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2004/07/08

新人類

「『新人類』について何か文献を」というレファレンス.G.C.W.氏は「新人類」と言われると「ミュータント」→「イナズマン」と連想が流れてしまうが(^^;),もちろんそちらではなく,1990年の前後10年ばかりの間に猛烈に流行った(?),ある世代(ほぼ昭和35年から昭和45年までの10年間に生まれた世代.G.C.W.氏もこの世代)に付された蔑称のこと.調べてみたら1986(昭和61)年の新語・流行語大賞を受賞している.

で,仕事ついでに古い新聞記事を引っ繰り返していたら,面白いんだこれが(^^;).

「子供っぽくってえたいが知れない――最近、何かと話題の新人類」(1986年10月1日)
「「新人類」は、価値観や行動様式、言葉づかいまで、現代の若者の正体をつかみきれない“旧人類”が、その不気味さをからかい気味に使い出した言葉。」(1986年12月2日)
「元気はいいが、社会人としての基本ができていない」(1987年1月11日)
「“新人類”どこの職場も持て余し」(1987年5月2日)
「乱れに乱れる“新人類言葉” 感性そのまま 社会に通じません」(1987年5月17日)
「新人類ドライバーは運転が下手なのにとばしすぎるし、マナーも悪い」(1987年5月27日)
「首都圏の電車で“新人類”の乗車マナーの乱れがめだってきた」(1987年6月5日)

いずれも読売新聞の記事から拾ってきたフレーズ.まあ,このあたりで止めておきます(^^;).
それにしても,次の文章(これも読売新聞)は笑える.

「総務庁の昨年の調査によれば、青少年像か大人のイメージかを問わず、プラス面にふれることなく、マイナス面だけを指摘する見方が広がっているという。つまり、世代イメージに肯定面不在の傾向があるようだ。しかも、お互いに他世代に対し厳しい見方が強いという。もっとプラスのイメージをふくらませたい。それには、まず双方が理解し合うことに努め、ギャップを埋めることから始めなければなるまい。」(1986年12月17日)

つい先日も,似たようなことがあったことを思い出す.昨今のケースでは「マイナス面」の指摘に正義や規範や倫理を振りかざす元(?)新人類世代たちが跋扈していたようですが,彼らの世代だって昔はこう思われていたわけで(^^;).歴史を押さえていれば,彼らの言説は簡単に底が割れてしまうんですよ.「われわれは今なお,マニ教徒が何を考えているかを確かめもせずに,勝ち誇った態度でマニ教徒を攻撃しているあの旧態依然たる村の司祭なのである」(オルテガ・イ・ガセット『大衆の反逆』より)などと難しい哲学を持ち出すまでも無い.
第一,他の世代に対して社会人としての倫理や規範を持ち出している論者が,自分の言説に都合がよければ,他者のプライヴァシーを他者の意思も意図も忖度することなく,いともあっさり恣意的に,反社会的な文脈にてネット上でつまみ食いする(^^;).まるで犯罪者予備軍のような取り扱いであり,まさに「社会人としての基本ができていない」好例になってしまう.つまみ食いされた側はいい迷惑であり不愉快である.

他者の暴力を啓蒙するために振るわれる「暴力」.何のことは無い,ある種の新人類世代は過去に自らが投げつけられた悪罵を次の世代に,それに伴う行為もろとも橋渡ししているだけだ.そのような世代間対立の不毛に,付き合う義務はG.C.W.氏に限らず,罵倒されている当事者たちにもありはしないだろうよ.

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