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2004/11/13

「公共図書館」vs「公立図書館」

 先日のエントリーに関して山中湖情報創造館blogからトラックバックをいただき,あちらのエントリーにもコメントしていますが,更にコメントするにはいささか長くなりそうなので,自分のところで続きを書きましょう.

 G.C.W.氏が以前,偏向を指摘した図書館問題研究会編集の『最新図書館用語大辞典』における「公共図書館」の項目には,なかなか興味深いことが書いてあります.

その要点を強引にまとめると

1)日本における「公共図書館」という言葉は図書館法上,私立図書館をも包含するため,曖昧な概念になっている.
2)「公共図書館」か「公立図書館」か,という用語を廻る論争は京都市立図書館の財団委託問題(1980年)を画期とするものである.この論争は深まらないまま現在に至っている.
3)図書館の委託に拍車がかかり,公権力は住民の「知る自由」を阻害する方向を強めている.「公」とは何か,その内実と責任が問われる状況となっている.

というところになりますか.ちなみに図問研は「公立図書館」派であり,この項目でも1)や3)をG.C.W.氏がそのまま肯定出来るかと問われれば,そんなことは無いわけで(^^;).

 例えば1)ですが,この解釈は明治期から昭和戦前期に至る私立図書館の輝かしい歴史という前提を不当に無視しています.それはもちろん,日本の図書館史における石井敦・東洋大学名誉教授の業績を前提にしているわけです.それは,図書館史における〈石井史学〉(*1)と名付けるべき偉大な画期でありましたが,すべての図書館とその機能は「公共図書館(公立図書館)」に収斂していくとする,ある種の「進歩史観」に裏打ちされたものでした.そこでは,私立図書館は公共図書館発展の礎として位置付けられ,あくまで昭和戦前期までの,公共図書館が概念と地位を社会的に確立するまでの過渡期の存在であることが強調されました.
 『最新図書館用語大辞典』が主張する「公共図書館」概念の曖昧さとされるものは,図書館史における〈石井史学〉の影響を受けていると捉えても,間違いではないと思います.ちなみに『図書館用語集』三訂版(日本図書館協会)では「公立図書館」の項目は無く,「公共図書館」の項目には『最新図書館用語大辞典』同様図書館法からの説明がありますが,それを「曖昧」だとは解釈していません(^^;).

 で,正直なところ,G.C.W.氏は図書館史における〈石井史学〉が主張するような,公立図書館への収斂という「進歩史観」には懐疑的です.それは「指定管理者制度」がどうこうというような次元の問題ではないでしょう.むしろ社会的存在としての企業・団体におけるフィランソロピーというものを考えたとき,「公共図書館=公立図書館」という発想だけが唯一絶対のものとして屹立していれば図書館業界は事足れりとするのか,あるいは,問い直されなければならない行政における「公」の内実とは,『最新図書館用語大辞典』の執筆者が主張するそれとは異なるのではないか,などと考えているからです.

 たまたま昨日届いた「みんなの図書館」2004年12月号(No.332)に【緊急学習会「図書館員の専門性を問う」】という記事(p68-70)が掲載されていました.学習会での講演は,この記事を読む限りいささか「と」系の謗りを免れ得ない(*2)ものですが,それはさておき.この記事に拠ると,学習会に若い図書館員の参加が少なかったこと,また正規採用の図書館司書に日図協や労働組合(!)に加入しない人が少なくないことを,記事の筆者は「自分のしごとや図書館について,公共図書館の歴史や全国的な広がりの中で,考え取り組んでいくという関心が不足しているような気がする」(p70)と書いていますが,果たして本当にそうなのでしょうか.若い図書館員が公共図書館に限らず図書館の仕事や歴史について考え取り組んでいく上で,現在の日図協,図問研や労働組合は,若い図書館員の発想や学習の受け皿足り得ているのでしょうか.「みんなの図書館」誌上で繰り返される図問研の会員減少への危機感は理解出来ないこともないものの,旧来の理念と活動様式にしがみついているだけでは,若い図書館関係者には忌避される対象でしかないと思いますが,図問研のお偉方はこのことについて如何お考えでしょうね.


(*1)図書館業界向けの媒体へ文章ならば,単に〈石井史学〉なり〈石井史観〉と書けば石井敦名誉教授の業績を指すと理解されると思いますが,公開のblogとしては,歴史学のビッグネームのひとりに石井進(東京大学名誉教授,元・国立歴史民俗博物館館長,故人)という同姓の学者がいることを踏まえ,「図書館史における」という前フリを付けています.ちなみに石井進は,G.C.W.氏が個人的に(勝手に)学恩を感じている歴史学者のひとりです.

(*2)講演が主張する「委託の内的要因」には笑わせてもらいました.これは公共図書館業界に古くからある「選民思想」とでも言うべきもので,未だにそんなことを専門性論議の中で主張される御仁がいらっしゃるとは(^^;).これを克服するところから「専門性」を廻る論議は始めなければいけないはずです.「選民思想」から始める専門性論議がもたらすものは「不毛」のみであり,それ以上でもそれ以下でも無いことに,この記事の筆者も早いうちに気がつかなければいけませんね.

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コメント

 詳細な説明、痛み入ります。ようするに...「公立ー」以外の「公共ー」はあり得ない(考えられない)..ということみたいですね。NYPLに対しては、どのような位置づけで捉えているのでしょうか?今度聞いてみたいです。
 さて、「学習会に若い図書館員の参加が少なかったこと」とありますね。実態をよく知らないのですが、「全国図書館大会」って、同じ職員が連続して参加できない/参加すると上司から怒られる/他の職員から睨まれる...なんてことを聞いたことがありますが、本当でしょうか?

>>まる3@山中湖さん

>「全国図書館大会」って、(以下略)

 さて,どうなんでしょうね? わたしの知人は県立図書館勤務ですが,毎年全国図書館大会に参加してます(^^;).恐らく,有給休暇とっているんだろうとは想像してますが.活動のレベルが高い公共図書館なら,図書館大会への参加についていちいちとがめだてするようなこともないと思いますよ.
 ただ,同じ人が毎年参加するのは,業界にとっても痛し痒しなのかもしれません.この業界の欠点のひとつとして,別な団体の会合でも同じ顔ばかり並ぶ,というのがありまして(^^;).これは反主流派には仕事を回さない日図協あたりの姿勢にも一因がありそうですが.
 
 図問研が生まれた1960年代の全国図書館大会は労働組合運動の影響を色濃く受けていたらしく,時事問題について激論が繰り広げられたこともあると聞いたことはありますが,その頃のイメージを未だに公共図書館業界に対して引きずっている自治体関係者もいるでしょうね.今でも「図問研は共産党系」というイメージは抜き差しならないものになっているようですし,八木秀次・高崎経済大学助教授のように「公共図書館は自治労の走狗」という妙なイメージをばら撒いている人も中にはいますし(^^;).
 そーゆうイメージが独り歩きするのは,こちらとしては鬱陶しいだけで迷惑この上ないものです.

門外漢なもんで、用語の違いとかよくわからないのですが、日本の図書館界全般にはびこる「戦前暗黒史観&占領軍がもたらした民主主義無条件礼賛」みたいなのって、どうよ?とは感じます。なんと言うか、1950年代の運動系っぽさというか(60年代ではなく)。
「欧米では~、それに比べて日本では~」という論調も、他の学問領域にも多いけど、図書館界ではとりわけ非常に目立つように見えます。

たまたま件の「図書館界」でCIE図書館の論文が載っていましたが、そりゃ今の開かれた図書館の原点がここにあったのかもしれないけど、検閲・情報機関という負の側面もあっただろうし(そもそもCIEはCIAの前身だか、姉妹機関だかでしたよね)、バリバリ検閲しまくっていた占領軍の図書館を礼賛しながら「図書館の自由」って?と違和感感じざるを得ないんですよね。
当時のアメリカの平均的な図書館がCIE図書館のようだったとも思えないし。あれは本国にも少なかった、モデルケースじゃないんかなあ。
論文の著者が、その辺を自覚してない、というわけではないのでしょうが。

詳細な情報をありがとうございました。
性格上(?)、言葉の定義づけには結構こだわるところがあるのですが、歴史上の裏づけの深いところまでは調べ切れていませんでした。
まだまだ勉強したりないな、と思いました。
今後ともよろしくお願いいたします。

>>nenemuuさん

 CIEというのはGHQのCivil Infomation and Education Section(民間情報教育局)というところなんですね.改めて調べてみようと思ったら『国史大辞典』に記載が無く,『新教育学大辞典』というのを繙いてみましたが,CIAとのつながりはよくわかりませんでした.「図書館界」の論文は,これまであまり見えて来なかった一面に光を当てた,という類のものなので,もう少し「前提」について書き込む必要はあるでしょうが,これはこれでよろしいのではないかと.
 それでも,一つ前の塩見氏の何が言いたいのかよくわからない「論文」よりは遥かにマシなデキですよ(^^;).

 「戦前暗黒史観&占領軍がもたらした民主主義無条件礼賛」これはやっぱり,戦後すぐに活動を始めた図書館人が昭和10年代の抑圧をモロに蒙った世代だったことが影響していると思います.清水正三さん(ホントは清水「先生」と書かなければいけない立場なのですが,清水さんはやっぱり「清水さん」と呼ぶのが相応しいと思いますので)のように「横浜事件」に連座したと言われる図書館人もいたくらいですからね.また,昭和10年代の図書館業界には,国家による統制と抑圧以外にもいろいろゴタゴタがあったようで,戦時中には日本図書館協会が徳川頼貞侯爵(南葵文庫の創設者で日本図書館協会総裁を長く務めた徳川頼倫の嗣子)と裁判沙汰になったり,戦後すぐには日比谷図書館長として戦時中蔵書の疎開などに辣腕を振るった中田邦造の排斥運動が起きたり(戦時中,長岡市出身のある高名な古書店主と組んで何かやらかしたのが本当の原因らしい,という噂を聞きました),まあいろいろあったようです.そんなこんなで,占領軍が「解放軍」に見えたこともあったのでしょう.

 そういえば,先日亡くなったギトラー氏は最初,東京大学に図書館学科を置きたかったらしいのですが,東大の教官たちが「図書館学は学問じゃない」と反対したため,東大では昭和26年に司書講習を実施するだけで終わったという話を聞いたことがあります.図書館学科は昭和26年,慶應義塾大学に設置された,と.

>>kiyo-ricciさん

 お役に立ったようで何よりです.
 図書館業界も,いつまでも前川恒雄・石井敦・伊藤昭治の三巨頭の影響下でぬくぬくとしているわけにはいかないのですから,もう少し新しい発想にも目を向けた方が,業界の活性化にもつながるし,健康的だと思うんですけどねえ.

CIAの前身はOSS(Office of Strategic Service)で、対日戦争を機につくられた、とのことで、勘違いだったようです。
すみません。どこで勘違いしたんだろう?
とはいえCIEが検閲機関という側面を持っていた(ていうかそれが主目的)のは確かなようですね。
「明るい民主主義」を喧伝する「光」の面が図書館だったのでしょう。
>「図書館学は学問じゃない」
そういえば聞いたことあります。頑迷ですなあ。まあ「なぜ"館"がつくのか」といった議論は今もあるみたいですね。

>>nenemuuさん

 「医者が学ぶのは〈病院学〉じゃないのに,司書が学ぶのは何故〈図書館学〉なの?」という,わけのわからない問いを業界誌で読んだ記憶があります.そりゃ古人が“Library Science”をそう訳したからで,それ以上でもそれ以下でも無いでしょうに(^^;).概念とか抽象化とか,そういうのが余程苦手なんでしょうか.

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