えてもらえる,というところまで持っていかなくちゃいけない.
私は、そんなに深く考えたことはなかったけれど納得しました。
「図書館の学校№69」も読みました。それでC.G.Wさんの記事”「役に立つ公共図書館」の呪縛”に書かれていたことも、やっとわかりました。あの公開討論会の記事を読んでみて、かなり要約したものだから仕方ないのかもしれないけれど、決め付けたような発言が目に付いて、異論を唱える人は当然いるだろうなと思いました。
私のような公共図書館の利用者の立場からみると、貸出だ、ビジネス支援だという前に、そこにいる職員が、正規の公務員であれアルバイトであれ、まともな司書であってほしい。まずそれが前提で話をすすめてほしいと思います。質問や依頼をしても誠実に答えてくれない公務員図書館員だったら、委託になって安月給でもやる気のある司書の方がいいかも・・・なんて、今度は別の人から怒られそうなので、ここでやめておきます。
とにかく、ありがとうございました。また、懲りずによろしくお願いいたします。

doraさんはいま「排除の論理」に抵抗しているのかも...。だからヘンな批判を浴びるのかなぁ。

>>doraさん

 たぶん,公共図書館業界にいまもっとも必要なのは「寛容」の精神なんじゃないかと思います.正直,預言者や殉教者や清教徒には,もううんざりです(^^;).僕は基本的に面白がりやさんなので,「あれもこれもあって,みんないい」という考え方を支持しますし,それが認められることが,社会が健康である証左であると思ってます.
 この業界の,何とまあ不健康なこと!

>>nora-takaさん

 コメントありがとうございましたm(_)m
 エラそうなこと書いてしまってゴメンなさい.ひとに説教なんか垂れるガラではないのに(-_-;).

 そんな,卑下しないでくださいませ.僕は「おばちゃんらいぶらりあん日記」の愛読者なんです(^^;),実は.『読む力は生きる力』を自腹で買う気になったのも,nora-takaさんの記事を読んだからなんです.あの本に書かれていることは,あまり賛同できませんでしたが,読んでよかったと思ってます.

 これからも,どうぞよろしくm(_)m

blog見てくださっていたのですか。それこそ恥ずかしい・・・
『読む力は・・・』の本は、共感できる部分もあるのですが、実際目の前にいる子ども達を見ると、いわゆる良書だけ並べていたら、誰も来なくなっちゃうだろうなと思います。著者には力量不足といわれそうですが、私なりに理想と現実のバランスを取りながら仕事をしているつもりですので・・・。

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